第5話

 なんなんだあの小笠原という男は。

 

「関係あります」


 その言葉が頭に響く。

 お前に何が関係あるんだと言いたかった。

 二人きりなら言っただろう。しかし他の学生もいる中では言えなかった。


 昼食を食べ終えるとさすがに仕事の関係上、研究室に戻らないといけない。

 桜井さんに会いませんようにと願いながら研究室へ向かった。



 研究室の前で桜井さんが待っていたらどうしようという不安もあったが、彼はいなかった。


 部屋に入りパソコンを広げる。

 そういえば、去年の授業も受けていたと言っていたな、あの男は。


 去年の授業の最終レポートを確認する。

 すると確かに、二年小笠原俊という名前があった。そして名前の横にはSという最大評価を表すアルファベットが書かれていた。

 俺はレポートでなかなかSという評価をつけない。


 レポートを開いてみると、確かに覚えのある文章が書かれていた。

 大学生にはとても書けないような完璧な文章で記憶にはとても残っていたのだ。


 けれど、特に関わったこともなければ話したこともない。

 なぜ彼は俺に話しかけたのだろう。


「友樹、いるのか」


 トントンとドアが鳴ると同時にドアが開いた。


 俺が今一番会いたくない人だ。


「お前なんでメールも返さないんだよ。昨日の予定がなしになったから怒ってるのか」


 あんたが他の男とホテルに入ったからだろ、なんて言いたいけど言えなかった。

 言ってしまったら、浮気が本当のことになってしまう気がする。


「すいません、忙しくて」


 桜井さんと目が合わせられず、パソコンをずっと見てしまう。


「そんな真剣になに見てんだ」


 そう言って俺のパソコンを覗き込む。

 お願いだから早くどこかに行ってほしい。一人にしてほしい。


「小笠原俊か。こいつ出席はいつもギリギリだし、レポートも全然だめだったな」


 小笠原俊という同姓同名の人がこの学校にいるのだろうか。

 俺からの印象と桜井さんからの印象がまるで別人だ。


「このレポートの評価Sですよ。」


「採点ミスでもしたのか」


 採点ミスなんてしていない。だって今読んでも最大評価をつけるのだ。


「まあなんでもいいけどさ、お前メールの返信だけはしろよ。俺仕事あるから行くわ」


 そういって、部屋から消えていった。

 やっと一人になれたという安心感よりも、俺は小笠原俊という男が気になった。

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俺にとって、 みるくてぃ @milk-00

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