第30話 鬼人族の青年

「索敵ってのはどのくらいの範囲出来るんですか?」

「使用者の魔力量によって変わるが、ソフィーなら問題無く探せるだろう」

「が、頑張ります!」


 エリノアはソフィーの背に手を当て、索敵魔法の説明を始めた。


「索敵魔法は、普段体に内包する魔力を体外へと広げることで、''魔力''を持つ生物を感知する魔法だ。本来この魔法は高度な魔力制御が求められるが、今回はわたしがそのサポートをする。心配せずに魔力を広げてみろ」

「わ、分かりました……」


 説明を受けたソフィーの体から、炎のように揺らめきながら紫色のオーラのようなものが徐々に広がって行った。


「これが魔力…なのか?」

「そうだ。例外を除き、本来内包する魔力は魔法という形でのみ、我々は目にすることが出来る。だが、本来の魔力とはこの様な見た目をしているんだ」

「凄い……僕たちにも出来るかなー?」

「索敵魔法は原則魔法に適正のある者にしか会得出来ないものだ。それに、お前は天眼という固有スキルを持っているじゃないか」


 固有スキル天眼。

 その名の通り天から見下ろすように辺りを視認することが出来る固有スキル。

 その有効範囲は約4キロに及ぶとされており、アーチャーとして活動するナタリーにもってこいの固有スキルとなっている。


「そっかぁー……え?僕、エリノアさんに固有スキルのこと喋ったっけ?」

「聞いていないぞ。わたしが勝手に視たんだ」


 あはは……この人相手に本当に隠し事って出来ないんだな。


「ちなみに、わたしの固有スキルは魔力低減。魔力消費を極限まで抑えることが出来るという固有スキルだ」

「それって、魔法を使う人は喉から手が出るほど欲しいんじゃ……」

「そりゃあそうだろ…」

「抑えられるといっても限度はある。結局は当人の魔力量によるところが大きい」

「あ、あの……どのくらい、広げればいいんでしょうか……」


 ソフィーは俺らが話している間も魔力を広げていたようで、なかなか止めないエリノアに痺れを切らし、尋ねてきた。


「ああ、すまない。もう十分すぎるほど広げている」

「あとはその中に魔力を持つものが居るのが分かるか?」

「は、はい……森の中心付近に強い魔力が10…いえ、20はまとまってます。それと点々と強い魔力を感じます」

「恐らく、魔力が集中している場所に鬼人族が住んでいるな。よし、もういいぞ」


 エリノアの呼び掛けにより、ソフィーは索敵魔法を解いた。


「も、ものすごく疲れました……」

「なに、初めはそんなものだ」

「ね、ねぇ、森の中心って言ってたけど、そこまで相当距離があるよ?ソフィーの索敵魔法ってどのくらいの範囲まで広がってたの?」

「そうだな、約40キロといったところだな」

「「「よ、40キロ!?」」」

「そ、そんなにソフィーの魔力ってあるの?」

「いや、でも確かに、ソフィーはいつも魔法を使ってもケロッとしてる……」


 ソフィーの固有スキルに関しては何も聞いていないけど、もしかして固有スキルと関係があるのか……?


「あ、あの、エリノアさん。ソフィーの固有スキルって……?」

「ソフィーの固有スキルは魔力増強だ。わたしの魔法低減と違い、自身の魔力量が膨大なものになる固有スキルだ。その上限は本人の成長により増減はするが、鍛錬さえ怠らなければ何も問題は無い」

「そんな固有スキルだったのか……」

「僕も初めて知ったよ……」

「これって、下手したらエリノアさんの固有スキルより凄いんじゃ……」


 驚く俺らを他所に、ソフィーは少し疲れた、といった様子で息を整えていた。


「もしかして、それを知っていてソフィーにやらせたんですか?」

「当然だ。わたしが何の計画も無しに、やらせる訳がないだろう」


 ……いや、この人なら面白そうだから、とかいう理由でやりかねない……


「あ、あの、私の索敵魔法は失敗だったのでしょうか?」

「なぜだ?」

「イツキさんだけ感知することが出来なくて……」

「そんなことか。言ったはずだ、''魔力''を持つものを感知すると。イツキは魔力を持たないと前に言っただろう?つまり、イツキには索敵魔法は通用しないということだ」

「それじゃあ、私の索敵魔法は?」

「完璧……とまでは言えないが、及第点といった所だな」



 魔力がない俺には索敵魔法が適用されない。

 なんか、俺だけ除け者になった気分だな……



「よ、よし、それじゃあ、魔力が集まってるっていう森の中心に向かって行くか!」

「おう!」

「鬼人族……怖い人じゃないといいなぁ……」

「ジーナさんを助けようとしてた人なんだよ?きっといい人たちばかりだよ」


 森の中を進む俺たちを歓迎するかのように、森は穏やかで、魔物の気配はひとつもなかった。


「穏やかな森ですね」

「確かに、魔物が出てくる気配は全くないな」

「なんか、緊張してたのに拍子抜けだよー」

「恐らく、鬼人族のおかげでこの辺りの魔物は強いものを除き住処を変え逃げたのだろう」


 ということは、知能の低い魔物であってもその強さを本能的に感じ取れるほどの強さを持つ種族ということか……

 鬼人族……そんな人達がもし話を聞こうとせず襲ってきたら……


 イツキは最悪の想定をし、額からは冷や汗が流れ落ちた。


(心配するな。鬼人族は基本的には温厚な種族。余程のことがない限り、あちらから襲ってくることは無い)


 イツキの様子の変化を感じ取ったエリノアはイツキの心を読み、安心させるため優しく語りかけた。


(え、エリノアさん……でも、万が一があったら……)

(その時はその時だ。お前が緊張すると、仲間にもその緊張感が伝わり、普段ならありえないミスが起こる可能性がある。変に緊張をするな)

(エリノアさん……ありがとうございます。大丈夫です)



 エリノアの言葉で落ち着いたイツキの目に映ったのは、森に佇む1人の青年だった。


「止まれ、誰かいる……」

「俺たちと同じような体格だが、緋色の肌に角」

「も、もしかしてあれが……」

「鬼人族……」


 鬼人族と思しき、人物を目にした俺らは反射的に茂みに隠れ、様子を伺っていた。


「そのようだな」

「え、エリノアさん!!」

「な、なんで立ってるの!?」

「ば、バレたらどうすんだよ!」

「す、座ってください!」

「何を言う。隠れている方がより警戒されるぞ?」

「そ、そうかもしれないですけど……」


 様子を見るイツキ達とは対照的に、隠れることなく堂々と鬼人族の青年を見るエリノアにイツキ達は驚きと動揺を隠せずにいた。


「誰だ!?」

「や、やばっ!隠れて!」


 エリノアの行動に動揺し騒ぎすぎたことで、鬼人族の青年は異変に気づき、イツキ達の隠れる方に振り向いた。


「……おい」

「ちょ、ちょっと静かに!」

「おい!どこを触っている!」


 鬼人族から隠れようと、エリノアを咄嗟に引っ張り茂みに隠したイツキは、自身の手にエリノアの柔らかさを感じ取った。


「っ!?す、すみません!!」

「……まったく、お前も年頃だ。気になるのも分かるが場所を考えろ」

「そ、そんなんじゃありません!」


 イツキは予想外の状況に、つい茂みに隠れることを忘れ立ち上がった。


「あっ……」

「バカっ!」

「い、イツキ!」

「……何者だ!!」


 茂みから立ち上がったイツキは鬼人族の青年に見つかり武器を向けられ問われた。


「自分が隠れといい、見つかっていれば世話ないな」

「……エリノアさんのせいです……」

「何者だと聞いている」


 鬼人族の青年は、警戒する様子でイツキに二度ふたたび話しかけた。


「え、えっと、イツキアイザワと言います……この辺で鬼人族を見たって聞いて……」

「……お前はあの村の人間じゃないのか……?」

「ち、違います!確かに、あの村の村長から依頼は受けました。ただ、少し村長を信じるには証拠が足りないと思いまして……」


 わ、我ながら苦しい言い訳だ……

 状況が状況なだけに、言いたいこともまとまらない……

 頼む、見逃してくれ!


「……まぁいい、ひとまずお前らに危険は無いと信じる」

「あ、ありがとうございます」

「自己紹介が遅れた。俺は鬼人族のソウレンだ」

「ソウレンさん、ここ最近、畑の近くで魔物に襲われた女性を助けた鬼人族を知りませんか?」

「畑の近くで……その畑というのはこの森の近くにある畑か?」


 その通り、とイツキは頷き同意した。


「その畑で女性を助けた……助けようとしたのは俺だ」


 偶然、目にし見つかった鬼人族の青年ソウレン。

 ソウレンは自身がジーナを助けた鬼人族だとイツキに申し出た。


「……ソウレンさん、俺らあの村で少し気になることがあって、それを確認するためにも鬼人族の人達に話を聞きたいんです。もし、この辺りに鬼人族の集落のようなものがあるのなら案内してもらえませんか?」


 ジーナさんを助けた心優しい鬼人族。

 この人なら、俺の気になることの答えを持つ人の元へ案内してくれるかもしれない。


「……分かった、俺が案内しよう。だが、俺から離れるな。お前ら人間族を他の鬼人族がすぐに信用するとは限らないからな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る