第29話 生まれ持つ責任

「ジーナさんはオーガに襲われ、大怪我をしたと聞いてるんですが……」

「オーガ……?正直なところ、誰に、何に襲われたのかというのは分からないんです。村の外れにある畑の様子を見に行った帰り、何かに急に体を裂かれて……」


 俺たちは、目を覚まし落ち着いたジーナさんに襲われた状況や相手を聞き込んでいた。


「ただ、一つ覚えているのは、わたしが気を失う直前。見覚えのない青年がわたしのことを助けようとしてくれていました」


 青年……

 恐らく、その青年というのが鬼人族なのかもしれない……


「エリノアさん……」

「ああ、鬼人族の可能性が高い」


 エリノアも同じ考えであることを確認したイツキは、少し考えた後より詳細な情報が無いか聞き出すことにした。


「どんな見た目だった、とかは覚えてますか?」

「見た目……気を失う直前、見えたのは緋色の肌に鋭い目つき、額には角のようなものが見えました……ですが、そんな人が居るはずないですね…きっと見間違いです。すみません、記憶があやふやで……」

「いえ、十分です。ありがとうございます」


 緋色の肌に角……

 確かに、それだけを聞くとオーガの特徴と一致する。


「ちなみに、そのオーガを追い払ったのは誰なんですか?」

「ああ、それは村長の指揮の下、村の男たちで追い払ったんだよ。なぜかオーガは抵抗すること無く逃げて行ったらしい……ただ、人の言葉を発したように聞こえた、とも言っていたねぇ……」


 人語を扱うが、緋色の肌に角。

 ほぼ間違いなく、鬼人族の生き残りだろう。

 俺らは、お礼を言った後ジーナさんとお婆さんの家を後にし、一度宿に戻ることにした。

 しかし、アリシアはまだジーナさんが心配だから、と1人残り様子を見ることを買って出たが、その表情はどこか曇っており、いつもの元気が無いように思えた。



「みんな、どう思う?」

「そうですね……ジーナさんのお話から推察するに、オーガではなく鬼人族の生き残り、という可能性が高いかと思います」

「そうだねー。でも、話が本当なら助けようとしていたのに何で追い払っちゃったんだろ?」

「仮に、助けようとしていたとしても、その状況だけを見たら完全に襲ってるように見えるだろう」

「でもでも、言葉を話したんでしょ?」

「そんなの、魔物と思った相手が言葉を話したって信じられなかったんだよきっと……」

「えー……そうかなぁ……」


 恐らく、アランの考えは正しい。

 しかし、それは村長以外の村の人の思考として、ということだ。


「俺、この村にある逸話の英雄は鬼人族なんじゃって思うんだ」

「鬼人族ですか……?」

「そう。恐らく昔、この辺りには鬼人族が住んでいたんだ。そして、鬼人族が住むこの土地に目をつけた人間が鬼人族を襲い、この土地を奪った。軍勢に1人で立ち向かったのは村長のご先祖じゃなく、この土地に住んでいた鬼人族なんじゃないのか?そして、その指揮を取っていたのが村長のご先祖」


 鬼人族の住むこの土地に目をつけた村長の先祖が人を率い、この土地を鬼人族から奪い取った。

 だが、それを知られると後々面倒なことになると考え、自分がこの土地を守った英雄であると話を作りあげた。

 そうすることで、この村での地位を確固たるものにした。

 そう考えれば、話の違和感も拭える。



「その考え考察が仮に当たってたとして、どうやって答え合わせをするんだ?」

「そうだな……ジーナさんを介抱しようとしたという鬼人族に会ってみるっていうのが1番早いかな」

「村長じゃだめなの?」

「仮に今の考えが合っていたとして、村長が正直に答えてくれると思うか?」

「んー……答えないね」

「そういうこと。だからこそ、鬼人族に会う必要があるんだ」

「ですが、どうやって見つけるんですか?」

「そうだよなぁー……」


 村の外れの畑を見に行った時に襲われた、とジーナさんは言っていた。

 つまり、その周辺の森に潜んでいる可能性はある。

 だが、そんな曖昧な状態で見つかるかどうか……


「エリノアさんなら、どうにかできねぇのか?」

「……鬼人族を見つけることは出来ないが、索敵魔法で近くに何が居るかは探ることが出来る」

「お願い出来ますか?」

「まぁ、仕方ないだろう。ただし、やるのはわたしではない」


 そういうと、エリノアはソフィーに視線を向けた。


「え……?わ、私ですか……?」

「そうだ。このパーティーの魔法職はソフィー、キミだろう?ならば、キミがやるのが道理というものだ」

「で、ですが、私は支援魔法以外の魔法は苦手で……」

「その為にわたしがいる。キミの前にいるのは、光の魔術師だ。娘1人に魔法を教え込むなど造作もない。あとはキミの覚悟次第だ」


 かつて、魔王を倒した勇者パーティーの1人であるエリノアに教えを乞える機会をみすみす逃す人間など、この世に居ない。

 そして、例外なくソフィーもその様子だった。


「……やります、やらせてください!」

「いいだろう、わたしが教えるんだ。そう心配しなくても、すぐに使えるようになる」

「は、はい!」


 こうして、限定的な師弟関係が生まれた。


「よし、それじゃあ、アリシアが戻ってきたら行こう!」

「はい!」「「おー!!」」


 ーー数時間後ーー


「ジーナさん、もうすっかり良さそうです!エリノア様のお力は流石です!」


 ジーナの家で様子を見ていたアリシアは問題ない事をしっかりと確認しイツキ達のもとへ帰ってきた。

 その声色や表情からは、先程の暗さは消え去っていた。


 さっき、ジーナさんの家に残る時は元気が無さそうに思ったけど、気のせいだったか……


「アリシア、俺らのこれからの行動について話す……」

「なるほど……わかりました!」


 イツキは、自分の考察を伝え、この答え合わせをするために鬼人族と思しき者を探すことを伝えた。


「でしたら、今すぐ行きましょう!」

「そうだな、みんな行こう!」

「……ちょっと待て!」


 部屋を出ようとした時、エリノアは皆を呼び止めた。


「アリシア、お前はここに残れ」

「え……」

「何言ってるのさ、エリノアさん!」

「そうだぜ、アリシアが居なきゃ俺ら回復魔法を使えるやつ居ないんだぜ?」

「そうです、アリシアさんは私達のパーティーに必要です」

「……お前は何を気に病んでいる?ジーナの傷跡まで治さなかったことか?それとも、自分の力の無さにか?」


 エリノアさんも、アリシアの様子が気になって心を読んだのか……


「……そ、そんなことは……」

「ならなんだ?そんな精神状態の人間を連れて行けば自らの命だけでなく、仲間の命までも危険にさらされる。ましてや、お前の扱う回復魔法はこのパーティーに置いて最も重要な事の1つだ。にも関わらず、今のお前の様子ではまともな判断が出来るとはとても思えん。今回はわたしがやる、お前は残っていろ」

「……わたくしはやれます!」


 固有スキル 聖女。

 自分と同じスキルを持ち、多くの人々を癒してきた母を見て育ったアリシアは、誰よりもこのスキルを持つことの責任を感じており、その責任感の強さが故に自分では手の施しようのない怪我や病に出会った時、アリシアは必要以上の責任を感じてしまっていた。


「アリシア……」

「イツキ様!わたくしは大丈夫です!」

「分かってる。アリシアが大丈夫って言うんなら大丈夫だ。でも、今回はエリノアさんに任せてアリシアはジーナさんを見ていてくれないか?」

「……わかりました……」


 今のアリシアにとって厳しい事だ。

 でも、エリノアさんの言う通りこの状態のアリシアを連れて行けば、アリシアの身が危ない。

 大切な仲間だからこそ、連れて行く訳にはいかない。


 俺たちは、アリシアを残し鬼人族を探しに宿を出た。


「エリノアさんもあんなにキツく言わなくて良かったのにな」

「まぁ、エリノアさんなりの優しさ、なんだろうけどな」

「そんなもんかねー……にしても、お前まで残れって言うとはな」

「エリノアさんが言うことに一理あったってだけだ」

「ま、仲間思っての行動なら仕方ねぇよな」


 そうこう話していると、ジーナの話にあった畑と思われる場所に着いた。

 畑の向こう側には森が広がっており、鬼人族が身を隠すにはもってこいの場所となっていた。

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