第23話 天使の誕生

「お前最近よくその卵温めてるよな」

「どんなドラゴンが生まれるのか早く見たくて、ついな」


 イツキはアグノリアに帰ってからというものの、家にいる間はずっと卵を抱え温めていた。


「にしても、ドラゴンの卵ってでかいよなぁ……普通の卵の何十倍あんだ?」

「ドラゴンの子供が入ってるんだ、普通の卵くらいの大きさの方が不思議だろ」

「ま、それもそうか……」


 ドラゴンの卵は普通の鳥の卵の何十倍もの大きさで、卵から孵った時点で弱い魔物なら狩れる程の強さをもって産まれるらしい。


「そういえばよ、この卵っていつ羽化するんだ?」

「んー……いつなんだろう……」


 炎王竜に会った時点でかなりの期間温めていたように思うし、今も俺が常に温めている。

 その事を考えると、もうそろそろ生まれてもいいと思うんだが……


「ふむ……あと、2日程といったところだろう」

「うわ!え、エリノアさん!?」

「どこから出てきたんだよ……」


 イツキとアランの後ろにクノンルデア森林から戻ってきたエリノアが急に現れた。


「い、いつ来たんですか?」

「なに、先程ポータルを使って来たばかりだ」


 うん。やっぱりこの人は意味がわからない……

 この人に常識を求めるのはやめよう。


「ところで、あと2日って言いましたか?」

「そうだ。この卵の魔力から察するに後2日ほどすれば生まれてくるだろう」

「あと2日……一体どんなドラゴンが生まれくるんだろう……」

「まぁ、あの炎王竜の子だ。とてつもない怪物が生まれてくる可能性が高いだろうな」


 か、怪物……

 たしかに、あの炎王竜の子供だ。

 ものすごく、とてつもなく強い力を持ったドラゴンが生まれて来る可能性の方が高い……


「エリノアさん来られたんですね」

「あ、エリノアさん、こんにちはー!」

「ご無沙汰しております、エリノア様」


 騒ぎを聞きつけたソフィー達は部屋から出てきて、イツキ達のいる大部屋へと来た。


「それより、イツキさん声が聞こえてきたんですが、どうかされましたか?」

「ああ、この卵が後2日程で孵るらしいんだ」

「そうなんですね!楽しみですね」


 ソフィーは嬉しそうに微笑んだ。


「ぼ、僕は少し怖いなぁー。あの炎王竜の子だもんねー」

「わたくしも少し怖いですね……」


 ナタリーとアリシア、それにアランは流石に炎王竜の子ということもあり、警戒している様子だった。


「なに、そんなに警戒することはない。ドラゴンの性質上、初めて見たものを親と思い込む。そして、その親の仲間とあれば決して手荒な真似などしないだろう」

「そ、そうだけどー」


 まぁ、みんなが不安なのも理解はできる。

 俺が預かると約束をしたんだ。

 とりあえず、俺1人で卵を孵してみるか……


「ナタリー、アリシア、卵は俺が孵すから2人は安心してくれ。暴れたとしても俺なら多分大丈夫だろうし」

「い、イツキが言うなら任せるけど……」

「すみません……何かあればお手伝いしますので」


 その日の夜、みんなが寝静まったあと俺は考え事をしていた。


 しかし、温めると言ってもどうしたものか……

 毛布とかで包んでればいいんだろうか……


「イツキさん……?」

「ソフィー、どうした?」

「私にも温めるのを手伝わせてください」

「手伝ってくれるのか、助かるよ!」

「1人より2人の方が温まるはずです」


 そういうとソフィーは卵を抱える俺に毛布をかけソフィーも中へと入ってきた。


 ち、近い……

 ソフィーの顔が近い、なんかいい匂いもするし、なんか全体的に柔らかい気がする……

 これは流石に、正気でいられない……


 突然の出来事に戸惑ったイツキは不意にソフィーの顔を覗くと、ソフィーもこれ程までに近づくことを失念していたのか、頬を真っ赤にそめ放心状態になっていた。


「そ、ソフィー?」

「す、すすすみません!離れます!」

「い、いや、この方が卵も温まるし、このままで居ようよ……俺も、もう少しこのままで居たいし……」

「は、はい……」


 その日は明け方になるまで、2人でくっつきながら卵を温めた。

 しかし、さすがにこれをいつもするのは身が持たないとイツキは交互に温めることを提案し、ソフィーも同じ思いだったようですぐに了承した。

 それから2日間、俺とソフィーは2人で交互に卵を温め続けた。


 そして、2日後ついに卵にヒビが入り中のドラゴンは殻を破ろうと動き始めた。


「おい、生まれるんじゃないか?」

「ほ、ほんだ!卵にひびが入ってるよ」

「どんなドラゴンが生まれるんでしょうか……」


 パパ……?


 卵から出てきたのは、パッチリとした目に赤い髪の可愛らしい女児だった。

 その可愛さは正しく天使という言葉ピッタリだ。


「に、人間……?」

「どういう事なんですか?」

「ドラゴンと言っても炎王竜の子。初めから強大な力を有しており、ドラゴンではなく人の姿で生まれたのだろう……」


 なるほど、それで人間の子供の姿なのか……


「パパー……」


 炎王竜の子はパパと言うと俺の足に抱きついてきた。


「パパ、わたしのおなまえはなーに?」

「ぱ、パパ?」

「生まれて最初に見たのがイツキ、君だったんだ。良かったな子供が出来たぞ」


 この人、絶対に面白がってるな……


「パパ……?」

「そうだな……名前……君の名前はエリスだ!」

「エリス……わたしの名前はエリス!パパありがとー!」


 名前を伝え、さらに抱きつくエリスの可愛らしさに俺はつい口元が緩んだ。


「そうだエリス。お前の卵を一緒に温めてくれたソフィーだよ」

「エリスのこと、あたためてくれたの?」

「エリスちゃん、初めまして」

「ママ!エリスをあたためてくれたからママ!」

「ま、ママ!?……い、イツキさんがパパでわたしがママ……それだと、えっと……」


 あ、ソフィーが余計なこと考え始めた……


「ママ、エリスのママいやなの?」


 エリスに抱きつかれ上目遣いで尋ねられた、ソフィーはあまりの可愛さに思わず承諾し、愛で始めた。


「エリス、この人たちはパパの仲間のアランにナタリー、アリシア。それにエリノアっていうんだ」

「アラン、ナタリー、アリシア、エリノア……?」

「よろしくなエリス!」

「エリス可愛いねー」

「恐ろしいドラゴンが出るかと思いましたが……まるで天使です」

「バルハードに似てすごい魔力量だな」

「アランおにいちゃん、ナタリーおねえちゃん、アリシアおねえちゃん、エリノアおねえちゃん」


 エリスに名前を呼ばれ、皆一様にエリスの可愛さに心を打たれた。


「エリノアさんはどちらかと言うとおばあ……」

「何か言ったか?アラン……」

「な、何もありません……」


 途中余計な一言を言いかけたアランはエリノアさんにキレられていたが……

 こうして、俺らにエリスという天使が誕生した。

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