アクションシーントレーニング参考作品
西野ゆう
インドラの槍
「まさかそこまで信用されているとはね」
心底愉快そうだが、沸き立つ笑いを腹の底に抑えつつ高校の制服を着た男が前を歩くスーツの男の背に銃口を押し付けた。そのまま引き金を引けば、肋骨の有無にかかわらず心臓を貫通するだろう。
「信用?」
スーツの男は両足を肩幅に開いて立ち止まっただけで、両腕は肩の関節に繋がれただけの棒のようにだらりと下がっている。
「この高校に『アスラ』を捜しに来たと、この俺に話すなんて。やはりこの国の政府は無能のバカしかいないようだ」
制服の男は銃を押し付ける力を増した。銃口に刃でもあればその切っ先は既に心臓に達しているかもしれない。
「罵り方まで若いな」
「なんだと?」
「炙り出されただけだと気付かないとは。無能はどっちだ? アスラ」
銃口を突き付けられながら身動きひとつせずに淡々と話すスーツの男に、アスラと呼ばれた制服の男の腕は怒りで震えた。
元々彼の行動原理は怒りだ。最も激しく、最も脆い。スーツの男はその脆さを突いた。
更にアスラの右手に力が加わったのを背中で感じたスーツの男は、重心をほんの少し右にずらしながら左肩を前方に数センチ動かした。
銃口がスーツの生地の上を滑る。アスラはバランスを保とうと、僅かにつんのめる。
アスラの身体を軸にするように背中を預けて回転しながらアスラの後ろに回ったスーツの男は、アスラの右手をそこに握られたルガーのコンパクトピストルごと掴んで、アスラの腰から首まで背骨の上をなぞるように一気に絞り上げた。
小さな風船に針を突き立てたような軽い音を出して9mmの弾丸が壁に小さな穴をあけると、スーツの男が熱を持った銃身を捻り、アスラの人差し指の骨を粉砕しながら銃を奪った。
「クッ、このクソ野郎がっ!」
「ふむ。実に若者らしい率直さだ」
以降アスラから放たれる罵声に耳を傾けることも、嚙みつかんばかりの表情に目を向けることもなく、軽々と左手一本で彼の動作を制圧しているスーツの男は、奪った銃の重さで銃弾が六発残されているのを感じ取ると、そのうちの一発を使いアスラの右耳を背後から打ち抜いた。
「アスラに耳は幾つあったかな?」
アスラは破裂するように散った外耳の痛みより、鳴り響く耳鳴りに苦悶の表情を浮かべた。
「耳は知らんが手は六本だな」
この状況にあって、背後から感情のない声が響いてきたことにスーツの男は戦慄した。
拘束していたアスラを蹴飛ばし、振り向きざまに三発の銃弾を放つが、スーツの男の目に人の姿は映っていなかった。床にはただ一台のスマートフォンが置かれているだけだった。
スーツの男がアスラの方に向き変えると、血が溢れる右耳を抑えながらもその目と口元は笑っていた。
「行動の前には準備をしておくものさ」
アスラはそう言っただけで動く様子はなかった。それを見たスーツの男は再び背後へと振り向く。余裕さえ感じさせるアスラの様子に、仲間の存在を確信したのだが、そこにはやはりアスラが銃口を背中に付きつけられる前に置いたのであろうスマートフォンがあるだけだ。
「やはり役人だな。机上の平面だけを見る癖でもついているのか?」
声はスマートフォンから聴こえた。だが、複数の照明で床に落とされている影が自身の上に襲撃者がいると教えている。
スーツの男が銃口を上に向けるよりも早く、雷のように天井から刀を振るいながら舞い降りてきた何者かにスーツの男の首はあっさりと胴体から切り離された。
アクションシーントレーニング参考作品 西野ゆう @ukizm
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