第7話 和馬の日常

放課後になり、帰りの準備をする。


お弁当箱はとりあえず持ち帰り、明日にでも渡すタイミングを見計らう事にした。


柊さんからも特にアクションはなかったので、俺は家へと急いで帰宅する。


今日は週に三、四回あるバイトがある日なのだ。


「ただいまー」


「ニャー」


「おっ、サクラ。今日はバイト行くからな」


俺の言葉をわかっているのか、足に尻尾をペチペチと当ててくる。

賢いもので、これはおやつの催促である。

俺がバイトの時はご飯が遅くなるので、いつもおやつをあげていた。


「はいはい、わかってますよ」


「ニャーン」


なら良しとでも言うように、ソファーで待機する。

俺はチュールを取り出して、それをサクラに与えた。


「ピチャピチャ……」


「おっ、相変わらずの勢いだ。サクラ、美味いか?」


「ニャン」


高い声で、可愛らしく鳴いた。

どうやら、ご機嫌は取れたらしい。

おやつを与え終わったら、着替えを済ませ玄関に向かう。


「それじゃ、出かけてくるから良い子にな」


「ニャーン」


満足したのか、リビングからご機嫌な声が聞こえた。

見送りはないのはいつものことなので、俺は家を出て自転車に乗るのだった。



そのまま走らせ、二十分くらいで目的地に到着にした。

そこにはハイダウェイという、イタリアンレストランがある。

閑静な住宅街にひっそりとある、一軒家兼料理屋さんだ。

店の裏に自転車を止め、裏口から開店前の店に入る。


「こんばんはー」


「あら、いらっしゃい」


「どうもです。香里奈さん、昨日はすみませんでした。それと、料理をありがとうございました」


出迎えてくれたのは、亮司叔父さんの奥さんである香里奈さんだ。

既に三十を超えているはずだが、見た目は二十代中盤にしか見えない美女だ。

可愛らしい顔に、おっとりした容姿と素晴らしいスタイルでご町内にファンも多い。

……叔父さんは、そのヘイトを買っているとか。


「ううん、全然良いのよ。本当は、今日も休んで良かったのに」


「いいえ、大丈夫です。とりあえず、叔父さんにも挨拶してきますね」


「はーい。今なら、店の中にいるわ」


俺は頷き、店内へと入る。

そこには無精髭を生やした、渋くてワイルドな男性がいた。

身長も180超えと俺より頭一つ高く、ガタイもいい……本当に血は繋がっているのか疑問である。


「おっ、和馬か」


「亮司叔父さん、こんばんは。昨日はすみませんでした」


「ったく、何を他人行儀な感じをしてる」


「わわっ!?」


俺が頭を下げると、その頭を手でぐしゃぐしゃにされる。

顔を上げると、叔父さんはニカッと笑っていた。


「叔父に向かって寂しいじゃねえか」


「い、いや、だって……バイトを休んだのは事実だし。いくら甥っ子だって、そこはきちんとしなきゃ」


「かぁー、相変わらず真面目だな。そういうところは、兄貴にそっくりだ」


「全く嬉しくないんだけど?」


「ははっ、そう言うなって。ともかく、身体には気をつけろ」


「……うん、そうする」


叔父が俺を心配してるのはわかるので、素直に頷く。

父親と関わりが薄いので、叔父は父親とは思わないけど兄みたいに思っていた。

俺がやばかった時も、叔父が止めてくれたっけ。


「なら良し。んじゃ、着替えて準備してこい」


「はい、わかりました」


「ほんと、真面目な事」


俺が言葉遣いを変えると、叔父が苦笑する。

しかし俺としては叔父であると同時に、バイトに反対した父親を説得してくれた恩人だ。

学生は学業が本分だという父親に、ならうちの店の手伝いならいいだろと。

なので俺としては、その辺りはきっちり分けたい。

着替えを済ませたら外に出て、十七時半から営業中と書いてある看板に切り替える。


「これで良しっと」


「あら、開いたのかい?」


「婆さん、散歩の途中だけど食べていこう」


「あら、そうですね」


「あっ、はい——ハイダウェイにようこそ」


俺はお客さんの老夫婦に向き合い、店の中へと案内する。

ここは四人掛けのテーブル席が三つ、二人掛けのテーブルが四つ、カウンター席四つの小さな店だ。

中はイタリアンらしく、質素ながらも洋風な雰囲気になっている。


「では、メニューがお決まりなったらお呼びください」


「はい、ありがとう」


礼をして、ホールからキッチンに戻る。

すると、二人がニヤニヤとしていた。


「な、何です?」


「いやぁー、成長したなと思って」


「そうねぇ、始めの頃はガチガチに緊張してたわ」


その頃を思い出し、羞恥心が蘇ってくる。

人見知りでもある俺は、最初は接客すらままならなかった。

今はどうにか切り替えて、バイト中は平気になってきた。


「か、からかわないでくださいよ」


「悪い悪い、つい嬉しくてな。あとは学校でも出来たら良いんだが」


「無理無理」


「ったく、仕方ねえな」


「まあまあ、無理を言ってもダメよ。さあ、喋ってないで仕事しましょ」


その一言で、俺も叔父さんも気を引き締める。


店のオーナーはおじさんであるが、香里奈さんには逆らってはいけないのを理解しているから。


お淑やかに見えるけど、暴走族の総長だったって話だ。


ちなみに叔父は……その下っ端だったらしい。


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