第7話 和馬の日常
放課後になり、帰りの準備をする。
お弁当箱はとりあえず持ち帰り、明日にでも渡すタイミングを見計らう事にした。
柊さんからも特にアクションはなかったので、俺は家へと急いで帰宅する。
今日は週に三、四回あるバイトがある日なのだ。
「ただいまー」
「ニャー」
「おっ、サクラ。今日はバイト行くからな」
俺の言葉をわかっているのか、足に尻尾をペチペチと当ててくる。
賢いもので、これはおやつの催促である。
俺がバイトの時はご飯が遅くなるので、いつもおやつをあげていた。
「はいはい、わかってますよ」
「ニャーン」
なら良しとでも言うように、ソファーで待機する。
俺はチュールを取り出して、それをサクラに与えた。
「ピチャピチャ……」
「おっ、相変わらずの勢いだ。サクラ、美味いか?」
「ニャン」
高い声で、可愛らしく鳴いた。
どうやら、ご機嫌は取れたらしい。
おやつを与え終わったら、着替えを済ませ玄関に向かう。
「それじゃ、出かけてくるから良い子にな」
「ニャーン」
満足したのか、リビングからご機嫌な声が聞こえた。
見送りはないのはいつものことなので、俺は家を出て自転車に乗るのだった。
◇
そのまま走らせ、二十分くらいで目的地に到着にした。
そこにはハイダウェイという、イタリアンレストランがある。
閑静な住宅街にひっそりとある、一軒家兼料理屋さんだ。
店の裏に自転車を止め、裏口から開店前の店に入る。
「こんばんはー」
「あら、いらっしゃい」
「どうもです。香里奈さん、昨日はすみませんでした。それと、料理をありがとうございました」
出迎えてくれたのは、亮司叔父さんの奥さんである香里奈さんだ。
既に三十を超えているはずだが、見た目は二十代中盤にしか見えない美女だ。
可愛らしい顔に、おっとりした容姿と素晴らしいスタイルでご町内にファンも多い。
……叔父さんは、そのヘイトを買っているとか。
「ううん、全然良いのよ。本当は、今日も休んで良かったのに」
「いいえ、大丈夫です。とりあえず、叔父さんにも挨拶してきますね」
「はーい。今なら、店の中にいるわ」
俺は頷き、店内へと入る。
そこには無精髭を生やした、渋くてワイルドな男性がいた。
身長も180超えと俺より頭一つ高く、ガタイもいい……本当に血は繋がっているのか疑問である。
「おっ、和馬か」
「亮司叔父さん、こんばんは。昨日はすみませんでした」
「ったく、何を他人行儀な感じをしてる」
「わわっ!?」
俺が頭を下げると、その頭を手でぐしゃぐしゃにされる。
顔を上げると、叔父さんはニカッと笑っていた。
「叔父に向かって寂しいじゃねえか」
「い、いや、だって……バイトを休んだのは事実だし。いくら甥っ子だって、そこはきちんとしなきゃ」
「かぁー、相変わらず真面目だな。そういうところは、兄貴にそっくりだ」
「全く嬉しくないんだけど?」
「ははっ、そう言うなって。ともかく、身体には気をつけろ」
「……うん、そうする」
叔父が俺を心配してるのはわかるので、素直に頷く。
父親と関わりが薄いので、叔父は父親とは思わないけど兄みたいに思っていた。
俺がやばかった時も、叔父が止めてくれたっけ。
「なら良し。んじゃ、着替えて準備してこい」
「はい、わかりました」
「ほんと、真面目な事」
俺が言葉遣いを変えると、叔父が苦笑する。
しかし俺としては叔父であると同時に、バイトに反対した父親を説得してくれた恩人だ。
学生は学業が本分だという父親に、ならうちの店の手伝いならいいだろと。
なので俺としては、その辺りはきっちり分けたい。
着替えを済ませたら外に出て、十七時半から営業中と書いてある看板に切り替える。
「これで良しっと」
「あら、開いたのかい?」
「婆さん、散歩の途中だけど食べていこう」
「あら、そうですね」
「あっ、はい——ハイダウェイにようこそ」
俺はお客さんの老夫婦に向き合い、店の中へと案内する。
ここは四人掛けのテーブル席が三つ、二人掛けのテーブルが四つ、カウンター席四つの小さな店だ。
中はイタリアンらしく、質素ながらも洋風な雰囲気になっている。
「では、メニューがお決まりなったらお呼びください」
「はい、ありがとう」
礼をして、ホールからキッチンに戻る。
すると、二人がニヤニヤとしていた。
「な、何です?」
「いやぁー、成長したなと思って」
「そうねぇ、始めの頃はガチガチに緊張してたわ」
その頃を思い出し、羞恥心が蘇ってくる。
人見知りでもある俺は、最初は接客すらままならなかった。
今はどうにか切り替えて、バイト中は平気になってきた。
「か、からかわないでくださいよ」
「悪い悪い、つい嬉しくてな。あとは学校でも出来たら良いんだが」
「無理無理」
「ったく、仕方ねえな」
「まあまあ、無理を言ってもダメよ。さあ、喋ってないで仕事しましょ」
その一言で、俺も叔父さんも気を引き締める。
店のオーナーはおじさんであるが、香里奈さんには逆らってはいけないのを理解しているから。
お淑やかに見えるけど、暴走族の総長だったって話だ。
ちなみに叔父は……その下っ端だったらしい。
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