第5話 父と自分

あれ? ……もう夜か。


学校から帰ってきて、疲れて寝てしまったんだ。


そうだ、ご飯食べないと。


「また倒れたら困るし」


ベッドから起き上がり、部屋を出てリビングに行く。

すると、サクラがトタトタとやってくる。

そのまま撫でろとでもいうように、頭を差し出してきた。


「ニャー」


「サクラ、おはよ。ごめんな、また寝てたみたいだ」


頭を撫でながら、広々とした部屋を見渡す。

どうやら、父さんはまだ帰ってきてないらしい。


「まあ、心配して帰ってくるような父さんじゃないか」


その時、テーブルに置いてある皿に気づく。

サクラを抱きかかえて向かうと、そこには焼きそばが置いてあった。

その横にはメモが置いてあり、状況を理解する。


「なるほど、香里奈さんが来てくれたのか……あとでお礼を言わないと」


今日は、本来ならバイトの日だった。

香里奈さんは叔父さんの奥さんで、俺のケーキの師匠でもある。

今日は休みますと連絡を入れたので、心配して来てくれたのだろう。


「とりあえず、有り難く頂きますか」


「ニャー」


「はいはい、お前の分も用意するから」


サクラを下ろし、まずはインスタントの味噌汁を作る。

お湯を注ぎ待っている間に、サクラのご飯を用意した。

サクラに器を与えたら、味噌汁を持ってテーブルに座る。


「頂きます」


誰もいない中、手を合わせて食べ始める。

ずずーと焼きそばを啜る音が、静かな部屋に響く。

これが、いつもの光景である。

基本的に食べる時は、いつも一人ぼっちだ。


「……慣れたと思ったんだけど」


今日は何だか、少し寂しい気がする。

もしかしたら、久々に学校で人と話したからか。

クラスメイトとまともに話すなんて、入学してから始めてかもしれない。


「ニャー」


「おっと、そうだった。桜がいたよな」


尻尾をペチペチしてくるので、その尻尾を触ろうとする。

すると、するっとすり抜けてしまう。

そのまま何事なかったかのように、ソファーに座って寝始めた。


「何というツンデレ……なんか、柊さんもそんな感じだったような」


普段はおっかないけど、笑ったら可愛い感じとか。

近づいてきて相手をしたら、するっとすり抜けてく感じとか。

あとは悪戯っ子な感じかな。


「まあ、こんなこと言ったら怒りそうだけど」


その後食べ終わり、皿などを洗って片付ける。

そして風呂を済ませて少し経った後、玄関から音がする。

俺は一つ深呼吸をしてから……父親を出迎えた。


「お、お帰り」


「……ただいま」


そう一言だけいい、視線を合わすことなく俺の脇をすり抜ける。

それは、いつものことであった。

俺と父親は、ここ数年まともに会話をしたことがない。


「あ、あのさ……」


「貧血だと、学校から連絡は受け取った。和馬、あんまり手間をかけさせるな」


「ご、ごめん……気をつけます」


俺はきちんと頭を下げて謝る。

父親は管理職であり、多忙を極めているのは知っていたから。

いつも帰ってくるのは、普通の人が寝る時間だ。


「ああ、そうしてくれ。金なら用意するから、好きなものを食べなさい」


「うん、ありがとう」


「それと……」


「えっ?」


「いや、何でもない」


何かを言いかけたが、そのままリビングを抜けて自室に入っていく。

俺はしばらく立ち尽くしたが、何もないと思い部屋に戻る。

そして壁に寄りかかり、大きく息を吐いた。


「はぁ〜〜……緊張した」


父親と話す時、俺はいつも息がつまる。

特に怒鳴る訳でもなく、叱られたわけでもない。

ただ単に、空気が重たいのだ。


「久々に会話したな」


アレを会話と言っていいのかはわからない。

ただ、あれくらいでも珍しいのだ。

普段はお帰りとただいまくらいだし。


「……母さんが生きてた頃は、どんなだったんだろ?」


俺が四歳の時に母さんは病気で亡くなっている。

流石に記憶も朧気で、どんな家族風景だったのか覚えていない。

母さんが優しくて大好きだったことだけは忘れていないけど。


「そして、父さんとは関わった記憶がほとんどない」


小さい頃は、ほとんど叔父夫婦に預けられていた。

中学に上がる頃から、それを無くなり二人で生活することに。

別に今更、仲良く暮らしたいとか思ってるわけじゃないけど。


「……寝よ。そんで、明日は早く起きよう」


頭を振り、俺は寝る準備をするのだった。




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