第4話 柊さんの日常

二つある出口のうち、駅から遠い門から出る。


うちの学校は電車通学の人が多く、こちら側から出る生徒は少ない。


それに登下校の時間も過ぎていたこともあり、辺りには生徒は見当たらない。


おかげで、目立つことなく歩く事が出来た。


柊さんと歩いてるところ見られたら、次の日の噂になってしまうし。


「フンフフーン」


「……ご機嫌ですか?」


「まあねー、無遅刻無欠席記録を更新できたし。これも、橘君のおかげ」


「あぁー……」


……そういえば、遅刻もないし学校を休んでるイメージもない。

俺が教室に入る頃には、いつも自分の席にいるもんな。

見た目は派手だし言動もきついけど、中身は真面目なのかも。


「むっ……今、意外と真面目とか思ったでしょ?」


「い、いやー……あはは」


「別にいいけどねー。私、こんな見た目だから仕方ないし」


「いや、ごめんなさい」


俺は横を歩く柊さんに、しっかりと頭を下げる。

自分がされたら嫌なことはしたくない。

自分だって、見た目や趣味のせいで言われてきた。


「そ、そんな律儀に謝んなくても……それに、こっちだって勘違いしてたし。橘君って、全然話さない人だと思ってたから」


「いや、それで合ってるよ。あんまり、人と話すのは得意じゃないんだ」


「そう? 私とは、普通に話せてる感じだけど?」


「……確かに」


割と自然と話せてることに、言われてから気づく。

俺は人見知りだし、自分で言うのも何だけど口下手だ。

クラスの人とだって、ほとんど話したことない。


「まあ、私も何となく楽な感じはするかなー。あっ、言っておくけどそういうアレじゃないからね?」


「大丈夫、その辺りは勘違いしないから」


間違っても、柊さんが俺に気があるとは思わない。

そもそも俺はモテないし、柊さんとは釣り合わないだろう。


「そ、そう? ……ふーん」


「どうかしたかな?」


「ううん、何でもない。それより、お礼の件よ」


別にいいんだけどなぁ。

柊さんの方が、よっぽど律儀な人だよね。

これは、断るのも難しそう。

ただ柊さん目立つし、あんまり学校で関わるのは困る。


「あぁー……」


「わかってるから。今朝のあの言い方だと、言いふらさないで欲しいってことでしょ? つまり、目立ちたくないと」


「ま、まあ、そんな感じです。凄く申し訳ないんだけど、柊さんと話してると目立つから」


「ふむふむ……だったら、人目につかない方がいいわね。それでいて、お礼になるようなものかぁ」


そう言いながら、ブツブツと独り言を始めた。

俺は隣を歩きつつ、夕日を眺める。

そして、何だか不思議なことになったなと思った。


「そうなると……うん、それが良いかな。確か、パンだって言ってたし」


「ん? 何か決まった?」


「一応ね。それじゃ、私はこっちだから……また明日!」


そう言い、タタタッと分かれ道を駆け出していく。


「ま、また明日」


「またねー」


俺が慌てて返事をすると、振り返り微笑む。


それは綺麗で、俺はしばらくその場に立ちつくのだった。



橘君か……変な人ね。


クラスでは全然目立たないし、一年の時も隣のクラスだったし知らなかった。


あまりに焦ってたから、思わず声をかけちゃったけど。


私は無遅刻無欠席を更新していかないといけないから。


「みんなは根暗とかオタクっぽいとか言ってたけど、全然そんな感じしなかったかな」


むしろ、結構話しやすかった。

男友達はいるけど、結構好き嫌い激しいし。

彼はそのどれもとは、少し違う気がする。


「何だろ? ……やっぱり、最初の印象なのかな」


彼は私が『女だから?』と聞いたら、ぽかんとしていた。

それでいて、私に気に入られようとおべっかを使う男子とも違う。

本当に、自然体で答えていた。


「それに、結構笑った顔が可愛かった……って、何いってるんだろ」


私は頭を振り、変な考えを取っ払う。

あっちに勘違いしないでといったばかりなのに。

そんなことを考えていると、家に到着する。


「ただいまー」


「姉ちゃん、おかえりー」


ドタドタと足音がし、小学三年生の弟がやってきた。

私と似ていなく、可愛らしい顔つきをしている。

うちは弟が母親似、私は父親似だから変ではないけど。


「悟、良い子にしてた?」


「姉ちゃん、僕ってばもう九歳だよ? 少しくらい一人でも平気だって」


「だーめ、まだまだ子供だし。それより、帰ってきて手洗いやうがいした?」


「したってば。それじゃ、幸也んち行ってくるね」


「わかったわ。それじゃ、親御さんによろしく」


「はーい、行ってきまーす」


そう言い、慌ただしく玄関から出て行く。

我が家の決まりとして、弟は一度家に帰ってくる。

そして私が顔を見て、許可を出したら出かける形だ。

それもあるので、私は真っ直ぐ帰る必要があった。


「さてさて、仕事をしますか」


化粧を落とし、着替えを済ませたら日課である家事をこなす。

母親は仕事で遅いので、家の事はほとんど私がしていた。

悟も手伝うって言ってるけど、出来れば遊ばせてあげたいしね。


「よし、洗濯物終わり。回してる間に、買い物済ませちゃお」


時計を見ると既に五時を回っていた。

つまり、タイムセールチャンスである。

私は自転車をこいで、駅から離れた最寄りのスーパーの向かう。

十分ほどで到着し、カゴを持って中に入る。


「うん、相変わらず安い。何より、この辺なら学校の人達にも会いにくいし」


このスーパーは今年に入って見つけたけど、駅や学校からも距離があっていい。

流石にスッピンは見られたくない。

かといって化粧したままだと、スーパーとかだと浮いちゃうし。

私は冷蔵庫の中身を思い出しつつ、食材をカゴに入れていく。


「あっ、そうだ……橘君にお礼しないと。どうせなら、何が好きか聞けば良かったかな」


というか、今更だけどお弁当なんかで良いのかな?

ただ私はバイトもしてないから、お金はそこまでないし。

何より、お弁当だったら渡す場面さえ見られなければ目立つこともない。


「……重いかしら?」


付き合ってもないのに、男子にお弁当とか。

いやいや、橘君はそういう勘違いしないって言ってたし。

そもそも、これはただのお礼だし。


「ええい、私らしくない。さあ、適当に買って帰ろっと」


私は頭を振り、献立を考えながら食材を選ぶ。

不思議と、何だか楽しい気がする。

お母さんや悟に作るのとは、また違う感覚かも。




そして買い物を終え外に出ると、先ほどより外が暗くなっていた。

思ったよりお弁当に迷って時間がかかってしまったみたい。


「急いで帰らないと、六時過ぎちゃう……っ!?」


私は咄嗟に近くの物陰に隠れる。

そのすぐ近くを、同じ高校の生徒達が歩いていた。


「あぁー、カラオケ楽しかったね」


「ただ、めちゃくちゃお腹減ったー」


「わかるー。それじゃ、マックとかいく?」


「うーん……そうしよっか」


「なら、親に連絡いれよっと」


そんな会話しながら、私の側を通り過ぎて行く。

私はその後、自分の格好を眺める。

そこにはスッピンで買い物袋持った私がいた。


「はは、全然女子高生らしくないや……帰ろ」


先程までの楽しさは鳴りを潜め、私は自転車をこいで家路を急ぐのだった。



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