第2話 貧血
……なんとか、チャイムが鳴る前に教室に着いた。
その代わり、めちゃくちゃ目立ってしまう。
そりゃ、そうだ……普段空気のように過ごしてる奴が、全身汗だくで息を切らしてギリギリで教室に駆け込んで来たのだから。
そのまま、フラフラしながら一番後ろの窓際にある自分の席に向かう。
すると、自分の席にクラスの男子が座っていた。
おそらく、俺が来るのが遅かったからだろう。
「うわっ!? ガチャ失敗!?」
「お前、今月いくら使ってんだよー」
「うるせー!」
どうやら、スマホゲームに夢中で俺に気づいてないらしい。
……どうしよう、動機がしてきた。
こういうの、本当に苦手なんだよなぁ。
「あ、あの……」
「だぁぁ! また外した!」
「ほら、もう一回!」
だめだ、全然気づいてくれない。
その間にも、俺に注目が集まる。
冷や汗が止まらない……その時、後ろから声がした。
「ねえ、うるさいんだけど?」
「あん? ……ひ、柊さん」
「そもそも、自分の席に着いたら? もうすぐチャイム鳴るけど?」
「は、はい!」
柊さんのドスの効いた声で、男子達が慌てて自分の席に戻る。
俺が振り帰ると、柊さんと目が合う。
「言っておくけど、これは借りを返したうちに入らないから」
「へっ?」
俺が問いただそうとすると、教室に荒木先生が入ってくる。
そのままホームルームが始まり、聞きそびれてしまう。
でも俺への注目も無くなったし、別にいいかな。
「ふぅ、疲れた」
安心して一息つくと、ふと視線を感じる。
すると、斜め前にいる柊さんが俺をじっと見つめていた。
目が合うと、一瞬だけパクパクと動かした。
「……あとで?」
多分、そう見えた。
どういうことだろう……その時、腹が鳴る。
(とりあえず腹減ったな……これは、昼飯まで保つだろうか?)
そのままぼーっとしていたら、一限目が始まろうとしていた。
俺は頭を振り、どうにか集中しようとする。
しかし、二限目にて……限界がきた。
(やばい、お腹すいてフラフラしてきた)
普段ならいざ知らず、今日は朝から全力疾走してしまった。
トイレに行くと言い、学校を抜けてコンビニ行く?
いやいや、めちゃくちゃ目立つし。
と言うか、そもそも違反だし。
(……あっ、だめだ)
次の瞬間、俺の意識が沈んでいくのがわかった。
……暖かい?
ふと気づくと、俺は寝転がっていた。
どうやら、布団の中にいるらしい。
「あれ? どうしたんだっけ……はい?」
「スー……スー……」
首を横にすると、そこにはあどけない寝顔を浮かべる柊さんがいた。
カーテンから注ぐ日差しに照らされ、その金髪が一掃に輝いて見える。
端的に言えば、まるで一枚絵のように綺麗だった。
「……どうしてここに? というか、俺はどうしたんだ?」
「あら、目が覚めたのね」
声がしたので体を起こすと、そこには白衣を着た保険医の先生がいた。
なるほど、ここは保健室のようだ。
「えっと……」
「ふむ……とりあえず顔色は平気そうね。説明すると、貴方は授業中に倒れたらしいわ。多分、貧血でしょう。それを柊さんが運んでくれたみたい」
「……運んだ?」
貧血はわかる、朝ご飯を抜いたからだ。
ただ、運んだとはいかに?
「文字通りよ……この保健室におんぶしてやってきたわ。貴方が軽いとはいえ、女の子が運んできたからびっくりしたわよ。ただ疲れたのか、寝ちゃったみたい」
「……ぬぁぁぁ」
俺は思わず頭を抱える。
なんだそれ! めちゃくちゃ目立ってるじゃん!
やっぱり、適当に理由つけて途中で教室を出ていくべきだった。
「うんうん、わかるわ。男の子としては恥ずかしいわよね」
「い、いや、そういうわけでは……」
正直いって、俺自身に女の子だとか男だとかいう考えはあまりない。
そりゃ、運ばれたのは少し情けないと思わないこともないけど。
俺はケーキ作りが好きなので、男だから女だからとかは思いたくない。
「まあ、きちんと食べることね。朝ごはんでも抜いたの?」
「はい、今日は寝坊したので」
「だめよ、朝はきちんと食べないと。それで、お昼ご飯は?」
「いつもは購買で買ってます」
「それじゃ、私が適当に買ってくるわ。お金は後でいいからね」
「……すみません、お願いします。とりあえず、量があれば助かります」
立ち上がるのもしんどいので、好意に甘える事にした。
正直いって、お腹が減って気持ち悪い。
「ええ、わかったわ。あっ、変なことしちゃだめよ?」
「そんなことするわけないです」
「ええ、貴方は真面目そうだもの。ただ、先生として一応ね」
それだけいい、俺と柊さんを残して出て行った。
そんなことするつもりはないが、ああ言われると気になる。
俺は眠る柊さんをそっと眺めることに。
すると、目が見開いた柊さんと目が合う。
「うわぁ!?」
「あははっ! 驚きすぎ!」
「い、いや、びっくりするでしょ!」
しかもまつ毛も長いし、目も大きいから迫力があるし。
なんというか、ネコ科の動物を連想させられる。
……こういう悪戯な感じも含めて。
「ごめんねー。途中から起きてたんだけど、なんかタイミング逃しちゃって」
「そ、そう……あっ、運んでくれてありがとうございます」
ひとまず姿勢を正してお辞儀をする。
「べ、別に頭を下げないでいいよ。そもそも、私のせいだし……ごめんなさい、私に自転車を貸したからだよね」
「いや、元々寝坊して朝ごはんを抜いた自分が悪いし」
「いやいや、そもそも私が寝坊しなければ……」
「いやいや、こちらが」
そこで柊さんと目が合い、二人して数秒固まってしまう。
「ふふっ、二人して謝って変なの」
「……確かに」
「でも、これは私が悪い。そこだけは譲れないから」
その目は意志が強く曲げられそうにない。
まあ、ここは俺が折れるかなぁ。
「わかったよ。とりあえず、受け入れます」
「よし、言質取ったわ」
何故か腕を上げて筋肉ポーズを取る。
それが、妙に似合う。
「ははっ、なんで力こぶ作るの?」
「いや、なんとなく? ……そんな風に笑うんだ」
「へっ?」
「ううん、何でもない」
すると、チャイムが鳴ると同時に扉を開けて先生が戻ってくる。
「あら、起きたのね。柊さん、お昼だし教室に戻りなさい」
「はーい。それじゃね、橘くん」
「う、うん、柊さん」
「このお礼はきっちりするから」
軽くウインクをし、颯爽と去ってしまう。
俺はお礼なんていいのなと思いながら、パンを詰め込んでいく。
そして……教室に帰るのが億劫になるのだった。
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