真似しないでください

 私は日々の出来事をデイデイというSNSにあげている。

 他の人のように『輝いた日常』を載せているのではなく、その日あった出来事の本当にただの日常を載せてたまに振り返るだけの、アルバムのような使い方だ。


 今日もまた写真を載せた。ミスターアンドミセスドーナツ(略してミスドーナツ)の写真。新作が出たから食べたという履歴と、こういうドーナツがあったよ、というフォロワーへの報告だ。

 フォロワーと言っても友達とよくわからない人と胡散臭い人しかいない。コメントといいねをくれるのは友人だけ。

 たまにそれを寂しいと思う事もある。フォロワーが増えてインスタグラマーと言われる人たちのようになりたいと夢想した事もなくはない。

 けれど私はただの一般人。特に話題を呼べるような出来事などあるはずもなく、こうやって日々を綴るのがやっとだ。

 投稿してから一時間後、メッセージが届いているのに気づいた。SNS上でメッセージが来るのは変な勧誘くらい。面倒だな、と思いながら開いた。


『真似しないでください』


「は?」と声が出た。私は自分の日常をアップしているだけで誰の真似もしていない。言いがかりも甚だしい。

 送り主の名前は『綾』と書かれている。憤慨しながら綾の投稿を覗きに行ってみた。そこにはミスドーナツの新作を撮った写真がアップされていた。

 もしかして真似したってコレの事?

 アップ時間を見てみると私よりも五分遅い。真似はどちらかというとお前じゃないか、とスマホの画面に悪態をつく。

「なんだコイツ、もしかして私に嫉妬しているのか」

 なんて言ってみるも、綾の投稿した過去の写真は華やかなものが多い。私が嫉妬されているなんてありえないだろう。

 こういった華やかな生活をしている人は真似をされる事も多いはずだ。だから似た写真を上げた私に注意のメッセージを送ってきたのだろう。

『真似していません。投稿時間は私のほうが早かったです』

 メッセージを返信し、デイデイを閉じた。


 次の日、デイデイを確認したが綾からの返信はなかった。きっとわかってくれたのだろう。それなら謝罪のひとつでもくれたらいいのに、とは思った。

 嫌な女だ、とあくびをしながら会社へ行く準備を始めた。


 それからも日々の生活をデイデイに投稿し続けた。反応は友人とたまに通りすがりの誰かからの「いいね」が押されるだけ。綾からのメッセージもあれ以降来てはいない。

 これも何かの縁だとたまに綾の投稿は見ていた。最近は恋人と喧嘩をしているようで悲しげな投稿が多かった。

 楽しげなものばかりの投稿に暗い影が見えるのは気分がいい。他人の不幸は蜜の味。少しだけいいがかりをつけられた時の溜飲が下がった。


「なぁ、近所でお祭りやっているんだって。行かない?」

 恋人の拓斗が思い出したように言った。お祭りなんて大学を卒業してから行っていない。私は久しぶりの屋台に胸が躍り、「行く」と即答していた。

 お祭りは家の近所の神社でおこなわれていた。神社の境内は広いからか、たくさんの屋台が出店している。あれもこれもと目移りした。

「子供かよ」

 拓斗が笑う。

「いいじゃない。久しぶりなんだもの」

「仕方ねぇな。おごってやるからなんでもほしいもんを言え」

 拓斗が胸を叩いた。

「やったー! じゃあ全店舗行こう」

「そんなに食えるのかよ。じゃがバタなんて二店舗あるぞ」

「店舗ごとに味が違うかもよ」

 金魚すくいや射的をやって、疲れたらじゃがバタやチョコバナナを買って食べながら休んだ。

 今、キラキラしている。

 私はこの思い出を撮っておきたいと思った。

 拓斗に了承を得て一緒に写真を撮りデイデイに投稿した。反応はすぐにあり、友人たちから『楽しそう』とか『羨ましい』という言葉が届く。

 私は少しだけ優越感を抱いた。と同時に、毎日こんな投稿ができればいいのに、と思った。


 翌日、食べ過ぎたせいで胃が気持ち悪くなった。

 手で胃を押さえながらデイデイを確認する。あのキラキラ写真で「いいね」が増える、なんて事はなく閲覧数も数十二人程度しかいなかった。

 まぁ、急に増える訳がないか。

 私はデイデイを閉じ、支度をして会社に向かった。


 その日の仕事は昨日のキラキラが嘘のように嫌な事ばかりだった。

 コピーをするとコピー機が紙詰まりを起こし、提出した資料は最初からやり直し。書き溜めたワードの文章はフリーズして落ち、開いたら白紙になっていた。


 帰宅は定時を二時間も過ぎていた。嫌な事ばかりで一日を終えたくはない。私は自宅の最寄り駅にある喫茶店に寄る事にした。

 そこは毎月新作スイーツが出る。まだ食べていなかったのでそれを食べて機嫌を直そうと決めた。

 喫茶店に入ると少しだけ幸せな気持ちになった。レトロな雰囲気の喫茶店は現実を忘れさせてくれる。「いつもの」と言いたくなるが、そこまで常連ではないのできちんと注文する。新作のスイーツとハーブティーを頼んだ。

 五分くらいして頼んだものが運ばれてきた。新作スイーツは夏ミカンを使ったショートケーキだった。ミカンが三日月のようにクリームの上に乗っかっている。

 すごく映えるじゃない? と思いながら写真を撮る。角度を変えて何枚も撮った。

 デイデイに投稿する写真を撮ったところでハーブティーを一口飲み、ショートケーキにフォークを入れた。

 口に運んですぐに歓喜の声を上げる。滑らかな口当たり、ミカンの酸味とクリームの甘さが混ざってさわやな気持ちを運んでくる。おしゃれなお店なのでゆっくり食べたかったが五口くらいで食べ終えていた。

 物足りなさを覚えながらもハーブティーを飲み、スマホを手に取る。デイデイを開いた。

『嫌な事があったけど、一日の終わりに甘いものを食べられて幸せ』

 写真と一緒にアップした。


 三十分くらい喫茶店で英気を養った後、お会計をして家へと帰宅した。スマホを見るとデイデイにメッセージが届いていた。

 荷物をそのままにデイデイを開く。


『真似しないでください』


 綾からのメッセージだった。

 また? せっかくいい気分だったのに水を差された。

 どうせ似た写真だろ、と苛立ちながら綾の投稿を見に行く。そこにはあの喫茶店の新作ケーキの写真がアップされていた。

 なんで? え、じゃああの喫茶店にいたって事?

「偶然だよね」

 どうせまた私より後にアップしたんだろ、と投稿時間を確認した。私よりも一分早く投稿されていた。

 そわりと背後に何かが立っているような気がして振り返る。

 ここは私の家だ。綾がいる訳ない。

 偶然。きっとそう。たまたま近所に住んでいて、本当に偶然、喫茶店に行った時刻が被っていただけ。そうに違いない。

 自分に言い聞かせ、その日は返信せずにメッセージを削除した。


 翌日、綾からのメッセージが頭にあった。そのせいかコンビニのクジでいい商品が当たってもデイデイに投稿する気が起きなくて一日投稿しなかった。

 投稿しないと人生が空白になっていくような気がする。何か一つでも投稿しようか。けれどまた、『真似しないでください』と綾からメッセージが届いていたらと思うと手が止まった。


 数日間、デイデイに投稿しなかった。どんどん私の人生が真っ白になっていく。そんな焦りが心の中にあった。

 ふいに思った。なぜ私が綾を気にして投稿を差し控えなければいけないのか。あんなの偶然なんだから気にするだけ損だ。

 綾の投稿を見に行ってみる。私が行かないような店の写真がアップされていた。

 ほら、やっぱりただの偶然。こんなにキラキラした日常を送っている人が私なんかの投稿、見ている訳がない。そう思うと少しだけ気が晴れた。

 その帰り、会社の最寄り駅にご当地キャラが来ているのを見かけた。私の好きなキャラクターだ。気持ちを切り替えた私は、せっかくだからとご当地キャラの写真を撮ってデイデイに投稿した。

 投稿してすぐ、綾からメッセージが届いた。


『真似しないでください』


 言葉が出なかった。

 私はたった今、自分の意思で写真を撮って投稿した。それなのに、綾からすぐにメッセージが届いた。

 私の投稿をずっと見張っていたの?

 喫茶店の写真が頭に浮かぶ。また、綾も同じものを投稿しているのだろうか。

 震える指先を動かして綾の投稿を見に行く。


 私が撮ったご当地キャラがそこにいた。


 角度も一緒でご当地キャラの周りにいる人間も同じ人、同じポーズをしている。

 すぐに振り返った。背後には誰もいない。周囲を見渡す。誰も私のほうを見てはいなかった。


 どうして? ありえない!


 その場にいるのが怖くなり、急いで家に帰った。

 帰宅してすぐに拓斗に連絡をした。しかし拓斗は私の言葉を妄言だと思っているようだった。たまたま投稿が被っただけだろう、と信じてくれなかった。

 そんな訳がない。二回連続。しかも今日のは明らかに私の後ろから写真を撮っている。


 綾は私のそばにいた。


 投稿するのが怖くなった。また『真似しないでください』と送られてくるかもしれない。その時、綾が真後ろにいたらと想像するだけで恐怖する。


 私はデイデイに投稿できなくなった。家から出るのも怖くなった。

 人生が空白になっていく。

 それなのに、私が恐怖を抱いている間も綾はデイデイを更新し続けている。それは私が撮るものだった〝人生〟ではないだろうか。


 綾に人生を奪われる――。


         *


 デイデイで投稿している。けれどその投稿は他人の写真を勝手に使用して作った虚像だ。現実のわたしは冴えない人生を送っている。

 デイデイの中の『綾』は輝いている。それがとてもわたしを幸福にしてくれる。

 あまりにも他人のものを投稿しすぎたせいで、段々とどれが現実かわからなくなる時がある。この写真の店は行った事があっただろうか。ここには行った事があっただろうか。頭がこんがらがるから気にするのをやめた。

 気にするのをやめるとすべてが真実に思えた。だから同じ写真を投稿している人を見るとわたしの写真を勝手に使っているように思えて腹が立った。

 真似をしていると思った人にはメッセージを送るようになった。

『真似しないでください』

 その日も私と同じミスドーナツの写真を上げている奴にメッセージを送った。

『真似していません。投稿時間は私のほうが早かったです』

 そう返信が来た。まるでわたしが真似をしていると言っているようじゃないか。嫌な気分だ。

 本当はわたしの投稿を真似しているんだろ? 

 そいつのデイデイを監視する事にした。そうしたら、恋人と楽しそうに映る写真を見つけた。お祭りに行ったようだった。

 ちょうどその時、わたしは恋人とうまくいっていなかった。イライラした。どうしてわたしの真似をするコイツが幸せそうにしているのだろう。

 だからわたしはソイツに嫌がらせをする事に決めた。

 わたしを嘘吐きと呼んだ。わたしが悲しんでいる時に自分だけ楽しそうな写真をアップした。それだけでわたしはその人を許せなかった。


 デイデイにはたくさんの写真がアップされている。個人情報も詰まっている。だから家を特定するのは簡単だった。

 翌日には女の勤め先から家まで把握していた。勤め先から後をつけ、喫茶店に入ったのでわたしも入った。

 女と同じものを頼んだ。写真をアップしそうだと思ったから先に写真を撮ってデイデイにアップした。

 少しして、女がわたしと同じケーキをデイデイに投稿した。すぐに『真似しないでください』と送った。

 

 それから数日、女は投稿をしなかった。わたしの言葉が聞いているようだ。

 もっとめちゃくちゃにしてやりたいと思った。だからわたしは女のあとをつけ続けた。

 会社の最寄り駅で女がご当地キャラを写真に撮っていた。わたしはすぐに女の背後から写真を撮ってデイデイに投稿した。少しして、女がわたしと同じ写真を投稿した。すぐに『真似しないでください』と送った。

 振り返った女は怯えた顔をしていた。楽しい、と思った。人が恐怖に顔をゆがめるのはとてもわたしを幸せにしてくれた。

 それ以降、女の更新は止まった。家からも出なくなった。もう終わりなのかと落胆した。

 わたしはまた、デイデイの中で華やかな人生を送る作業に勤しんだ。


 ある日、家に帰ると電気が消えていた。この時間は恋人が帰ってきているはずなのにおかしいと首をかしげながら電気を点ける。

 そこには女が立っていた。見覚えのある女だった。私が貶めた、あのデイデイの投稿主。

 足元には血を流す恋人の姿がある。

 女が言った。

 

『真似しないでください』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る