《これは事実に基づいたフィクションです》
新谷式
置き配
最近はネット通販を利用する事が多くなった。
ネット通販は便利だ。お菓子から家具まで様々なものを扱っている。買い物に行くのが面倒だと思っている私には神様のように思える。
しかしそのせいで宅配業者の方には多大なご迷惑をおかけしている事だろう。何せ私は会社員。基本的には日時指定をしているが、指定ができないものは受け取れない事もあるし、指定していても届くのを忘れて遊びに行っている時もある。再配達を何度頼んだ事かわからない。
配達は担当地区が決まっているのかいつも同じ人。再配達を頼んでも嫌な顔せずに持ってきてもらえるのはありがたい。とはいえ、宅配業者の方には本当に申し訳なく思っている。
あまりにも再配達が続いた日には、宅配業者の方に飲み物を渡している。嬉しそうに受け取ってもらえるのでホッとしているが、気をつけなければと思う。
だが、ここ最近は仕事が忙しく、突発的な残業もあって再配達を依頼する事が増えてきた。
そこで宅配ボックスを設置する事にした。置く場所は玄関の側だが、マンションの廊下は共用部分になるので念の為に管理会社に確認した。他にも置いている人はいるらしくすぐに了承された。
購入はやはりネット通販。宅配ボックスには様々な大きさや機能があり、どれにするか二時間ずっとパソコンを睨みながら迷い続けた。
結局、機能うんぬんよりも大きさで選んだ。荷物が三つ、四つ入るのでたくさん注文しても問題はないはずだ。値段は張ったが使い倒す気でいるので結果的には安い買い物になる、と思う。
翌日、指定時間にインターフォンが鳴った。
扉を開けると三十代くらいの男性が立っていた。さわやかな笑顔で帽子をクイッと上げる。いつもの宅配業者の人だ。
「お届け物です」
「ありがとうございます」
さて、どう切り出すか。持ってきてもらった荷物が宅配ボックスなのだ。設置してから言うか、今言うか。
「ずいぶん大きい荷物ですね。部屋の中まで運べますか」
しめた、と切り出す。
「実はコレ、宅配ボックスなんです。再配達が多くなったので購入したんです。あの、それで、できれば次からはコレに入れてほしいんです」
「え?」と宅配業者は手元の段ボールを見やる。じっとそれを見た後、私を見た。
「すべての配達物をここに入れてもらえればと思っています。扉を開けて宅配物を入れた後、扉を閉めて飛び出している鍵の部分を押せば施錠されます。追加の荷物があれば上から入れられるようになっていますので」
段ボールに書いてある宅配ボックスの絵を参考に説明する。宅配業者はじっと私の指先を追う。
「ええと、そうなると荷物の置き場所の再設定をしてもらう必要があるんですけど。荷物の都度、設定する事になりますけど、面倒じゃないですか」
「あ、そうなんですか」
宅配業者がいうには宅配会社の会員になると荷物の配送連絡がくるようになるのでその時に置き場所の設定ができるという事だった。
「じゃあ、あとで会員になっておきます」
「わかりました。すみませんが次からは置き配設定をお願いします。この宅配ボックス、一人で設置できますか」
「段ボールから出すだけなので大丈夫です。お手数をおかけしてすみません。家に人がいたらよかったんですけどねぇ」
宅配業者は帽子をクイッと上げてニッと笑う。
「構いませんよ。最近は宅配ボックスを置くご家庭が増えましたから」
それでは、と宅配業者は業務へと戻っていった。
宅配ボックスを使って数日が経った。配達の事を気にしなくてもいいのはとても楽だった。ただたまに取り出すのを忘れる事があるので注意が必要だ。
その為、自宅に帰った時は必ず荷物を頼んでいる頼んでいないに関わらず、宅配ボックスに荷物が入っていないか確認するようになった。
その日も帰宅時に玄関の鍵を開けながら宅配ボックスを確認した。
「あれ?」と声が漏れる。
宅配ボックスの鍵が掛かっていた。
最後に注文したものはもう片付けてある。もしかしたら誰かの宅配物が間違えて届けられたのかもしれない。
部屋に入って宅配ボックスの鍵を手に取ると解錠して扉を開けた。入っていたのは電子レンジサイズの無地の段ボールだった。
取り出してみると伝票の宛先には私の名前があった。しかし、送り主は見た事もない男性の名前が書かれていた。
品名に関しては何も書かれていない。通常、何も書かれていないものは送れないのではなかったか。もしかして送りつけ詐欺か、なんて訝しみながらもとりあえず荷物を中に入れた。
開けるかどうか迷う。中に何が入っているのかは好奇心があった。だが、開けてしまうと受け取り拒否はできない。
結局開けずに宅配業者に連絡する事にした。問い合わせの電話番号に連絡すると『担当者に確認いたします」と言われた。
しばらく待っているとインターフォンが鳴った。
「こんばんは」
いつもの宅配業者だった。帽子をクイッと上げてニッと笑っている。
「ああ、こんばんは。連絡がいったんですね。これ、品名も書いていないし、送付者が知らない人なので受け取り拒否したいんです」
「え?」と宅配業者が怪訝そうな顔をする。
荷物を引き渡すとそれをじっと見て、帽子をクイッと上げた。
「承知しました。お手数をおかけして、すみません」
「いえ、謝らないでください。心配しすぎかもしれませんが、最近は送りつけ詐欺というのがあるじゃないですか。だからお手数をかけるとは思ったんですけど、受け取り拒否にしたくて」
「大丈夫ですよ。詐欺、怖いですよね。次、この名前の宅配物は入れないようにしますね」
「よろしくお願いします」
宅配業者の方にそう言ってもらえるのは心強い。私は心からお礼を言って頭を下げた。
以降、あの人物から荷物が届く事はなかった。無事に受け取り拒否ができたようだ。結局相手も意図もわからないままだったが、もう来ないのであれば心配する必要もないだろう。次第に記憶の片隅へと消えていった。
それから一カ月後、再び注文をしていないのに宅配ボックスが使われているのに気がついた。何が入っているのかと宅配ボックスを開ける。
小脇に抱えられるくらいの大きさの無地の段ボールが入っていた。
ふと先日の事を思い出す。薄目で伝票を確認すると、実家の住所と母の名前が書いてあった。
「お母さんか。驚かせないでよ」
私は胸をなでおろし、段ボールを部屋の中に入れた。
母は何かを送る時はいつも連絡をくれる。今回連絡がなかったのは宅配ボックスを置いたと言ったから、いつでも受け取ってもらえると安心した為だろう。
さっそく段ボールを開けた。
歯ブラシとコップが入っていた。
新品ではない。毛先が開いているから明らかに使いかけだ。
母はついに呆けてしまったのか。私は急いで母に連絡した。
「お母さん、何を送って来ているの。正気?」
母は事態が呑み込めないようで「は?」と何度も言う。
「歯ブラシとコップ、しかも使い古しを送るなんてどうかしている!」
私の絶叫に母はやや苛立った声を出す。
「何を言っているの。あんたに荷物なんて送っていないわよ」
「でも」と伝票をよく見てみる。筆跡が違う。母の字はもっと丸い。
これは母が配達依頼したものではない――。
ひゅっと喉が鳴る。開けてしまったものは受け取り拒否ができない。だからといってこのままにはしたくない。
母との通話を無理矢理終わらせ、歯ブラシとコップ、段ボールをゴミ袋にまとめてマンションのゴミ捨て場に捨てた。
一体誰がこんな事をしたのだろう。前回配送をしてきた人物が受け取り拒否に怒ってイタズラで送ってきたのか。
でも、どうして実家の住所と母の名前がわかったのだろう。
尋ねようにも連絡先を覚えていない。どうしたらいいのか。恐怖が全身を駆け巡り、その日はあまり眠れなかった。
「無視しておけばいいのよ」
翌日、会社の先輩に相談すると、あっけらかんとした顔で言われた。やはり人に相談すると恐怖は和らぐ。私はあの気味の悪い出来事を笑えていた。
「先輩だったらどうします?」
「あたしだったら入れた奴を捕まえてやるわ」
「そんなの無理じゃないですか。私たち、会社員ですもん。何日休まなきゃいけないのか」
「そうよねぇ。まぁさ、実家の住所が書かれていたんでしょ。怖いわね。ストーカーかもよ。気になるなら警察に届けてみたら?」
「そうですね、そうします」
その日は先輩が美味しいケーキをごちそうしてくれた。そのおかげですっかり頭から宅配ボックスの事が抜けていた。
だから油断していた。鼻歌なんか歌いながら家へと帰宅し、いつもの癖で宅配ボックスを見てしまった。
今日もまた、宅配ボックスに荷物が入っていた。
唾を呑む。家の中にある宅配ボックスの鍵を手に取り、おそるおそる鍵穴に差し込んだ。開けたくない、と思っている。しかし、このままにはしておけない。
勢いよく開ける。また、無地の段ボールが入っていた。
今度は昨日の箱よりやや大きかった。伝票には母の名前が書いてある。これもまた、母の字ではない。
私は気味の悪さにその場に尻もちを着いた。
どうしよう。どうすればいいの?
受け取り拒否をすれば実家から荷物が届かなくなる。
いっそ母に相談しようか。いや、心配をかけたくない。
見なかった事にしてこのまま捨てよう。
そう思ったが、中に何が入っているのか気になった。私はまた、段ボールを部屋の中に運び入れ、それを開けた。
タオルが入っていた。
三枚入っていたそれは、何年も使ったような毛羽立ったタオルだった。
背筋を撫で廻されているような気色の悪さを覚え、段ボールごとゴミ袋の中に入れてマンションのゴミ捨て場に捨てた。
誰が、一体何の為に送ってくるの?
次の日もまた、宅配ボックスの鍵が掛かっていた。気持ちが悪くて仕方がない。宅配ボックスを開ける事に恐怖を抱く。けれど、確認せずにはいられない。間違えて鍵がかかっただけならいいのに。そう願いながら宅配ボックスを開けた。
また無地の段ボールが入っていた。
伝票には私の名前と実家の住所が書かれていた。字は母のものではない。誰が何の為に送ってきているのか。
私は段ボールを家の中に入れた。そのまま捨てる事も考えたが、やはり中身が気になる。震える手でそれを開いた。
服と下着が入っていた――それは、男物だった。
「ひぃ」と悲鳴が漏れた。
段ボールのままゴミ袋に投げ入れゴミ捨て場に捨てた。
先輩から言われた『ストーカー』という言葉が頭にあった。もうそのままにはしておけない。急いで警察署に駆け込んだ。
しかし、警察は「事件性がないから捜査はできない。見回りを強化します」と言っただけだった。
次の日、また無地の段ボールが入っていた。今度は枕が入っていた。
次の日、また無地の段ボールが入っていた。圧縮された掛け布団が入っていた。
次の日、また無地の段ボールが入っていた。圧縮された敷布団が入っていた。
次の日、また無地の段ボールが入っていた。誰かの仏壇が入っていた。
次の日、また無地の段ボールが入っていた。誰かの位牌が入っていた。
次の日、また無地の段ボールが入っていた。
六十代くらいの女性の写真が飾られた写真立てが入っていた。ニッと笑った顔には既視感があった。
まるで、引っ越しをするみたいに、少しずつ物が送られてきている。次は何が届くのだろうか。
次の日、また宅配ボックスに鍵が掛かっていた。
扉に手を伸ばす。
ガタン、と音がした。
中には何が入っているのだろうか。
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