第2話 曽呂門町の神様 その2


新型ウィルス騒動の煽りを受けて、遂にネット難民になってしまった。


感染拡大防止の緊急事態宣言と共に突然仕事を失い、役所に生活保護の申請を懇願しても、あれこれ難癖をつけられて、未だ受理してもらえる気配がない。


とりあえず日雇いの仕事で食い繋ぎながら、途方に暮れる毎日を続けている。

曽呂門町の堀にあるベンチに腰掛けてボーッと眺める繁華街はハロウィンの人手でごった返していた。


待ち合わせとナンパのスポットになっている橋の上にはハンディカムを片手にはしゃぐYouTuberらしき人たちや、ゾンビメイク、魔女、最近流行りのアニメキャラクターに扮してビラを配っている女の子たちの姿が至るところにある。


ビールを片手にしたサラリーマンの巨大なネオン看板を目指して、とにかく人が蛾のようにどんどん群がっていた。


緊急事態宣言下でもイベント事がある繁華街の混雑は誰にも止められない。


外出自粛を促す見廻り隊の姿もあるけど、アルコールを含んで橋の上に集まって来る人たちはみんな「新型ウィルス上等!」とばかりに浮かれ、夜通し当てもなく騒ぎ続けるつもりでいる。


住み込みの派遣社員として職場や住まいを転々する暮らしが定着し、ここ数年、人との交流が希薄になっていた僕は、この無軌道なハロウィンのお祭り騒ぎに馴染めず、一人蚊帳の外でその喧騒を眺めているだけだった。


そんな暮らしに嫌気が差しても、そこから抜け出す方法を思案する事にもとうに疲れ果てている。


やる事もなく途方にくれながら自動販売機で買った缶チューハイを開け、一人で飲んだ。


掘のドブ川沿いに張り付いた飲食ビルのダクトから油っこい空気が大量に漏れて、10月でも風が生温い。


ウォッカに人工甘味料をぶち込んだ安価な缶チューハイの味はいまいちだけど、たった1本ですぐに酔える。


寂しい夜はとにかく酒を飲んで何もかもうやむやにしたい。


「お兄さんこんにちわ! 今、自暴自棄になってるでしょ? ねぇ、絶対自暴自棄だよね! ウフフッ、自暴自棄ならこの名刺どうぞ!」


ふいに誰かが僕に声をかけて来た。


目の前に真っ黒な格好をした若い女の子が立っている。


お通夜のような黒いワンピース姿で、黒髪のショートカットに大きな黒いリボンをつけ、足下も黒のタイツと黒のブーツで埋めていた。


突然話しかけられて何がなんだかわからず、ただボーッと彼女を見つめていると、「エヘッ、可愛いでしょ?」と、無邪気な笑顔を浮かべて、彼女が僕にピースサインを向けた。


「は?」


「は? じゃなくて、アタシ可愛いでしょ? って言ってんの!」


「……う、うん」


童顔にどこか憂いを帯びたような顔は確かに可愛いかった。


スラッとした細い足でスタイルも良く、ベンチに座っている僕を笑顔で見下ろす彼女の身長は170センチくらいあった。


ざっくりと開いたワンピースの胸元からチラッと覗く胸は豊かで、童顔のわりに整った膨らみがある。


「何の用?」


「だから! お兄さん、自暴自棄に見えるから、可愛いアタシの名刺あげるって言ってんの!」


押し付けるように僕の目の前に差し出された彼女の名刺はピンク色が妙に眩しく、文字の周りに派手なデコレーションが施されていた。


――自暴自棄。


認めたくはないけど、確かにそうかもしれない。


僕は彼女が差し出した名刺を素直に受け取った。



💜曽呂門町最強メイド💜

💜リリスちゃん💜

Lilith@SOLOMON



名刺には彼女の名前と自信満々なキャッチコピーが書いてあり、その下にSNSのURLが添えられていた。


「曽呂門町最強メイド?」


「そうだよ、アタシこの辺りでかなり有名なんだよ。お兄さん今日はアタシに会えてラッキーだね!」


この辺りのBARかクラブで働いている、ちょっと変わったキャッチの子だろうと思った。


「どこのお店で働いているの?」


今日飲みに行くお金はないけど、久しぶりに女の子と話したからか、少しだけ気持ちが高揚していた。


「特に決まったお店はないかな? アタシ人気者だから、曽呂門町のあちこちのお店に呼ばれて大忙しなのwww その日の予定はSNSにアップしてるから、アタシに会いたくなったらそれをチェックして会いに来てね!」


そういうと彼女はくるっと背を向けてトコトコと橋の上の人混みに消えて行った。


彼女が立ち去ると、また自分の周りだけがハロウィンの喧騒から取り残されたように、ぽつんと寂しみしくなった。


人懐っこい彼女の笑顔だけが脳裏に焼きついている。



💜曽呂門町最強メイド💜

💜リリスちゃん💜

Lilith@SOLOMON



彼女にもらった名刺を眺めながら、缶チューハイの残りを一気に飲み干した。

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