8話:母、大野冴子
ゴールデンウィーク初日。
昨日は夜遅くまでラフ画を描いていた僕は、朝から一本の電話で睡眠の世界から現実へと引き戻された。
「彗くんおはよう! まだ寝てた感じ?
ゴールデンウィークだからといってダラダラ寝てたらダメよ?」
朝から元気な電話の主は、僕の唯一の家族である母親、大野冴子だ。
僕の高校進学と同じタイミングで東京に拠点を構えている。
「うん…、ごめん母さん。いま母さんの声で目が覚めたよ」
欠伸を噛みころしながらなんとか言葉を返す。
「頭は動き始めた? 寝起きのところ早速で本当に悪いんだけれども、前に頼んでいた新作の案件、何点か出来てる?」
少し申し訳なさそうな声で、こちらの進捗を確認してくる。
「うん、いつものように今回も多めに描いてるからそこから選んで貰えると。でも描き終わってるものは自分ではこれといっていまひとつピンとはきてないから、休み中にあと何点か仕上げるつもりだよ。その都度スキャン出来次第サーバーに追加するよ。
それはそうと母さんはずっと忙しいの? 休めてる? もしかしてゴールデンウィーク中も休めそうにない感じ?」
「そうね。私たちの仕事は皆が休んでいる時こそ自分たちは働かないとね? 秋の発表に向けて休んでられないわね。
とりあえず彗くんが進めてくれているラフ画のニュアンスだけでも掴みたいし、今の段階で出来ているものだけでいいから、いつものようにアップしておいてくれないかしら?
それが終わったら別件の想定も少し共有しておきたいことがあるし」
うん、わかったと返すと
「せっかくのゴールデンウィークに、友達と遊ぶ時間もあげられなくて本当に申し訳ないわね。私の口から言うのもなんだけど、ちゃんとご飯を食べて、ちゃんと睡眠もとるのよ?」
最後は母親としての役目も忘れずお小言を言ってから電話が切られた。
(相変わらず仕事頑張ってんだな。僕よりも母さんの方が体調を崩さないか心配になっちゃうな)
ノートパソコンを立ち上げ[2024autumn]のフォルダを開き、昨日までにスキャンしてデータ化してあったラフ画を最終確認してサーバーにアップ。
母親にデータ共有のアドレスとパスワードをLINEで送る。
既読が付いたことを確認してから顔を洗って、その足でキッチンに向かい、コーヒーメーカーに紙のフィルターをセット。
マンデリンの豆を電動ミルミキサーで挽く。
(そういえばこの部屋で一人暮らしを始めてから、もう一年とちょっと経ったのか…)
と少し感慨にふけった。
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