第2話 捜査

「中谷先輩、デジカメってどこにしまってるんですか?」


 陽人がたずねると、駿也はつかつかと右側の棚へと歩いていく。


「ここだよ」


 指し示された場所には、鍵のついたロッカーがあった。


「いつもその中に?」


「ああ。鍵は、ここに入れてある」


 徹の問いにうなずくと、駿也はロッカーの下にある引き出しを開けた。そこには、銀色の鍵が無造作に置かれていた。その鍵を取り出し、駿也は無言でロッカーを開けた。


「もうちょいちゃんと管理してるのかと思ったら、意外に大雑把なのな」


 和貴が素直な感想を口にする。


「しかたないだろ。他の部員のことを考えたら、ここが最適なんだから」


 本当は厳重に管理したいのだけれどと、駿也は苦虫を噛み潰したような顔で告げる。


「ロッカーの鍵がここにあるって、誰でも知ってるんですか?」


 ロッカーを開けてもらえたことに感謝すると、陽人がたずねた。


「いや、実際に知ってるのは、部員と顧問の三条さんじょう先生くらいだよ。デジカメは、大切な備品だからね。部外者に知られて壊されでもしたら目も当てられないから、口外禁止にしてるんだ」


 と、駿也はなぜか得意顔で言った。


 そんな彼の表情など気にもせず、陽人はさっそく調査を開始する。和貴と徹も手がかりがないか探し始めた。


 陽人は、まずロッカー周辺を調べることにした。ロッカーにはこじ開けた形跡はなく、鍵穴にも大きな傷はない。


(この鍵の場所を知ってる人の犯行……?)


 駿也に許可を取り、デジタルカメラのメモリを確認する。彼の言う通り、昨日の日付の画像はなかった。もし、新聞部員の誰かの犯行なら、部長である駿也に断りを入れるはず。だが、実際には無断で消去している。


(そうなると、新聞部の中に犯人はいないってことになるけど。もしかして、中谷先輩の自演……?)


 そんなことを考えながら周辺を捜索するが、目ぼしいものは見つからない。荒らされた形跡も、何かトリックを使った跡さえないのだ。


 駿也の自演の可能性が、現実味を帯びてきた矢先のこと。陽人は、ロッカーの鍵穴付近に小さな傷がついていることに気がついた。


(これって……)


 注意深く見ていると、


「なあ。もしかして、犯人、顧問なんじゃね?」


 背後から、そんなことを言う和貴の声が聞こえた。


「三条先生がそんなことするはずない! 試しに撮った写真だって残しておくような人なんだぞ!」


 そんな三条が画像を勝手に消すなんてありえないと、駿也が和貴の言葉を全力で否定する。


「そうっすよ、和貴先輩。犯人は、三条先生じゃないっす」


 ゆっくりと和貴たちに振り向いた陽人は、そう断言した。


「何でだよ? 部室の鍵は職員室にあるし、このロッカーの鍵の場所だって知ってるんだぜ?」


 不正に侵入した痕跡こんせきなどがない以上、新聞部に関係がある人物の犯行だろうと和貴が疑問をていする。


「だからっすよ」


 と、陽人が笑みを浮かべた。


「やけに自信たっぷりだな。その根拠は?」


 徹がいぶかしげにたずねる。


「ここ。この鍵穴の周りに小さい傷がついてるんす」


 そう言って、陽人はロッカーの鍵穴周辺を指し示した。


 三年生三人は、それに近寄って目を凝らすが、見つけられないのか首をひねるばかりだ。


「よく見てくださいよ。引っかき傷みたいのがついてるでしょ?」


 陽人の言葉に、三人はようやく見つけることができたのか、なるほどと納得したような声をあげる。


「この傷、前からあったのか?」


 徹がたずねる。


「いや……うーん、どうだろう? こんなとこ、気にしたことなかったからな」


 以前からあった傷かどうかはわからないと、駿也がうなる。


「これ、最近ついた傷だと思いますよ、たぶん。何となくっすけど、真新しい感じがするんすよね」


 言いながら、陽人は部室を出ようとする。


「おい、どこ行くんだよ?」


 和貴が慌てて呼び止めると、


「職員室っすよ?」


 当然とばかりに、陽人が答える。


「俺も行く! 徹、悪いんだけど、中谷とここにいてくれ」


 そう言い置くと、和貴は陽人とともに部室を出た。


 * * *


 しばらく歩いて階段にさしかかった時、


「陽人、職員室に行ってどうすんだよ?」


 と、和貴が陽人にたずねた。


「どうするって、三条先生に聞くんすよ。部室の鍵を借りに来た人がいたかどうか」


 この学校では、基本的に各部活動の部室の鍵は、顧問の教師が管理している。なので、生徒が部室を使用する時には、必ずその部の顧問の教師に声をかけなければならないのだ。


「あー……そういえば、そんな決まりあったっけ」


 完全に失念していたと、和貴がバツが悪そうに言う。


 部活動とは違い、同好会に顧問はいない。そのため、部室の鍵も職員室の一角で一括して保管されているのだ。二人が所属しているミステリー研究同好会も例外ではない。いつも、職員室にあるキーボックスから鍵を取り出しているので、顧問が管理していることを忘れていたのである。


 階段を下り、職員室に向かう陽人と和貴。オレンジ色に染まる廊下に先輩と二人きりというこの状況に、どこか非現実的だとさえ思えた。

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