第3話 梅田せいかと元反社藤堂牧師との出会い

 梅田せいかが娘さあやの自殺の報道を受けたのは、せいかのディナーショーの終わりであった。

 せいかはウソ、ジョークだと思い込もうとしたが、事実であるとわかった途端、卒倒しそうになった。

 あわてて病院に駆けつけ、冷たくなってしまった娘さあやの遺体を抱いて、頬ずりをしながら二十時間にわたり、声が枯れるあで号泣し続けた。


 しかし、やはりさすが元大スターの梅田せいかは、プライドを守るために、報道には気丈に応じるよう、努力していた。

 その後は声がでなくなり、ひきこもる日々が続いた。

 その年の紅白も辞退、翌年のコンサートも中止する羽目になった。

 このことで、数億の損害を負ってしまったが、損得勘定で解決できる問題ではなかった。

 梅田せいかの代理は誰にもいないという責任感がのしかかってきたが、さあやの自殺の比ではなかった。


 そんなとき、ネットの自殺タグで藤堂牧師の娘の自殺記事を読み、藤堂牧師の牧会する教会「罪人寄り添いイエスキリスト教会」に行ってみる気になった。

 せいかは、カトリックの高校を中退して芸能界に飛び込んだが、何らの救いを得られる確信をもったからである。

 もちろん梅田せいかは、これまで反社とは無関係に生き、ヤンキーや暴走族とも縁がなかった。

 罪人寄り添いイエス教会は、そういった人も存在している。

 せいかは、違った世界に飛び込んでみる気になった。


 都心の外れにある教会は、二十人くらいの信者が集まっていた。

 なかには、みるからにいかつい強面の男性、金髪やピンクの髪のヤンキー風や垢ぬけた感じの水商売風の女性もいた。

 カトリック高校に通っていたせいかには、聞き覚えのある讃美歌が聞こえてきた。

 なつかしいというよりは、この讃美歌に守られて私は今まで生きてきたのではないかと思うほどだった。

 やはり神はいらっしゃる。

 そして今、娘のさあやは天国で神のもとで生活しているに違いない。

 天国には病気もケガも、結婚も離婚もない。

 讃美歌のあるところには、天使が飛ぶという。

 私はこれから讃美歌を歌っていきたい。

 ソプラノの高音がでなくなっても、十年後になっても、讃美歌は永遠である。


 礼拝の内容は、やはりせいかがカトリック高校で習った聖書の御言葉だったが、藤堂牧師は、ユーモアを交えて説教するのだった。

「暴走族を飛び越えて反社になっちゃって、それもリストラされちゃった」

「私は高校中退だが、今では高校で、刺青入りの背中入りで、聖書の話をするのですよ」

 苦笑ともいえる笑いが聞こえるなかで、せいかは見たこともない別世界の話にただポカンと口を開けていた。

 

 礼拝が終わったあと、藤堂牧師はせいかを紹介した。

「ご存じの人もいらっしゃると思いますが、この人は二年前までメディアで大活躍していた梅田せいかさんです。

 もうご存じではありますが、皆さんと同じ、精神的な苦痛を抱えていらっしゃいますので、そっとしておいて下さい」

 口紅も塗らず、地味なグレーのスーツを着たせいかは、立ち上がって会衆に頭を下げた。

「ただ今ご紹介に預かりました梅田せいかです。

 初めて礼拝に出席させて頂いて嬉しく思います。

 どうか皆さん、私の中学時代のあだ名であったせいと呼んで下さい」

 会衆は目を丸くして、せいかをまじまじと見つめたが、それ以上のアクションはなかった。

 会衆のなかには、それぞれ人に触れられたくない過去をもった人もいて、なかには本名を名乗らず、あだ名のような通名で呼ばれている人もいた。

 

 あまりの別世界に、せいなは身がすくむ思いだった。

 この中にはかつてのマスメディアのように、私を金のために利用しようとする輩もいるかもしれない。

 またアイドル時代のストーカーのような連中もいるかもしれない。

 こうなると、また厄介な苦労を抱え込むことになる。

 せいなは良からぬ予感に襲われ、そそくさと礼拝から帰ろうとしたが、なんだか後ろ髪を引かれるような思いで、立ちすくんでいた。


 そのとき、藤堂牧師の勧めで礼拝後の茶話会に参加することにした。

 せいかは自ら持参してきた個別包装されたおかきの袋を、一人ずつ差し出した。

「せいから頂いたおかき、とっても美味しいです。

 あっ、私かおるといいます。これからも、いやこれからはよろしく」

 さっそく、せいと気さくに呼んでくれる金髪のなかにピンク色に髪を染めた十八歳くらいの少女がいた。

 派手なヘアスタイルだが、もちろん芸能人のような華やかさは感じられず、少々影のある風情だった。

 アクティブな人間というよりも、まるでケースからでてきた人形のような静かな感じの少女だった。

 せいかはなんだか、ほっとしたような気分だったが、彼女の抱えている闇のような部分を知りたくなった。


 藤堂牧師はすかさず言った。

「かおるちゃん、お帰りなさい。ようやく戻ってきたね。

 一年間、ご苦労様でした」

 さきほどのかおると呼ばれた少女に、藤堂牧師は声をかけた。

 なんだか、意味あり気な言葉だった。

 かおるは、いきなり藤堂牧師の代わりに講壇にたって

「来週は、私の身の上いや打ちあけ話、少年院出であることを、公表させて頂きます。

 隠してたっていずれバレてしまうことですし、隠すということが、自分の弱みになりますからね。

 それに第一、藤堂牧師も元反社時代の話を公開なさってますしね」


 藤堂牧師は答えた。

「かおるちゃん、それはまだ、少し早いのではないか。

 洗礼を受けてからにしましょう。

 確かに今のあなたは、神によって守られているが、あとは努力して一般人と同じ様に振舞い、生活しなければならない。

 私も含めてであるが、このことは氷山を登るような努力が必要だよ。

 少し油断すれば、まわりの誘いに負けてたちまち転がり落ちて、元のドラッグ中毒へと戻ってしまう。

 ここで努力しない人は嫌いよ」

 せいかは、藤堂牧師の発した努力しない人は嫌いという言葉を、愛の厳しさと解釈した。

 そして更生も、芸能界同様、氷の山を登るようであり、少し油断するとたちまち転げ落ちてしまうことを痛感していた。

 

 せいかの今までしてきた努力といえば、カトリック高校に入学するための受験勉強の努力と、歌手になってからの歌のための努力だった。

 英語も勉強し、アメリカではジャズ部門でCD一位になったこともある。

 このことは、0から上昇するための努力であったが、藤堂牧師の仰る努力とは全く違う。

 藤堂牧師の仰る努力とは、マイナスから0になるための努力である。

 まあ、しかし世間の冷たい目にさらされるという意味では、せいかもわかる気がした。


 せいか自身、マスメディアに悩んだこともある。

 スキャンダルというのは、せいか一人の問題ではなくて、家族や親せきにまで及んでくる。

 しかし、いくら悩んでもマスメディアは情け容赦しない。

 せいかは考えを変えることにした。

 マスメディアはせいかの暗い顔を望んでいるに違いない。その隙に新人が入り込んできてスターの座を奪おうとする。

 それでなくても、アイドルの命はまあ二十三歳くらいまでである。

 せいかは、作詞もするようになり、新しい部門へと挑戦していった。

 これはまさに、どの部門にも属さない松田聖子部門であった。


 かおるは藤堂牧師の言葉に納得した。

「そうですね。洗礼を受けるということは、神に守られているということです。

 もう決して元の世界に、戻る気はありません。

 来週、洗礼後、私は今まで隠していた過去を宣言するつもりです。

 正直私は今まで、過去を暴露されるのではないかと、いつもオドオドしていました。でも、私にはイエス様がついていることを実感して以来、もう隠す必要はないと確信したんです。

 聖書の御言葉にもあるでしょう。

「隠していたものは暴露されるためにあり、おおいをかけられたものは、取り外されるためにある」

 また、隠し続けていると、それをネタに脅す人もいて、そうなるとこの教会にも来ることはできなくなるかもしれないという、恐れにかられたのです。

 実は私は、覚醒剤で少年院に入院していました。

 この話をすると、世の中の偏見で、この教会はそういった人の集まりだの、私は覚醒剤の密売人だのという声が聞こえてきそうです。

 そうならないための手段として、来週は私は自分の体験談を公けにするつもりです」

 すると、初老の男性からの声があった。

「私は持病を抱えているが、今日の命は今日一日のものでしかないと思ってるんだ。明日になると、足がしびれて歩けなくなるかもしれないし、心臓が止まってあの世行かもしれない。

 まあ、原因は私はヘビースモーカーで、医者から止められても聞かなかったのがいけなかったんだけどね。

 できたら、気が変わらないうちに、今聞かせてなんていうのは、とんでもないエゴですね。すみません」

 そういって、頭を下げた。

 その言葉には、もう自分の命は限られているというあきらめと悟りのようなものが感じられた。

 その途端、かおるは、その言葉を受け取り覚悟を決めたようなキリッとした顔つきになった。


 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

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