第2話 屈辱
「うーん…」
「ホクトさん、どうかしました?」
連絡用の魔術用水晶の前で唸るホクト。彼は怪訝な顔のままに、ギースに事情を語る。
「弁当の注文が大口で入ったんだけど、お相手が配達員をギースくんに!って聞かないんだよね…。しかも1人で来るようにって。なんか妙な感じがするし、断ろうと思ってるんだけど…」
「確かに変ですけど…配達くらいなら心配ないでしょう!どんと任せてくださいよ」
「本当に大丈夫…?まあそれなら受けようかな。そうそう、これ地図とナビゲーター用の小型水晶。くれぐれも気を付けてね。いざとなったら弁当も捨てて逃げていいから」
という訳で、ギースは弁当配達に出かけていた。
ホクトに同行して配達の補助という経験はすでにしているが、単独ではこれが初。
少し緊張を抱えて王都を歩く。
配達先は都の中心、王城のふもとに位置する一軒の邸宅。
王城のふもとには国の富裕層が集まるエリアが広がっており、庭付きプール付きは当たり前の豪邸が立ち並んでいる。
限られた者しか住めない、国民の羨望を集めている地区である。
注文者の名前はセイン・ドート。ギースにとって、聞き馴染みのある名前だった。
「こんにちはー!ホクト弁当でーす」
屋敷を囲う、背の高い塀たち。その奥には白塗りの豪邸が伺える。
そして、人々の賑わう声が中から届いて来た。
立派な門構えの前でしばらく待つと、黒鎧を身に纏った守衛が姿を現した。
「こちらへどうぞ、セイン様がお待ちです」
先導のままに、屋敷の中庭を歩く。
何やら会食パーティーのようなものを催しているらしく、正装に身を包んだ男女があちらこちらで談笑を交わしている。
中には冒険者時代のギースと関わりを持っていた人物もちらほらと混じっているが、弁当屋の制服で身を包んだギースに気付くような様子は全くない。
むしろ、パーティー会場に突如として現れた場違いな下民に、侮蔑に近い目を向けてすらいた。
そうして歩く内に、段々と人だかりが濃くなっていく。
ドレス姿のご令嬢に囲まれたその中心に、ギースを呼び出した人物がいた。
「あっ先輩!来てくれたんだ」
黒の正装に身を纏った、背の高いスラッとした優男。モブ顔なギースとは真反対に整った顔面をしており、周囲の人間を惹きつけている。
冒険者時代の後輩、セイン・ドートだった。
「いやあびっくりしたなあ、久しぶりセインくん」
「ギース先輩、敬語」
「えっ?」
「今は店員と客なんだから敬語が筋じゃない?」
「あっ…そうですね、すみません」
セインの顔に一瞬浮かぶ嘲笑混じりな顔。
確かに気軽に話しかけたのも悪いのだが、それ以上に何か嫌な空気を察したギースは、弁当の引渡しを済まして早々に退散することにした。
のだが。
「あー待って待って。せっかくだからみなさんに挨拶してから行ってよ」
「えっ?いやオレはいいですよ」
「そんなこと言わずに!一から僕を育ててくれた大切な先輩をみんなに紹介したいからさぁ」
ギースの肩に手を絡めて、庭の中央に据えられた特設ステージへと背を押して行くセイン。
「みんな注目!」という言葉に合わせて、壇上の2人に視線が集まる。
「えー今日は僕たちの『筆頭』就任記念に集まってくれてありがとう!
ここで特別ゲスト!大切な大切な先輩のギースくんに来てもらってまーす!」
その言葉に、ギースが微かな衝撃を受ける。
筆頭とは、ギルド内で最優の働きをしたパーティーに与えられる役職のこと。
有事の際には他のパーティーに指示を出すような権限を持っている。
ついこの間まではギースのパーティーが筆頭を担当していたのだが、以前から素行が良いとは言えなかったセインがその役職に就くとは思っていなかったのだ。
続けて、セインがわざとらしい声でギースを遠回しに貶して行く。
「いやあすごいですよね、ギースくん。せっかく魔王を倒したのに庶民に戻っちゃって。
僕だったら絶対に無理!本当にすごい!」
そして、弁当を指さして質問をしてくる。
「その弁当はいくらなんでしたっけ!?お値段言えますか!」
「…はい。竜のからあげ弁当、1つで500ゼンになります」
「おおーすごい!ちなみに今日皆さんにお出ししている料理はゼンに換算すれば一食20万相当のコース料理でーす!
500ゼンを汗水垂らして運んでるギースくんにみんな拍手ー!!!」
ドッという笑いと共に、会場中が拍手に包まれる。
以前ギースに結婚を持ちかけた人間も、権力争いに助力を願った人間も、誰もがセインの嘲笑に加わっていた。
首を縦に振らない元英雄よりも、大手ギルドの筆頭という確固たる立場を得たセインにすり寄る道を選んだのだ。
そして拍手もまばらになった頃、セインは弁当が入った袋を受け取り。
「うーん、でも庶民が作ったのを口に入れたくないなあ。
この辺に捨てとけば床さんが食ってくれるだろ」
と、丸ごと壇上にぶち撒けた。
「………!」
更なる笑いに包まれる会場。
ホクトが朝早くから仕込みをして、一個一個丁寧に揚げたからあげ弁当が。
この薄汚れた環境から離れるきっかけをくれた弁当が、こうしてゴミ同然に投げ捨てられている。
「あ、怒っちゃいました?」
無言で弁当の残骸を見つめるギースに、セインがそっと耳打ちをする。
「でも…手を出したら分かるよな?上流階級が集まるパーティーで暴力沙汰を起こした元英雄の『一般人』…。
懲役は何年になるかなぁ。あのしみったれた弁当屋も余波で潰れるんじゃないか?」
だが。
ギースはその言葉に反応するでもなく、手をあげる素振りすら見せずに、壇上にぶちまけられた弁当の残骸へとしゃがみ込み。
飛び散った食材を一つ一つ食べ始めた。
「え?うわ、何してんの?」
「食べ物は…ムダにできない」
『食う気がないならオレが食う』というギースの姿に、辺りが静まり返る。
そして、
「うわッ、汚え〜〜〜!笑」
セインの言葉を皮切りに、会場が最大の爆笑に包まれた。
「やばすぎ、ギャグセン高すぎるよ先輩!最高!
でもそんな最高の先輩に庶民弁当は似合わないからさ…」
というセリフを吐きながら、弁当を拾い続けるギースの背に近付き。
「上流階級ドレッシングかけてやるよ」
セインは、食べ物の残骸を靴底でグリグリと踏みつけた。
そうして、土や埃が混じったからあげ弁当20個分を食べ終えるまでの1時間。
ギースは、世代交代ショーの見せ物になり続けたのだった。
弁当の残骸を全て片付け、屋敷から出ようとしたギースにセインが声をかける。
「いやあ〜最高だったよ。ちなみに弁当は全部先輩が食べちゃったから、代金は支払わないからね」
「…は?」
「ウソウソ!余興代も込みで10万ゼンあげちゃう!さっ、拾って拾って」
庭の土にばら撒かれたお札を拾うギース。
その間に、セインは誰かを呼び出したらしい。
ギースを見下ろす彼の横に、女性が立っていた。
よく見慣れた、褐色肌の彼女。
セインのパーティーとは別の大手パーティーに推薦を取り付けたはずの、元メンバーの1人。
黒魔法使いのランタンが立っていた。
「ランタン…どうしてここに?」
「僕がパーティーに勧誘したんだよ。そしたら案外あっさり…ね?」
言葉に合わせて、コクリと頷くランタン。
セインは、勝ち誇った余裕の笑みのままにギースにトドメを刺す。
「こうして、お前の功績も役職もメンバーも全部奪ったんだ。
二度ときっしょい先輩面してくんじゃねえぞ、ゴミ」
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