もう無双とかしたくないし、パーティーも解散しました 〜お弁当屋さんになった元英雄と激重と化したメンバー達〜

梅もんち

第1話 パーティー解散

ハーレム。

1人の男性が複数の女性に好意を寄せられる、夢のような状況を指す言葉。


いつも女性に囲まれて、何をしても受け入れられ、四六時中愛される。

そんな誰もが夢見る空間を、冒険者ギースはたった今自ら手放した。


「というわけで1ヶ月後にパーティーを解散したいと思ってるんですけど、どうでしょうか」


集まったメンバー達は呆気に取られたあと、口々に驚きを浴びせてくる。


「えっ…?」

「……………!」

「なんでじゃ!理由!理由を言え!」


3人の仲間はその全員が女性。困惑を隠さない彼女達に向けて、ギースが理由を明かす。


「ごめん、オレ…お弁当屋さんで働こうと思って」

「お…あぁ!?」








3年前、ギースは激戦の果てに魔王を討伐した。


国から莫大な報奨金をもらったし、討伐班から元の冒険者職に落ち着いても上手く行くことばかり。


平和を取り戻した世を仲間たちと共に駆け、全てが順風満帆…というわけもなく。


すり寄って来るのは金と権力にまみれた汚い人間たちばかり。


魔王討伐の立役者と結婚すれば箔が付くからと、どこぞの誰かと結婚させられそうになったり。

大手冒険者ギルドが、暗に権力争いへの助力を求めてきたり。


栄光を前にした人の汚さに辟易としていた、そんな時。


「よいしょっ、よいしょ!」


ある遺跡の近くで、弁当を届ける途中のおじいさんと出会った。

王都の店で出している料理を、野外の冒険者向けに配達しているらしい。


大荷物な弁当達を背負う姿を気遣って声をかけたギースに、「いやあ腰が痛くってしょうがないよ」とはにかむ白髪の老人。反対に、


「兄ちゃんこそ大丈夫かい?ずいぶんと疲れた顔してるね」


と心配されてしまう。


久々に聞いた下心抜きの純粋な言葉に何か暖かいものを感じながらも、弁当を代わりに背負い目的地を目指す。


険しい遺跡を越え、川を渡り、野外で待つ冒険者たちの元へ辿り着いた時。


「おー来た来た!」

「ありがとうございます!…ってギースさん!?」


待っていたのはお礼の言葉と、笑顔。

そしてもう冒険では純粋に得られなくなっていた、誰かの役に立つ暖かな達成感だった。


「助かったよ兄ちゃん!これ…昼に食おうと思ってたやつなんだけど、よかったらもらってくれ」


と、竜のからあげを老人に渡された時点でギースの心は決まった。


冒険者をやめようと。


そして次の瞬間には、老人に「オレを雇ってもらえませんか」と不躾なお願いをしていた。








解散宣言から2ヶ月が経過した現在。


「ホクトさん、からあげ揚がりました!」

「おっありがとう!じゃあ盛り付けも頼めるかな」


王都の外れに店を構える『ホクト弁当』で、ギースは老人…ホクトと共に忙しなく働いている。


「冒険者を辞める」という唐突な申し出にパーティーメンバー達は困惑していたが、最終的にはしぶしぶと受け入れていた。


当然タダでという訳ではない。契約に基づいて莫大な退職金をメンバー達に支払ったし、必要な者には大手パーティーへの推薦も取り付けた。


宣伝効果の為に引き留めようとする所属ギルドの責任者にも諸々の手続きをきちんと提出し、完璧な形で退職。

後腐れなく冒険者職を後にした。


元々ギースは三白眼に黒髪という地味で普通な容姿なので、弁当屋の白制服に身を包んだ今彼が元英雄だと見破れるものはいない。


そもそも、肩書きを捨てた彼を見る者もいなかった。


そうして、彼の生活は見事に一変したのである。


小ぢんまりとした古い木建ての弁当屋、その2階を下宿として借り受け、朝から夕方まで休憩を挟みつつ仕事に励む。


仕事の内容は、仕込みと調理の補助、そして配達。

従業員はホクトとギースを入れて3人のみ。

それなりに大変ではあるものの、充実的な毎日を送っていた。


元々ギースは調理師志望だったのだが、ある日魔を討ち果たす『聖剣』に選ばれてしまい、世界の為に夢を諦めるしかなかった。


しかしこうして世の中にひと段落がついた今、昔を取り戻して働くことができる。

ギースは今の仕事が、楽しくて仕方がなかった。


「いやー最近腰痛がひどくてね!ギースくんが来てくれて本当に助かってるよ」

「いえ、突然の申し出だったのに雇ってもらっちゃって…こっちが感謝したいくらいです」


店の奥での昼休憩中、まかないをつつきながらホクトと談笑。

都の外で採れた食材をふんだんに使った食事も、ギースの心の癒しとなっている。


そんなまったりした時間を遮る、大きな声が一つ。


「ギーーーースーーー!!!!!」


響き渡る聞き慣れた声。まかないを中断して店前に出ると、そこには。


白黒の冒険服に合わせた、ツートンカラーのふわふわ髪を下の方でまとめた2つ結び。

年の頃合いは10にも満たないような幼い少女が、店前の狭い通りに仁王立ちしている。


「おーいらっしゃい。今日も来たんだね」

「当たり前じゃろ!!!!!一生付き纏ってやる…ってのはさすがに迷惑じゃからお昼時の一番嫌な時間に付き纏ってやる!」

「的確に嫌だな…」


この古風な話し方をする少女の名はアラスト。ギースの元パーティーメンバーである。


彼女は、きっかり12時に弁当屋に現れてはギースに悪口を浴びせて行くというのを最近の日課にしている。


「バーカバーカ!無責任!甲斐性なし!」

「急に解散宣言したオレが100悪いんだけどさ…。アラストが意味深なワード叫ぶから近所の奥様の間で『幼女と痴情がもつれたカス』扱いされてるんだよね…」


魔王討伐〜冒険者時代はギースにべったりだったアラストなのだが、今ではこの有り様。言わば反転アンチである。


「これでも足りないくらいなんじゃ!貴様への復讐の為、この店の悪評も流して…っていうのはさすがにやりすぎじゃから直接の罵倒に留めておくけど…許せないんじゃ!!!!」

「なにその中途半端な良識は…」


怒りを表すように、モノクロの二つ結びを揺らしてズンズンと店内に入るアラスト。

真っ赤なお顔をそのままに、ショーケースに並べられた揚げ物たちを眺め始める。


「今日はホシミウオのメンチカツにしちゃうかの!!!!!」

「あっはい…毎度ありがとうね」

「どうも!!!!!昨日のコロッケも最高じゃったからせいぜいホクトのじいちゃんによろしく伝えておくんじゃな!!!!ふん!!!」


会計をしている間に、ギースが諭すように質問をする。


「アラスト…君『聖剣』なんだから、オレみたいなの早く見捨てて次の適合者探せばいいじゃない」


そう。アラストの正体は、魔を討ち果たす聖剣に憑いた付喪神。つまりは剣そのものである。


聖剣と英雄の歴史は古く、かつて数々の戦士達が剣に適合し結びついて来た。

所詮はギースとの関係も一時的な契約にすぎず、それも解消された今、彼女がギースに構う必要はない。…のだが。


ギースの言葉を受けたアラストは深くうつむき。


「明日…」

「うん?」

「明日はご近所中に響くように『浮気者』って叫んでやるからの」

「なんで!?」


半泣きになっていた。そして渡されたメンチカツの袋を丁寧に受け取り、


「お前にもらった金全部ここの惣菜に注ぎ込んでやるからのー!!!!!」

「おっ…お腹壊さないようにね…?」


という捨て台詞を吐いて去って行く。


そう。ギースは冒険者職を後腐れなく退職したと言ったが、あれは誤り。

彼の唐突な引退は、元メンバー達に何かしらの『腐れ』を残していた。

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もう無双とかしたくないし、パーティーも解散しました 〜お弁当屋さんになった元英雄と激重と化したメンバー達〜 梅もんち @umemonchi

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