第3話 闇堕ち

「あっギースくん!遅かったから心配しちゃったよ…何か変なこととかされなかった?」

「……………」


厨房に立つホクトの心配そうな声。それに対して、ギースはわざとらしいくらいの笑顔を作って応えた。


「全然大丈夫でした!チップ込みで10万もいただいちゃいましたし」


きっと、本当のことを伝えればホクトさんは怒ってくれて、セインに突っかかってしまう。

上流階級と密接になった彼と問題を起こせばどうなるか分からない。


そう判断してついた嘘だった。


空になった配達袋をしまいながら、せめて本当のことだけは伝える。


「ホクトさんのからあげ、今日も最高でしたよ」


「え〜お客様に褒められちゃった?いやあ、今日のは特に自信作だったから嬉しいなあ」


ホクトは、「初めての配達先が良いお客さんでよかったね」とはにかみを向ける。


「ええ。もしまたあのお客から注文が入ることがあればオレに行かせてください」

「もちろんだよ!そんなに良いお客さんだったのかな?」

「はい。素敵なお客様すぎて、ホクトさんたちはあまり行かない方がいいかもしれないです」







翌日、昼。


「ギーーーーースーーーー!!!!!」

「はいいらっしゃい」


少女の姿をした聖剣の付喪神、アラストの元気な声が店頭に響く。


「…む?なんか疲れた顔をしておるな。じゃが好都合!大声の罵倒で疲労を加速…というのはやりすぎじゃし、今日は小声で勘弁してやろう。

ばーか…ばーか…」

「なんかやらしい感じになってるからやめて欲しい…」


白黒の二つ結びを揺らして、いつものように惣菜コーナーへと踏み入るアラスト。


ショーケースを物色する彼女に、ギースはカウンター越しで質問を投げかけた。


「アラスト、前のパーティーメンバーだったランタンの最近の動向というか…噂って聞いたりしてない?」

「あの黒魔術師の嫌味な娘っ子か?うーむ、我も冒険者を辞めて久しいからの…。

ただ、貴様が推薦した大手パーティーを速攻で抜けたというのはうっすらと聞いたことがあるぞ」


ランタンの転入先へと最初に用意したパーティーは『堅実に』がモットーの、信頼のおけるベテランパーティー。


そこを抜けたということは、セインのパーティーに加入したというのがその場限りのヤツの嘘でもなく、確固たる事実というセンが濃厚になってしまう。


「というか貴様…復讐者である我に気軽な質問を投げるとは!重い代償が降りかかるのは承知の上なんじゃろうな」

「重い代償…?」


ニタリと口の端を上げるアラスト。影を纏った極悪顔で、要求を突き付けてくる。


「このカツを20ゼン引きしてもらう…!どうじゃ、恐ろしいじゃろう」

「いや本当、アラストの純朴さが癒しになってるよ」

「ええー!?そんなあ、んへへ…って違ーう!我が復讐の為にここに来てるのを忘れるなよー!」







「ふう…今日も頑張った…」


弁当屋の2階、ギースの自室。

狭いながらも風通しのいい部屋で、板張りの上には大体の家具が揃っている。


その端っこ、簡素なベッドにダイブしたギースは独り言気味に呟いた。


「ランタン、セインのところにいて大丈夫かな…」

「呼んだ?」

「ああランタン。ちょうどいいところに。


…うおおお!!??」


筆頭パーティーの特徴である、真っ白なスカートタイプの冒険服。

それと相反するような長い黒髪と、濃い褐色肌。

そして切れ長な目が、じっとりとギースを睨んでいる。


セインに引き抜かれたランタン、その人が部屋の隅で直立していた。


「どうやってここに…?」

「普通に窓を叩き割って」

「普通に窓を叩き割って!?」


いつもの倍くらい風通しがいいのはその為か、とギースは納得する。


「えっ何か緊急の用事でもあった?」

「昨日のパーティー会場で会った時、声を出して挨拶できなかったからしに来たの。こんにちは」

「変な具合に律儀…」


直角に、勢いよく頭を下げるランタン。

その目はまだしっかりとギースを射抜いている。


「なんで挨拶できなかった分かる?それは、呆れて言葉も発せられなかったから」

「呆れ…?」

「セインのカスごときに良いようにやられて。怒りの一つも形にしない。がっかりした」

「あの時から見てたんだね…。でも、オレはもう一般人だから。身の周りを守る以上のことはできない」


返答に、無表情をつまらなさそうに歪めるランタン。


「そ。今ので決心がついた。私闇堕ちする」

「あんま自己申告する人いないと思うけど…」

「名前も暗黒ダークネス†ランタンに改名する」

「本当に考え直して欲しい」


割れた窓をくぐり抜けて、窓枠に立つランタン。

ギースは心配気な顔で1番の気掛かりを口にする。


「ねえ、セインに何かされてない?あいつ、昔から素行が悪いから心配で…」

「それは大丈夫。セクハラされそうになるたびに骨一本折ってるから。それより自分の心配をしたら?」

「自分の心配?」

「私、これから任務なの。郊外に『劣鉄塔シルバータワー』が出たから。だんだん王都に近付いてるみたい」

「なッ………!」

「闇堕ち諸共、食い止めたかったら戦う人間に戻って。さよなら


枠から飛び立ち、月夜に消えていくランタン。その背に向かってギースは思いっきり、


「せめて窓は直していって欲しい〜〜〜!」


と叫んだ。


瞬間、うぞうぞと踊り出す飛び散った破片たち。


ランタンはすでに、破片に魔法の種を仕込んでいたらしい。

まるで逆再生でもしたかのように、次々と窓の形へと戻っていく。


そして。


端がグニョグニョと縮れた、隙間風入り放題の窓ガラス未満が完成した。

ガラス部分はどす黒い色に変化していて、焦げたパンを想起させる。


「大丈夫かなランタン…魔法のセンスあんまり良くないのに」

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