第31話 可愛くない幼馴染

 追加の留学生が来るということで行われた親善試合。そこに現れたラリアの幼馴染は想像とはかけ離れた、背の高い無表情の男だった。遠目からラリアがその男を見つけて、ソワソワしだす。向こうは既に気づいていたようで、眼鏡の奥の瞳はただひたすらにラリアだけを映していた。嫌な予感がした。


「あっ、いた!」

「誰? 知り合い?」

「うん、あ、私に気付いたかも。ちょっと話しかけてくるね」

「待って、ラリア! 僕も行く!」


 再会した彼らのやり取りを間近に聞いて確信した。男はどうやらわざわざ追いかけてきたらしい。しかも無理に引き止めて、出発直前に喧嘩をしていたとか。しょんぼりと謝る様は、確かに母性本能に訴えるようだ。

 品定めをするようにジッと見ていると、ようやく男が僕に気づいて切れ長の瞳を見開いた。え? まさか、今まで視界に入ってなかったの?

 その男、エリックは少し驚いた表情から一転、あからさまに警戒心を向けてきた。先程のラリアに見せていた殊勝さは一気に消滅する。はっきり言って初対面の相手にする態度じゃない。


 ラリアが幼馴染だというのなら、なんて軽く考えていた自分が馬鹿だった。ラリアだけを見つめるエリックの視線、さらに彼女に対する態度と仕草でライバルだと気付かされたのだ。ラリアにすり寄って不安をアピールしているが、この男は絶対に一人でも平気でいられるはず。癪だけれど基本的に他人に興味がない僕と、同じ匂いがした。ラリアの前だからっていい子ぶっているんだ。ぜんっぜん可愛くないけど!

 

「んー……ごめんね。ケイシー。今回はエリックと組むことにする」

 いつもなら僕のお願いを「しょうがないわね」って聞いてくれるラリアなのに、こいつはまんまと同情を誘って引き離してきた。あまりしつこく縋ってラリアに嫌われたら本末転倒だから、ここはあっさりと引き下がるに限る。


 悔しいが、少し離れたところで見る二人は絵になっていた。エリックの態度は傍目から見て恋人にする、それだ。意図しているのかは分からないけれど、あれでは周囲が勝手に勘違いしてくれるだろう。

 あまりにも見ていたからか、エリックと目が合った。その顔が勝ち誇って見えて、ラリアに見つからないようにこっそり舌を出してやった。ここでは僕がラリアの唯一だったのに。


――けれど無茶をせず身を引いてよかったとすぐに痛感した。強大な魔力と緻密な魔術を操れる人間なんて、魔術の最先端である、ここササルタでも滅多にお目に掛かれない。あの男は敵に回さない方がいい、と本能が警鐘を鳴らす。それにラリアとのコンビネーションは長年の経験の賜物だろう。惚れ惚れするほどだった。攻撃特化型のラリアと、サポートも攻撃も可能なエリックとでは死角がない。親善試合は彼らの圧倒的な勝利で幕を閉じた。


 僕の初めてできた特別な人がいなくなってしまう。なんとか対策を立てなくては……と焦った僕は、まずエリックを観察することに決めた。

 

 エリックという男は、想像以上にラリアに対して拗らせていた。あいつが全てにおいて先回りして世話を焼いてきたから、ラリアはこんなにも世間知らずで鈍感になってしまったんだ。それとラリアが男を警戒しているのは、その見た目ゆえに嫌なことでもあったわけでなく、これもまたエリックの仕業だった。幼馴染なのをいいことに、長年自分以外の男は警戒するようにうまく言いくるめてきたのだ。


 周りの男子より頭一つ高い身長に、眼鏡の奥の切れ長の瞳と鼻や口元は綺麗にバランスが取れていて、芸術家が丁寧に創りあげたかのような容姿のエリックは、女子たちがどれだけ黄色い声を上げようとも、ただひたすらラリアだけを見ていた。姫を護る騎士のように、常に彼女にへばりついているのだ。僕も負けじとへばりついていたから、エリックからは恐ろしいほどの詮索と牽制を受けたけれど、そんなもので怯むわけにいかない。ありがたいことにラリアに可愛がられていたから周囲の男たちのように排除されずに済んでいた。

 

 学園一美しい令嬢が声を掛けようともすげなく躱して、男子たちの妬みの的になりもしたけれど、ラリアの一挙手一投足しか興味がない姿に徐々に皆が引いていた。僕も引いた。

 ラリアと仲の良い友人の如くじゃれ合っても、恐ろしいほどの魔力を垂れ流して周囲を牽制する姿に異常だと感じると同時に、勝てないと痛感した。エリックがここまで強くなったのは、圧倒的な力でもってラリアを囲い込むためなのだろう。

 

 ラリアのことはもちろん好きだけれど、僕にはエリックを倒すほどの実力もなければ絆もない。敵に回していいことなんて何もなかった。そしてなにより見ていると、ラリアもエリックを特別に想っているようだし。ラリア本人が自覚していない上にエリックも気づいていないから、少しだけ溜飲を下げたけれど。

 

 付け入る隙すらないと理解したときはショックだったものの、エリックに気に入られればラリアの側にいられるだろうと思い直した。そのためには恋愛より友愛を優先するのも厭わない。恋愛はいつか終わりがくるかもしれないけど、友人として常に近くにいられるなら……。なんせラリアの夢のためには僕が必要なんだから。エリックも知らないであろうラリアの夢。それが唯一エリックに対して優位に立てることだった。

 

 暫くして、ラリアの国へ留学の許可が下りた頃には、無害さをアピールしたおかげかエリックの警戒も緩んできていた。それと同時に第二王子側からも留学支援を口実にコンタクトを取られるようになってしまったわけだけど。僕はただラリアの側にいたいだけなのに。


   * * *

 

 ラリアたちの学園に編入してからは見た目で奇異な視線を向けられる、というより、ラリアにくっついているのをエリックに許されていることに一目置かれたのは意外だった。今までエリックがどんな様子だったのかが手に取るように分かる。その内に同じクラスの生徒たちとも話をするようになると、

「イケメンにあんなにも愛されるのは嬉しいけれど流石に重すぎるよね。ラリアが可哀想」

「エリックの包囲網から無理矢理でも出るべき」

「卒業したらすぐに結婚に持ち込むだろうから無理よ」

なんて散々な言われようだ。それでも他人よりも魔力や魔法の話題にすぐ移るあたり、さすがマイペースな魔術師たちの卵といったところか。

 

 ラリアにはエリックの魔の手から逃れて自由になって欲しいけど、彼女がササルタで永住することになればエリックはどこまでも妨害してきそうだし、なんならついて来そうだけれど、貴族の嫡男らしいし行動にも限界はあるだろう。王子だってラリアが他国で学校を開くのを阻止できるとも思えない。だから王子側とエリックの間に入ってのらりくらり、ラリアが移住するのを楽しみにしながら過ごしていたというのに。 

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