第30話 可愛い幼馴染
お茶会の席で火花を散らす、エリックと殿下を横目に溜め息をついていた。結局二人ともラリアを自分だけのものにしたい、そればかりで彼女の意志を蔑ろにしている気がするからだ。僕だってラリアと一緒にいたい、という気持ちがあるものの一番に願っているのは彼女の幸せ。だからそんな僕と一緒にいるのが一番だなんて、今になって思えばエリックたちとなんら変わりはなかったのだ。
――ラリアを初めて見たとき、昔話に出てくる女神みたいだな、と思った。銀糸のようなストレートのロングヘアに綺麗なアーモンドアイ、スッと通った形の良い鼻筋に薄くも血色のよい唇。背筋が伸びて凛とした姿は一見すると作り物のようで冷たく見えがちだが、大らかでさっぱりとした普通の女の子だった。魔術に対しての情熱は人一倍で、潤沢な魔力に加えて努力家だから学生と思えないほどに優秀で留学生に選ばれたのも納得だ。それなのに所々抜けていて愛嬌がある。
今となってはエリックが世話を焼きすぎたせいだと分かっているが、当初は生活力があまりなくて、世間知らずだから放っておけなくてハラハラしたものだ。手を貸してあげたら、嬉しそうにお礼を言われて悪い気をする人なんていないだろう。
その日も、僕はやっかみを論破した生徒に絡まれていた。魔力の強さと技術であっさりと試験に合格して入学できたが、基本的には貴族の子息子女が多い学園だ。生活には困らない裕福な商家生まれではあるものの、身分的には貴族でもない僕が成績や魔術の試験で上位に食い込むと、途端に叩いてくる連中が一定数いた。しかしそれに反発する気概があったし、そんな奴らには負けたくなかったから、余計にトラブルが絶えなかったわけだけれど。
「ちょっと! 一人に大勢なんて卑怯でしょ!」
「……チッ! あの留学生か。おい、お前ら行くぞ」
学園でも留学生であるラリアの実力は知られていたし、隣国の魔術師団長の娘で、王子と共に留学してきた貴賓でもある。もしかしたら彼の人の婚約者なのかもしれない、そんな噂が流れれば、それぞれご立派なお家のお坊ちゃまたちだ。敢えて家を巻き込む大きなトラブルに見舞われたい奴なんていないらしく、いつもなら長々と絡まれるところを、相手はラリアを見てあっさりと逃げていった。
「あっ! 待ちなさい! 逃げ足が速いんだから……大丈夫だった? 怪我してない?」
「うん、ありがとう。助かったよ」
「こういうことはよくあるの?」
「んー、まぁね。僕が一般市民だからお坊ちゃまたちは気に入らないんだよ」
「どこも同じね。……それよりもあなた、同じクラスのケイシーよね? 良かったら仲良くしましょう。私まだここでは友達がいないのよ」
「えっ、うん! 嬉しい! よろしくね、ラリア」
この日から、ラリアと行動を共にすることになった。
初めは厄介ごとを回避できるから、と打算でラリアの申し出を受けて側にいたというのに、一緒にいればいるほど彼女の良さを知っていく。
得意な魔術も攻撃型と補助型で相性だっていい。なによりラリアと一緒にいれば楽しいし、離れていてもいつも気に掛けてしまう。構ってもらえれば嬉しいし、他の誰かと話していると嫉妬で胸が苦しくなる。ああ、これが恋なのか。彼女は僕の運命の人かもしれない。しかしラリアはあの美貌だから嫌な目に遭ったのか、男に対してやたらと警戒心が強い、というか壁を作っているようにみえた。
今まで男にも女にも恋愛感情を抱いたことがなかったし、性欲がないどころか嫌悪すら感じていたから、人として不完全なのかと思っていた。学園に入ってからは似たような体質の生徒もいたし授業で中性的なのは補助に突出した魔力のせいだと理解できたけれど、散々揶揄われた華奢な体型に、声変わりのない高い声はいつまでも好きになれなかった。
けれどその見た目のおかげでラリアに警戒されることなく近づけたわけで。生まれて初めて、この見た目でラッキーだと思えた。
余計な詮索や対応を避けるために普段からなるべく『私』というようにはしていたけれど、仲良くなるにつれて気が緩み、ラリアの前では素で『僕』と言ってしまうことが多々あった。それなのに彼女は全く気にした様子もなく。
「僕、こんな見た目だけど、れっきとした男なんだ」
「薄々気付いていたけど、やっぱりそうなんだ? んー、私、昔から家族以外の男の人には気を付けるよう言われ続けてきたから、いつもだったら構えちゃうんだけど、ケイシーは平気なの、なんでだろうね?」
男だと認識された途端、距離を置かれたら悲しいからなかなか言い出せなかったけれど、もやもやしたままでは気持ち悪くて。思い切ってラリアに本当の性別を告白したときも、拍子抜けするような言葉が返ってきた。
「ふふ、本当になんでだろ? 僕としてはこのまま性別は気にせず仲良くして欲しいな」
「あ! そういうところかも。ケイシーはケイシーだもんね」
笑顔で話すラリアの周囲がキラキラと輝いて見えた。初めて僕自身を認めてもらえた気がした。やっぱり僕にはラリアしかいない。胸が柔らかい何かで締め付けられたように、ほんのりと苦しくなる。けれど嫌な感情ではなくて。今まで恋愛に現を抜かす人たちをどこか馬鹿にしていたが、何となく理解してしまった。
難攻不落のラリアと恋人同士になるのは難しいだろうし、僕はそこまで求めているわけではない。身体の関係よりも心で繋がりたいから。
これからまだまだ時間はある。男だと知られた以上、焦って変に距離を取られては敵わない。なんせラリアの故郷に帰られてしまえば物理的にも距離ができてしまうから、とりあえず今は一番近い存在であればいいと思っていた。ラリアと一緒に留学に来ていた第二王子も、本人だけでなく周囲がラリアを取り込もうとしているのが手に取るように分かった。もしかしたらこの留学自体、仕組まれたことではないかと思ってしまうほどに。けれど彼はまだ少年だ。学年どころか校舎が離れていた。集会や合同演習があれば近付いてくるけれど思春期真っただ中の王子は照れもあるのだろう、上手く会話が続いていないからもどかしくて、たまに助け舟を出してあげた。打算があったわけではないけれど、彼女が帰国するときに留学生ということで一緒についてこれたのは、王子の口添えのお陰だったらしい。そのせいで、後々もラリアとの仲を持つように使われるのだが。
* * *
「私ね、魔力の使い方に悩んでいる子供たちを教えて導いてあげるのが夢なんだ。関連する色んな職業があるかもだけど、一番近いのは幼児向けの魔術学園の先生かなぁ。そういうの、故郷にはないんだよね」
卒業後の進路について話していた、ある時、ポロリと零したラリアの言葉に胸が躍った。ラリアとこれからも共にいられる未来が脳裏に浮かぶ。なんて素敵なんだろう。
「この国なら似たような施設も多いし、なんでも聞いてよ」
「そうなの!? さすがここは魔術関連が進んでるのね。なるほど……良かったら色々教えてほしいわ」
「もちろん! ラリアだったらこの留学経験で、住民登録もすぐできるから……まずは都市にある学校で魔術の先生をするのもいいかもね」
「そっか。そういう道もあるのね。私の国だと卒業すれば魔術師団に入るのがセオリーだからさ」
「やりたいことがあるなら、協力するよ」
「ありがとう! 私って魔術の研究と実践ばっかりで、他を二の次で生きてきたから色々疎くって。頼りにしてるね。」
嬉しそうに破顔するラリアは可愛らしい。美人で近寄りがたい雰囲気のラリアだが、彼女はとても可愛い人なのだ。純粋で抜けたところがあり、世話を焼きたくなるところがある。そんな一面に気付いたときには、既にラリアの横を陣取っていたから、誰も知らないだろう優越感に浸っていた。
ラリアが王子様に狙われていることの対策も、なんとかササルタに定住してくれれば解決するし、ずっと一緒にいられる。たまに会話に登場する幼馴染とやらは、どうもラリアに対して過保護そうだからそいつを丸め込みさえすればなんとかなるはず。ラリアは口煩いけど可愛いところがある、と言っていたからお節介な女の子なのかな。ラリアが懐いているくらいだから、いい子なのだろう。
――そう思っていたのに。
学園でも二人で一緒にいるのが当たり前になってきたころ、奴が海を越えて追いかけて来たのだ。
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