*11

 彼の話は幼い頃にまで遡った。

 小さい頃から、記憶にあるのは幼稚園の頃から女性のかわいい下着に興味があったこと。自分も身に着けたいとずっと思っていたこと。でもそんなことは誰にも言えなかったこと。

「別に女装したいわけではなかったんですよ。下着の持ち主に興味があったわけでもないんです」

 彼には3歳年上のお姉さんがいて、こっそり姉の下着を持ち出して身に着けて、鏡に映る自分にうっとりしていたこと。何枚か姉の下着を隠し持っていたこと。姉はそのことに気づかない振りをしてくれていたこと。

 中学生のとき初めてネットで女性用下着を購入したこと。内緒で学校にも着けて行ったこと。

「初めて自分だけの下着を手に入れた時はうれしかったですね。大げさかもしれませんが、ようやく自由になれた気がしました」

 高校で彼女が出来て、初めて彼女の部屋で事に至ろうとしたとき自分の着けていた女性用下着を見咎められて叱責され、そのまま別れたこと。大好きだったから本当の自分を見て欲しかったのに、それが理解されないどころか、おかしなものを見るような目で見られたことは彼の心に大きな傷になったらしい。

 それ以来、誰に対しても秘密にしてきたし、彼女が出来ても、それを隠して付き合ったから、そのことの後ろめたさと絶対いっしょには暮らせないとういう絶望感で長続きすることはなかったこと。

「あなたが働いているお店にあった下着がどうしても欲しくて思い切って買ったとき、あなたが自然体で対応してくれたことがうれしかったんです。だからあなたがレジをしているときを狙って買うようになりました」

「でもあれから4カ月近くになるから下着、もういっぱいになっちゃったんじゃないですか?」

 彼は恥ずかしそうに微笑んだ。

「はい。でもどれもすごくかわいくてまたすぐ欲しくなっちゃうんですよね。それに僕は仕事用とか部屋でくつろぐ用とか出かける時の場所や相手によってそれぞれで一番ぴったりくるものを選びますからいくらバリエーションがあっても困らないんです」

 そのあたりの考え方って私と本当によく似てる。

「それに……」

「それに?」

「この頃は下着を買うのにかこつけてあなたに会うのが楽しみになりました」

 そう言うと恥ずかしそうに俯いた。

「私も同じです」

「え!?」

「私も子供のころから子供っぽい下着が大嫌いでした」

「ああ、そうなんですね」

「私は小学生のころはおへそまで隠れるようなおっきな下着が大嫌いで、もっと小さくて体にぴったりしててかわいい下着を着けたいってずっと思ってました。でも母にはそんなことを考えていることすら恥ずかしく思えて言い出せませんでした。でも私が中学生になったら自然と自分の下着は自分で買うことが普通になったから、私はこっそり下着の専門店で自分の好きな下着を買うようになりました。私が欲しいものって普通より布が少ないものばっかりで、中学生くらいだとやっぱり買うのが恥ずかしかった。ちょうど、あの……」

 私はちょっと言い淀んだ。

「あなたが買って行かれたようなショーツ。なんか趣味が合うなあって実は思ってたんです」

 言ってから顔が火照って来た。これは自分の下着の好みを異性の方に暴露してしまったも同然だ。

 

「この前、僕のこと、気にしなくてもいいって言ってくれたこと、涙が出るほど嬉しかった。僕の本当の姿を知っても嫌悪の目で見ない女性にようやく出会えたって思いました」

「私はデザイナー志望で今の会社に就職したんです。もし夢が叶ったら自分が身に着けてみたいと思う最高の下着を作って、そして性別に関係なく誰でも買っていただけるような店にできたらって思っています」

「それは、すばらしいです。あなたがデザインした下着を着てみたいな。あ、すいません。やっぱり気持ち悪いですか?」

「いいえ!」 私は強く頭を横に振った。

「私も同じです」

「え?」

「あなたが店に来てくれるのを、会えるのを楽しみにしてました。そしてどんな下着を買ってくれるのかも」

 彼が笑顔のまま固まった。私は告白の照れ隠しもあって続けて尋ねてみた。

「今日も女性用の下着を着けていらっしゃるんですか?」

「はい。あなたとの初めてのデートを思って一番気合の入るものを選びました」

 彼が冗談ぽく笑った。

「今日もしふられたら捨ててしまおうと思っていましたが、やっぱりやめておきます。下着に罪はありませんから」

 私は思わずふっと笑ってしまった。

「そうですね」

「のぞみさん、僕と付き合ってくれませんか?」

「はい……」

「よかった…… ありがとう。縁起悪い下着にならずにすみます」

 そう言う彼と顔を見合わせて笑いあった。



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