*10

 約束の木曜日。今日はデートだってミナには言ってある。私は定時になると大急ぎで制服から私服に着替え、さらに大急ぎでアパートに戻った。シャワーを浴びて化粧を落とし、着替えをして再度念入りに化粧をする。女って下着を替えると気分ががらっと変わるものだ。今夜は『ビストロ ラ・パルム』で川本シェフが腕によりをかけて作ってくれたスランス料理をいただける。それをイメージして相応しい下着を選んだ。シルク生地の肌触りの言いキャミソールをふわりと纏い、夏らしいノースリーブの白地のワンピース、その上に綿素材のピンクのカーデガンを羽織る。ネックレスは細い銀のチェーンに小さなクロスの付いた清楚なものを。足元は普段めったに登場しないヒールの高いパンプスを履いた。仕事用のバッグからお出かけ用の小ぶりのバッグに必要なものを入れ、アパートを出た。

 『ビストロ ラ・パルム』に着いたのはちょうど7時ぎりぎりになってしまった。

「あれ?」

『本日定休日』の看板が掛かっている。私、日を間違えた? そんなわけない、今日は木曜日だ。ちょっと混乱しかけたときお店の扉が開いた。

「いらっしゃいませ! お待ちしておりました」

 中から川本シェフが現れた。白いシェフ服に白いエプロンに白いシェフ帽。いつものシェフ姿。

「あの、今日は定休日なのですか?」

「はい、本来はそうなんですが本日は佐々木様限定の貸し切りとなっております。どうぞお入りください」

「ええ!?そんな、申し訳ないです」

 うれしいけどちょっと困ってしまう。どう対応したらいいのか分からないけど、ここまでしてもらって遠慮してしまうわけにもいかない。私は誘われるまま店内に入った。

 店の中は営業していてもおかしくない様子だけど、ギャルソンさんもソムリエさんもいない。私とシェフの2人だけ。店内は既にいい匂いに包まれている。

「すいません、驚かせてしまいましたよね。ただ、どうしてもあなたとゆっくりお話がしてみたくて。僕の勝手で定休日の日に来ていただいてすいません」

「いいえ、私も川本さんともっと色々お話してみたかったんです」

 私の言葉に川本さんは嬉しそうににっこりと微笑んだ。

「まずは腹ごしらえからですね。どうぞこちらへ」

 川本さんがこの前と同じテーブルに案内してくれ、椅子を後ろにずらせて私を座らせてくれた。

「本日のメニューは、前菜はホワイトアスパラガスとプチトマトのマリネ、それにガスパチョ。メインの魚料理は白身魚のコンフィ、肉料理はブフ・ブルギニョン、デザートは白桃のコンポートをご用意いたしました。ワインは前回は冷えたスパークリングワインをお出ししましたので、今日は常温のものでシェフのおすすめのものをお出ししましょう」

 そう言うや彼は厨房に入り、前菜を運んでくれたり、奥で調理したり、お料理の説明をしてくれたりと、慌しく動き回っていた。1時間ほどかけてメインを食べ終えた私のところへデザートの白桃のコンポートと紅茶を2人分運んでくるとようやく私の向いの席にシェフ帽をとって腰を降ろした。

「お疲れ様でした」 私は声を掛けた。彼は照れたように微笑んだ。

「今日のお料理もとってもおいしかったです」

「ありがとうございます。そう言っていただけるとシェフ冥利に尽きます」


「今日はあなたにお話しを聞いていただきたいことがあるんです」

「はい」

「デザートを召し上がりながら聞いてください」

「分かりました」

 私は紅茶に口を付け、白桃のコンフォートをひとさじ口に運んだ。

「おいしい!」 思わずそう言った私を見て、彼は嬉しそうににっこりと微笑んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る