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「ふー、おいしかったあ。来てよかった~」
私は満足感で思わずそう口ずさんだ。メインを食べ終える頃には昼間のもやもやはどっかに消し飛んでいた。
「本日はご来店いただきありがとうございます。シェフの川本と申します」
シェフさんが自らデザートを持って挨拶に来てくれたのでびっくりした。これってフレンチレストランでは普通のことなのかな? 私は思わず背筋を伸ばして座りなおした。
シェフさんがテーブルにリンゴのタルトをそっと置き、
「前菜とメインのお味はいかがでしたか? お好みに合えばよかったのですが」
そう言うシェフさんと目が合った。
「あ!」
同時に2人の声が重なる。あのいつも女性用下着を買って下さる男性だった。相手も私をカウンターでお会計している女性と認識したに違いない。彼は思わずという感じで頭から長いシェフ帽をとって手に握った。
「あの、その節はどうも……」
川本さんと名乗ったその男性のシェフはしどろもどろになっている。そりゃそうか。私から何か言わないと。
「あの、すごくおいしかったです。えと、えと…… 大麦と帆立のスープはなんか疲れた心と体にじんって沁みましたし、仔牛のロティは外がしっかり焼けているのに中はジューシーでおいしくて思わずため息が出ちゃいました。ワインも爽やかな味わいでお料理にぴったりでおいしかったし。本当に大満足です!」
私がそんな感想を言ったことで川本シェフも落ち着きを取り戻したらしい。
「ありがとうございます。そう言っていただけるとシェフ冥利に尽きます。タルトのお菓子は私の得意なものでして、本日のデザートはリンゴのタルトにしてみました。是非ご賞味ください。後ほど紅茶をお持いたします」
ではごゆっくりお過ごし下さい、と言って川本シェフは厨房の奥へと消えて行った。そのときシェフ帽を被りなおしている後ろ姿に、さっきあわててその帽子をとった姿を重ねてしまってちょっとおかしくて、思わず微笑んでしまった。
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