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 そんなことがあって、私はその日アパートで自炊する気になれなくて、気晴らしに何かおいしいものを食べて帰ろうと寄り道することにした。

 店舗からの帰り道にある商店街のアーケードを歩いていると、交差する道路を曲がった先に見えるフレンチレストラン。私たちが研修を始めて間も無くの頃オープンしたのは知っていたんだけど、フランス料理なんてちょっと敷居が高くてこれまで入れずにいた。名前は『ビストロ ラ・パルム』。

 ビストロだから、家庭的な雰囲気のカフェで、普段着で入れて、気軽にフランス料理を楽しむことができるお店のはず。会社帰りに女が一人でふらりと立ち寄ってもきっと大丈夫なはず。今月で店舗研修も終わるし、もう来ることは無いかもしれない。だから今夜はここで思い切ってご飯を食べてみよう。色々頭で言い訳しつつ、私はちょっと気合いを入れてその扉を開いた。そこはカウンター席が7、テーブルが5つの小さなレストランだった。


「いらっしゃいませ!」

 すぐにホール係の男性がやって来てくれる。確か『ギャルソン』って言うんだっけ。

「おひとり様ですか?」

「はい、予約とかしてないんですけど入れますか?」

「大丈夫でございます。お食事でございますか?」

「はい」

「ではこちらのお席にどうぞ」

 私は4人掛けのテーブル席の1つに案内された。1人で5つしかないテーブルの1つを占領してしまっていいものかどうか迷った。

「あの、1人なんでカウンターでもいいですけど……」

 そう言ってみたところギャルソンさんは、

「ありがとうございます。でも本日はご予約のお客様も1組だけですので、テーブル席でおくつろぎいただいても大丈夫でございますよ」と言ってくれた。

「分かりました。じゃあ、テーブルを使わせて頂きます」

 ギャルソンさんが椅子を引いて私が座るのを手助けしてくれる。分かってはいるんだけどこういうの慣れてないから、いつもなんだか照れくさい。

「本日の前菜は、スモークサーモンのサラダ、大麦と帆立のスープとなっております。メインは魚介類のバスク風、肉料理が仔牛のロティとなっております」

「はい」

 どうもメニューから選ぶシステムではないらしい。

「あの、『ロティ』って何ですか?」

「仔牛のロティは、仔牛の背肉をオーブンでじっくり焼いたもので、外は薄く焦げ目が付くくらい焼きますが中身はジューシーな焼き加減になります」

 へえ、おいしそう。思わずお腹が鳴りそうだ。『バスク風』ってのも気になったが、あんまり聞くのも恥ずかしいのでやめておいた。

「デザートは、リンゴのタルト、ミルリトン、マドレーヌ、フィナンシェからお選びいただけますが、いかがしましょうか?」

「えっと、おまかせで?」

「承知いたしました」

 ギャルソンさんに代わって女性のソムリエさんがワインの注文を取りにやって来た。

「ワインはよく分からないので、国産のあんまり高くないものをグラスでお願いします」

 いつもこう言うことに決めている。見栄を張って高いワイン注文しても味なんて正直分かんないもん。

 ソムリエさんはにっこり微笑んで、

「甘口がお好みでしょうか?」

「はい」

「ではもう夏ですので冷えた白のスパークリングワインはいかがでしょうか? アルコール度数も低めですのですごく飲みやすいお薦めのものがございますよ」

 あ、おいしそう。

「はい! それでお願いします」

「承知いたしました」

 ギャルソンさんもソムリエさんも若いなあ。絶対20歳台だと思う。対応も丁寧で説明も分かりやすい。私も見習わなくては。いい感じのお店。ミナもいっしょに来られたらよかったんだけど。味もおいしかったら今度ミナも連れて来てあげよう。



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