第3話 避けられぬ道
校門に到着すると、見慣れた顔が何人か固まっていた。
「おーい、ハヤテ。お前どこ行ってたんだよ」
そう言って俺を手招きしたのは坊主刈りのアツシだった。
「ごめん、ちょっと人に声かけられてさ」
と今までの出来事を説明しようとすると、
「お前どこ行ってたんだよ。遅えから俺ら先に野球部に入部届出してきちまったぞ」
とアツシの横に並んでいたコウダイが声をあげる。
「ほんとだよな。入部届忘れたから教室にとりに行くっつって戻ってったのに、その間ナンパされてるとか、笑うしかないだろ」
少女漫画かよと笑いながらアツシが俺の頭をペシッと叩く。そうだ、俺教室に入部届取りに行ってる途中だったんだ。すっかり忘れてた。そう思っている俺を横目に、
「じゃ、とりあえず帰るか」
とアツシが声をあげる。その声を合図に、他で会話していた数人も、わらわらと会話に終止符を打ち、歩き始める。もちろん先頭はアツシと俺だった。
俺らは、何をするのもずっと一緒だった。それは、幼稚園からの幼馴染なのはもちろんだが、同じ野球チームに所属していたというのが大きかった。キャプテンのアツシがピッチャーで、それに指名される形でキャッチャーだった俺が副キャプテン。それまで慣例的にキャプテンはショートの人間が任されていたが、圧倒的なリーダーシップと実力でそれを覆したのがアツシだった。こいつ以外が仕切るチームの姿なんて誰も想像がつかなかったし、こいつが誰かの指示に従ってるのも想像がつかなかった。実際、こいつがキャプテンをしていた最後の一年間は俺らのチームの力もぐんと上がり、万年ベスト八どまりだったチームは、初めて決勝まで駒を進めることができた。
「中学でもお前と野球できそうで俺、嬉しいよ」
と、アツシがニカッと笑う。勉強は訳わかんねぇけど、頑張ってよかったと笑う親友の笑顔を見て、ふっと罪悪感に襲われる。俺らの地区で一番野球が強いのは、隣の公立中学、アツシが進学するはずだった中学だ。もともと俺は両親の意向で、大学までエスカレーターで進学できるこの中学を受験することが決まっていた。模試の成績も安定してきて、ほぼ進学が確定してからそれをアツシに伝えたところ、「お前と野球ができないなら学校なんか行く意味ねぇしな」と、野球の空き時間に猛勉強して、俺と同じ中学への進学を決めてくれたのだ。親友の判断が嬉しい反面、俺は申し訳なさも感じていた。こいつの頑張ると決めたことに対する真っすぐさは尊敬しているが、同時にいろんなことを両立させる器用さは持ち合わせていないことも知っていた。去年の暑い日、決勝の九回裏、アツシと隣町のチームキャプテンの一騎打ち。アツシが得意のストレートを繰り出したところ、それを待ってましたと言わんばかりに彼は大きくバットを振った。サヨナラホームラン。俺らの夏はそこで終わった。
後から聞いた話だが、そのチームは、とにかくアツシのストレートを徹底的に潰す対策をしてきたらしい。アツシに引っ張られて決勝まで駒を進めた俺たちだから、その頭を潰すのは作戦として理に適ってる。だが、カーブもストレートも他のどの団員よりも優れていたアツシがストレートを選んだのは、自分が投げるそれ以外の球を信用し切れていなかったからだ。次の武器を磨こうと、色々な球を練習していた最中、俺は親友のそんな葛藤を知らず、自分本位で話をしてしまった。それ以降、親友はストレート以外の練習に使っていた夜の自主練の時間を、全て勉強に充てるようになった。傍から見れば入念に準備をつくし、実力の限りを発揮して挑んだ試合。今までやることやり切ったんだからと励ます大人達の声の中で、親友だけが自分の不完全さを悔いて涙を流していたことを俺は知っていた。
「次は絶対に負けねぇから。お前も一緒にてっぺん見に行くぞ」
という言葉と共に、親友はその日からすべての力を勉強に注ぐようになった。元からポテンシャルは高いやつだったので、三ヶ月もすれば、三十しかなかった偏差値は六年塾に通い続けていた俺よりもはるかに高くなった。
無事に一緒に入学できたこの学校で、俺がアツシと一緒に野球を続けるのは当たり前のことだと疑うやつはいなかったし、俺もそれ以外の選択肢を選ぶわけがないと思っていた。だけど、今も腕に残るこの震えと、目の前がキラキラ輝く感覚。こんなのは人生で生まれて初めてだった。じっと自分の手を見つめていると、頭にべしッという衝撃が走る。
「なあ、俺の話聞いてんのかよ」
いててと頭をさすりながら謝る。
「すまん、何も聞いてなかった」
やべぇ、いらんことまで言った。いつもだったら上手くはぐらかせるのに、思ったことがそのまま口に出てしまった。しかし、目の前にいる男は、十年間近い付き合いの人間が初めての失態を起こしたことに、俺以上に驚いたらしい。
「お前、本当にハヤトか?」
なんでまず第一に入れ替わりを心配するんだよ。まごうことなく俺だよ悪かったなとツッコむ。
「やべぇ、実は中身は美少女とかじゃなくて良かった」
手で身体をガードしながら「昨日『君の名は。』観たところだからさ」とおちゃらける親友を見ていると、ふと笑いがこみ上げてきた。笑う俺を見て、
「なんだ、やっぱりハヤテだ。よかった」
と親友も笑みを浮かべた。「お前の笑い方、昔からずっと変わんねぇよな」と笑う親友を見ていると、不釣り合いかもしれないけど、こいつとペアで何年もやってこれて本当に良かったと強く思った。
だけど、だからこそ。俺は最後までこいつの強がってる部分に甘えてしまった。
「ごめん、俺、やっぱり野球できねぇわ」
何事にもまっすぐなこいつを見てると、自分の気持ちに嘘が付けなかった。……というのは、後からそれっぽく取ってつけた言い訳かもしれない。だけど、どうしても。ずっと、ひたむきに真剣であろうとするこいつとの関わりの中に、嘘や隠し事は持ち込めなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます