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オリエンスは、パトロールカーや救急車のサイレンを聞くと妻子を思い出す。
息子のノアールはよくミニカーを持ちながら家中を走り回った。口癖のように『僕も大きくなったらパパみたいな警察になる!』と誇らしげに話す我が子に、優しい笑みを浮かべながら『じゃあたくさん野菜も食べないとね』という妻ジェシカ。そんな母に嫌そうな顔をする我が子に腹を抱え笑った日々。
平穏で不幸とはほぼ無縁な家庭。
家に帰れば暖かく出迎えられ、当たり前のように帰還を喜んでくれる。
そんな日常にオリエンスは限りなく幸せだと感じ、噛み締めどんな代償を払ってでもふたりを守り続けたいと誓っていた。それ程にノアールとジェシカを深く愛していた。
しかし、死神は肉眼では見えず突然我が家の扉を叩く。
陽炎がゆらゆら揺れるほどに暑い夏のある日、オリエンスの妻子が何者かに襲撃され命を奪われた。
オリエンスはその時勤務時で、二人の側にはいなかった。
急いで車を走らせる。
覚えている近道を頼りに急いで帰宅するが、目の前の悲惨な光景に言葉を失った。
愛した妻と我が子の変わり果てた姿を目にして、自分の足元の床がすっぽりと抜けたようにオリエンスは膝から崩れ落ちた。
この世の終わりだと思った。
オリエンスは身体が家具にあたる感覚があったが痛みよりも苦しさや後悔、恋しさや愛おしさ、そしてこんなことをした人物への強い憎悪と殺意と、己の無力さを酷く憎んだ。
同僚の心配する声は聞こえたが、はっきりとはわからなかったが唯一はっきりと聞こえていたのはパトカーと救急車のサイレン音のみ。
不協和音なその音色は、オリエンスの心を乱すのには十分だった。
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「....ック、ジャック。おいジャック!」
助手席でぼんやりとしていたオリエンスを同僚が“ジャック”の名を呼び意識を戻させる。
“ジャック”とは警察官になるため、訳あって貰ったオリエンスの偽名だ。
偽名と言っても、オリエンスが認めた人物達以外のヒトからは“ジャック”が偽名だとは知らないのだが。
過去を思い出して意識が何処かへと向いていたオリエンスを現実に引きずり戻す。
「何度も叫ぶなよ。...聞こえてる」
「....また考え事ことか?」
「....」
「なぁ、お節介かもしれねぇが...職場復帰はもう少し遅くてもよかったんじゃないか?...葬式からまだ2ヶ月しか経ってないだろ」
「...」
笑顔を絶やすことなく、困難な仕事を次々にこなし、助けを求めれば何処からともなく現れ助け出す。
無計画でも無鉄砲でもない、一体どういう頭をしているのかと驚くばかりの計画を入念にし、あくまで助っ人としてくるがその姿は住民に安心をもたらす姿としては充分であり、誰もが一度は夢に見たヒーロー像そのものだと讃えられたオリエンスを同僚もまた密かに彼に憧れを持っていたが、口が裂けてもそんな事は言えない。
そして、そんな“ヒーロー”と呼ばれた彼は、愛妻家であり、良き父親でもあった事を同僚も同じ署内の警察官達も知っていた。
だからこそ、こうして同じパトロールカーの助手席に座り、輝かしい頃の面影が顔と体格以外残っていないような雰囲気を纏っているオリエンスに酷く胸を締め付けられていた。
笑みはなく、心がまるでそこには無い。
瞳に光がなくただ遠くを、外をぼんやりと眺めている状態だ。
前は止めるまで永遠に息子と妻の話をしていたのに、今はそれすら無い。
よく回る口は恐ろしい程に無口だ。
「....聞いてるか?」
「止めろ」
「は?」
「車を止めろ。怪しい連中がいる」
「!...わかった。」
同僚は言われた通りに道路の傍に車を寄せて停車させる。
そんな状態になっても仕事をするのかと感心する同僚だったが、オリエンスの心の内まではわからなかったが、ただパトロールカーから降りる時のオリエンスの表情を見逃さなかった。
野生の本能からか、腹の底から恐怖が湧きがあった事だけを感じるほどにはオリエンスの目には殺意と敵意が湧き上がり今にも誰かを殺しそうなそんな表情だ。
「なん」
「無線で状況の共有をしてくれ。俺は少し...職質してくる」
そう残してオリエンスは表情を変えた。
先程の殺意と敵意を隠すように警察帽子を深く被り、制服を整え、和かに、そして評判のいい笑顔を見せて連中に近いていく。
まるで仮面を被り素性を隠しているよなその姿に、同僚は恐ろしいくも不気味だと感じ冷や汗を掻き始めながらも署に状況報告をしオリエンスの後を追いかける。その清々しい偽りの姿を目にする。
「(あれは本当に、俺が憧れた“ジャック”なのだろうか?)」
「どうも、こんにちは。お兄さん達少し...お時間いいかな?」
オリエンスは気さくで明るい警察官を最後まで演技し相手の腹の底を探る話術を密かながらに実行していた。
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日が沈み切り街は朝方とは別の顔を見せる頃、オリエンスは自宅への帰路についていた。自家用車を走らせながら景色を眺める。
アスファルトの上を走るタイヤの摩擦音と、右左折する際に出すウィンカーの音のみが車内に響き、夜景はまるでイルミネーションのように綺麗だがオリエンスはそんな景色にもう何も感じてはいなかった。
ただ心地よく揺れる車内でふと自分の助手席と後部席でまだ外していないチャイルドシートをバックミラーで確認する。
「(...ノアは車の揺れでよく寝ていたな)」
思い出せば止まらず溢れてしまう思い出にオリエンスは心の大きな穴に再び目を向け、感情任せにスピードを上げなんとか自宅のガレージに着く。
エンジンを止める音ともに勢いよくガンッと額をハンドルにぶつけて強く握りしめたまましばらく動かない。
オリエンスが職場に復帰したのはジェシカとノアールの葬式の次の日だった。
最愛の人を失ったばかりにしては早すぎる復帰。しかし、動けた理由はただひとつだった。
―二人を殺害した犯人を捕まえる為。
警察の時の方が情報が手に入りやすく、そして事件が舞い込んでくる。
だが心はそこまで頑丈ではなかった。
強いストレスによりオリエンスの長所でもある余裕さがしばらくなくなるほどに、切羽詰まっていた。
取調室で殺人の容疑で逮捕されてきた犯人であろう人物の尋問中、堪忍袋を切らしてしまい拷問に近い行動が出てしまう。
結局、しばらくの間は休職させられ、復帰した後も巡回係に回されてしまっていてオリエンスにとってはそれが非常に腹立たしい事でもあった。
「....早く見つけないとな」
車の中で漸く心を落ち着かせると、事故現場にもなった自宅に入る。
玄関で一度立ち止まり、誰もいない廊下の先をぼんやりと眺めてから電気を点け、いつものようにコートを脱ぎハットラックに乱雑に置く。
今日だけで何本目かわからない紙タバコを咥え蒸し、静寂と冬のような冷たさに包まれる我が家をしばらく肌で感じながら直行で地下室へと続く階段下のドアを開ける。
地下は元々はジェシカの記事のネタの参考にされていた資料や彼女が筆記した記事などが保管されている。
資料を優しく撫でながら奥の方へと進むと、比較的新しいものからメモで何度も殴り書きし、そしてジェシカの執筆ではない付箋と写真が夥しい量でびっしりと壁一面に貼り付けられていて、何かを追跡しているのか目印の赤い紐が資料を繋げている。
アナログチックだったが証拠を消す際には手っ取り早くそして痕跡も残らない。
「....必ず見つけ出してやる」
休職期間の間、ただ寝込んでいたわけではない。
休んでいた期間を利用し復讐相手を探し出す為の資料をオリエンスはかき集めては分析をしていた。
(一体誰が、なんのために、ジェシカとノアールを殺したのか。)
そして、自分の手で必ず捕まえて復讐を果たすまでどんな手段を選んでても突き止めると決心していた。
Sunset Requiem Takano(鷹野) @Takano1407
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