ダムキナの守護天使
沙倉由衣
プロローグ
平原を人が埋めつくしていた。
遠方に見える人の群れは、めいめいが身につけた布の色で、三つの軍勢に識別できた。濃紺、黄、赤紫。掲げられた各々の色の軍旗には、ウヌグ、ウンマ、ニブルの都市の紋が記されている。
彼らから距離を置き、青い軍衣をまとった一団が、丘のふもとで待機していた。同色の旗に描かれた都市の紋は――ダムキナ。
「ウリムは、出てきてねぇみてえだな」
丘の上に。
こちらも青い衣服を着た、数十人の姿があった。長い杖や貴石の装飾、複雑な刺繍を編み込んだ外套。戦場にはやや似つかわしくない様子で、そこに佇んでいる。
けれどもっとも似つかわしくない存在が、彼らの前面にいた。ひとりだけ真っ白な、簡素なドレスを身につけた――幼い少女。
「表だっては動かないでしょう。いくらかは、紛れ込んでいるかもしれませんが」
少女の両脇で、落ち着いた会話を交わすのは、まだ十代半ばと思しき少年たちだ。片方は、無地の短衣に剣を帯びた少年。色素の薄い髪を後ろで束ね、切れ長の瞳で平原を睨みつける。
もう片方は、ひときわ華やかな刺繍を施した長衣を纏っていた。黒髪を風に流し、静かな青い瞳で平原を見つめる。
「どれくらい持つでしょうね」
遠方に見える三都市の軍勢は、優に万を数えるほど。めいめいに武具を掲げ、意気高く構えている。
対して丘のふもとの軍勢は、僅かに百ほどでしかない。
「まあ、一瞬じゃねえの」
軽く少年が言い放った、その直後。
開戦を告げる角笛の音が、平原に響きわたった。
気勢を上げ、遠方の兵士たちが走り出す。闇雲にではなく、個々の小隊の指揮官に従えられた、統率された動きだった。規模からして寄せ集めの軍隊と思われるものの、それは彼らの戦意の高さをうかがわせる。
対して丘のふもとの軍勢は、まだ動きを見せることはなく。
一番に動いたのは、丘の上――まっすぐに手を伸ばした、白いドレスの少女だった。黒曜石色の瞳は平坦で、なんの感情も、意思のかけらも浮かばぬまま。
光が迸った。
次いで轟音が、平原を揺るがした。連続的に、数回聞こえただろうか。
深く立ちこめた土煙が晴れた時、そこには荒れ果てた大地だけがあった。埋めつくしていたおびただしい数の敵は、消えていた。
「……女神様――!!」
歓声が沸き起こった。
「女神様!!」
「女神様万歳! ベルさま万歳!!」
「ベルさま万歳――ッ!!」
丘のふもととその上で、青い軍衣の人々が叫んでいた。口々に、天を仰いで。圧倒的な力で敵を蹴散らし、揺るがぬ勝利をもたらした、彼らの特別な守護女神へ。
讃える声は鳴り止まず、いつまでも高く、平原にこだましていた。
この日、ダナ平原での戦いは、そのようにして終わりを告げた。
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