第40話 モモちゃんとお出かけ(後編)

 ずっこけ三人組と合流した俺達は、ショッピングモール内のフードコートでお昼ご飯を食べることにした。


 もちろん、すべて俺のおごりである。

 見た目的には俺が一番の保護者ポジションだからな。

 俺が支払いを持つのは当然のことだろう。


『いただきまーす!』


 広いテーブルの上にはフードコートによくある店の料理が並べられている。

 ジャンクなハンバーガーセット、きつねうどん、ステーキランチ……。

 その中で一番でかいのはギリアムくんのマツヤジャイアント牛丼だった。


 ジャイアントのエンゲル係数はめちゃくちゃ高いので、子供でさえフードファイター顔負けの胃袋をしているのだ。

 ギリアムくんは申し訳なさそうな顔をしていたが、子供なんだからあまり気にしない方がいいと思う。


 俺とアンバーがミノウェイのサンドイッチを食べながらモモちゃん達の学校の話を聞いていると、オーガの少年タケシくんが話の流れでこんなことを言い出した。


「—―だから、俺はモモのライバルなんだ! 体育の時間はいっつも二人で勝負してるんだぜ!」

「でもでも、タケシくんはモモより全然弱いじゃん」

「それは昨日までの話だ! 今日の俺は一味違うぜ!」

「ふーん、じゃあ負けたらまた罰ゲームだからね」

「いいだろう! それなら今日は水泳で勝負だ!」


 午後の予定が決まった瞬間であった。



 遅めのお昼ご飯を終えた俺達は、まずショッピングモール内にある水着売り場までやってきた。


 アクアマリン市があるチューブ荒野は乾燥帯なので一年中温暖な気候をしている。

 だからアクアマリン湖はこの街の避暑地としても非常に人気があるスポットだ。


 当然、湖の近隣にあるこのショッピングモールにはとても沢山の水着が取り揃えられていた。

 取り揃えられてはいたのだが……。


「お姉ちゃん、これどう? 似合ってる?」


 モモちゃんが比べていたのはすべて紺色のスクール水着だった。

 この世界は例の絵本が原因で性癖を歪められた子供が大量発生した結果、紺色のスクール水着が女性の水着のスタンダードになっていた。


 例外はアラクネやケンタウロス、マーメイドなどの物理的にスク水を着ることができない種族くらいしかいない。

 俺はエッチなお姉さんのビキニ姿を見ることができないのが非常に悲しかった。


「それはちょっと子供っぽいかのう、こっちのはどうじゃ?」

「むー、モモはこっちがいいと思う!」


 そして女の子二人が楽しいショッピングを行っているのを横目に、俺はオスガキどもの付き添いをしていた。


「すげー、格好いい水着がいっぱいあるぜ。本当に好きなもの買っていいのか?」


 何で男の水着は普通にバリエーション豊かなのだろうか。

 そこは紺色スクール水着で揃えておけよ。


「どうせお前らすぐにでかくなるだろ? 悪いことは言わないからサイズ調整機能付きの高いやつにしておくといい」

「よっしゃ、おいギリアムもこっちにこいよ」

「う、うん……」

「ハルトのアニキ、あっしは泳げないから浮き輪も買って欲しいんでげすが……」

「一応保護者だからな、おぼれられたら俺の方が困る。好きなものを選べ」

「さっすがアニキ、助かるでやんす~」


 ちなみにこのワーフォックスの少年の名前はスネヲというらしい。

 タケシ、スネヲ、ギリアム、モモか……。

 のび〇くんだけやたらといかつい名前だった。



 小一時間ほどして準備ができた俺達は、探索者ギルドにほど近いアクアマリン湖南のビーチまでやってきた。

 もちろん近くにある更衣室で全員が水着に着替えている。


 アンバーは名前入りの紺色スクール水着を着ており、俺はハムマン柄の海パンを履いている。


 ちなみに俺とアンバーはマジックポーチ用のベルトを身に着けていた。

 マジックバッグは高級車以上の貴重品だからロッカーに預けるなんてもってのほかなのである。


 この人工的に作られた砂浜のビーチは多くの家族連れと観光客で賑わっていた。

 俺は顔は動かさずに目だけを動かして巨乳の姉ちゃんを探していた。


 おっ、遠くにいる男連れのあの姉ちゃんいい身体してるな……と思ったらどこかで見た顔だった。

 畜生、アルメリアかよぉー。


「モモ、あのマーメイドのところに触って先に戻ってきた方が勝ちだ! いいな!」


 スク水を着たモモちゃんは準備運動をしながらそれに答える。


「それでいいよ!」


 タケシくんが指差した先、ビーチから見える湖の少し奥の水上に監視員らしき何人もの若いマーメイドが氷の台座に乗って座っていた。


 距離的にはここから大体25mくらいか?

 確かに彼女達は丁度いい目標のようだった。


「一つ聞くが、負けたらどんな罰ゲームが待っておるんじゃ?」

「お姉ちゃん、負けた方は明日の給食のデザートをあげないといけないんだよ!」


 めちゃくちゃ簡単ではあるがキツい罰ゲームだ。

 甘いものが大好きな子供にとっては死活問題である。


「タケシくんは今26連敗中なんだ……」

「負けすぎだろ。もはや献上していると言っていいレベルだぞそれ」

「俺は水泳が得意なんだ! 今日こそは勝てる!」

「頑張れ、アニキ〜」


 モモちゃんとタケシくんの二人が砂浜に並んだ。

 給食のデザートを賭けた勝負が今始まるのだ。


「合図をしたらスタートじゃ。3、2、 1……今じゃ!」


 アンバーの掛け声とともに二人が湖面に飛び出した。

 バシャバシャと音を立てながら泳いでいく。

 言うだけあってタケシくんは綺麗なクロールで泳いでいた。

 それに対してモモちゃんはと言うと……。


「あのモモが、信じられぬ……!」

「まさか……!」


 俺達はモモちゃんの泳法に驚愕きょうがくした。

 モモちゃんは世界最速の泳法、ドルフィンクロールを使っていたのだ。


 ドルフィンクロールとはクロールを進化させた泳ぎで、クロールとバタフライの泳ぎ方を融合させたものだ。


 簡単に言うと手はクロールの動きをして、足はバタフライのドルフィンキックをするという泳法で、非常に体力の消耗が激しいのが特徴だ。


 オリンピック選手ですら自由形で数秒しか採用しなかったと言われている伝説の泳法、それをただの6歳児が完全に使いこなしていた。


 みるみるうちに二人の距離は広がり、折り返し地点で切り返したモモちゃんは余裕の足取りでゴールした。


 一足先に水から上がったモモちゃんが、少ししてからようやく帰ってきたタケシくんに勝利宣言をする。


「モモの勝ち!」

「つ、強すぎる……ガクッ」

「ア、アニキ〜」


 27連敗に記録が更新された瞬間であった。


「モモは凄いのう。一体どこで習ったんじゃ?」

「大おばさまが海で教えてくれたんだ!」


 大おばさまとは宿の親父さん、サワムラ氏の奥方であるイクコさんのことである。

 彼女は現在、アモロ共和国の海都カナンにある高級旅館で女将をしている。

 そしてモモちゃんはそこの従業員をしている親戚の娘だった。


「そうかそうか、モモは海育ちじゃったのう。きっと沢山練習したのじゃろう、ひよっこの小僧に勝つのも当然じゃな」

「えへへ、明日はモモの大好きなプリンの日だったから本気出しちゃったんだ!」

「俺のプリン……」

「タケシくん、僕のプリンを分けてあげるから元気出してよ……」

「ギリアムくんダメ! これは罰ゲームなんだからね!」

「ごめんなさい、モモちゃん……」

「俺のプリン……」


 そんな罰ゲームの話は置いておいて、二人の勝負も終わったことだし俺達はのんびりとバカンスを楽しむことにした。


 小一時間ほど子供達の相手をして疲れた俺とアンバーは、ビーチパラソルの下でまだ湖で遊んでいるモモちゃん達を眺めていた。


「子供は元気でええのう。まるで無限の体力があるようじゃ」

「無限の体力があるアンバーが言うことかな、それ」

「体力はあろうと心の若さは有限なんじゃ」

「やめてよ、年寄り臭いな」

「そうは言うが、お主だってわしと同じ気持ちじゃろう?」

「俺の生命力はEだ」

「それ持ちネタなのかのう……」


 俺達がおしゃべりをしていると、ギリアムくんがこちらにやってきた。


「どうしたの、ギリアムくん」

「泳いでたらお腹が空いちゃって……」

「ジャイアントは難儀じゃのう」


 俺たちの横に座ったギリアムくんはルーペのロゴが描かれた腕輪からでかい煎餅を取り出してボリボリかじり始めた。

 これはジャイアント・ホールディングスが社員とその子供に貸与している腕輪型のマジックバッグだ。

 燃費の悪いジャイアントの為のお弁当箱だな。 


 丁度いい機会なので俺はギリアムくんにちょっと意地悪な質問をすることにした。


「ギリアムくんはさ、どうして一人でダンジョンに行こうと思ったの?」

「……」


 迷宮都市に住む子供が勝手にダンジョンに潜り込んで命を落としそうになるなんて、ここではそうそう起こらない事件だった。


 親だって人間だからそういう危ないことは絶対にしないように厳しくしつけているし、大抵は潜り込む前に近くの探索者に見つかってギルド本部の懲罰室でこってりしぼられることになる。


 どんな悪ガキでも一度経験したら必ず更生すると言われている地獄の懲罰室だ。

 これはマジックバッグの普及しているこの世界で万引きが少ない理由でもあった。

 成人した大人が窃盗で捕まった日には、どのような懲罰が待っているのか想像するのも恐ろしい。


「言いたくない……」

「こういうのは自分一人で抱えているといつまでも引きずるよ。怒らないからお兄ちゃんに言ってみな」


 それこそ、アンバーの時みたいにな。

 ギリアムくんは俺の言葉に少しだけ悩んだ後、自身の心中を告白した。


「僕は臆病だから、タケシくんみたいに大きな壁にぶつかっていく勇気がなかったんだ……」

「うん」

「魔物を倒して強くなれば僕も変われると思った。でも僕は自分が思うよりもずっとずっと、臆病な弱虫のままだったんだ……」


 ギリアムくんは膝を抱えてうつむいてしまった。

 仕方ないな、少し勇気付けてやるか。


「ギリアムくんは勇気を出してダンジョンに挑んだじゃないか。つらいギルド本部の懲罰も受けた。それでもまだ変わっていないって言うのなら、それはきみが自分を許せないと思っているからじゃないか?」

「そうなのかな……」

「生まれ持った性格は変えられないかもしれないが、経験は人を強くするんだ。失敗してもいいから、これからも勇気を出して挑戦してみるといい」

「ちょっとだけ、頑張ってみようかな……」

「そう、それでいい。念の為言っておくが、もうギルドのお世話になるような悪いことだけはするんじゃないぞ?」

「分かってる。僕もアレはもう体験したくないや……」

「話は変わるけどギルド本部の懲罰ってどんなだったの? 実は俺ちょっと興味があるんだよね」

「言いたくない……」


 これ以上先は聞き出せそうになかった。

 懲罰室で一体どんな体験をしたんだろうね、ギリアムくん。

 天使のやることだからきっとろくでもないことに違いない。


 大事な話が終わった俺達がのんびり湖を眺めていると、いきなりビーチにキャーという絹を切り裂くような悲鳴が上がった。


「二人とも、アレを見て……!」


 ギリアムくんが指差した先の湖面には、黒い何かが浮いていた。

 そしてその周囲の水は、まるで血のように赤く濡れていた。


「サ、サメだぁあああ!!!」


 平和なビーチに突如現れた黒い影、その正体はサメだった!

 サメ・リアリティショックによる恐怖は次々と伝播でんぱし、ビーチ中に混乱の渦が広がっていく。


 我先にと逃げ出す観光客に家族連れ、そして恐怖に泣き叫ぶ子供達!

 モモちゃんとタケシくんは余りの恐怖に逃げることができないようだ。

 そしてスネヲくんは浮き輪に乗ったまま気絶している!


「アレはツインヘッドシャークの頭じゃのう。エクレアめ、横着して取水口の近くで戦いおって。これは始末書もんじゃぞ」

「アンバー、助けに行かなくても大丈夫なのか?」

「よく見るのじゃ、あやつはもう動いとらんじゃろ。自分から口に頭を突っ込まん限り死んだりせんわい」

「そっかぁ……」


 どうやら大丈夫みたいだった。


「ぼ、僕がみんなを助けに行かなきゃ……!」


 おっとここでギリアムくんが勇気を出して動き出した。

 湖面に飛び込んだギリアムくんはバシャバシャと水をかき分けてタケシくんとモモちゃんの近くまで行って自分の肩に掴ませると、スネヲくんの浮き輪を掴んで砂浜まで上がってきた。


 命からがら助かったと言わんがばかりのタケシくんは、俺達に向かって怒りの声を上げた。


「お前ら強い探索者なんだろ! あんなやつコテンパンにやっつけてくれよ!」

「別にわしらが手を出さんくとも後でマーメイドが片付けるじゃろ」

「あいつらなら真っ先に逃げて行ったよ!」


 学生のバイトに責任を求めるのは良くないと俺は思うよ。

 悪いのは人件費をケチっている経営者だ。


「仕方がないのう、勇気を出して行動したギリアムくんに免じて少しかっちょいいところを見せてやるか。ハルト、アレをやるぞ」

「やるんだな、今ここで!」

「そうじゃ、こやつらにわしらの合体技を見せてやるのじゃ!」


 波打ち際まで移動したアンバーは装具からいかずち丸を取り出した。

 隣に立った俺はアンバーの持ついかずち丸の持ち手に手を添えて魔力をつぎ込む。

 するとバチバチと音を立ててメツのイボイボが雷を纏い始めた。


 俺は足元にハムマン型の氷像を作り出すと湖面に向けてぎゅんと伸ばした。

 背中を平らにして滑り止めのザラザラを作るのがポイントだ。

 こうして湖に浮かぶサメの頭に続く真っ直ぐな氷の滑走路が出来上がった。


「ゆくぞ!」


 アンバーが砂をボッと蹴って加速する。

 いかずち丸を構えたアンバーがダダダダダッと氷の滑走路を走ると、バキャリとハムマン氷の頭を砕いて飛び立った。


「ライトニングバスター!」


 アンバーがかっちょいい技名を叫んでサメの頭にいかずち丸を振り下ろすと、ズドーンという音とともに水面が爆発した。


 天高く水柱が伸び、ビーチ中に水の飛沫が降り注いで束の間の虹が現れる。

 そのとてつもない衝撃で波がザーッと俺達のところまで流れてきた。

 俺は子供達に石の触手を伸ばして引き波に流されないように固定した。


 最後に空中でこん棒を仕舞ったアンバーが水面を走って俺の隣まで戻ってきた。


「どうじゃ? わしらのコンビネーションは凄いじゃろう」

「(パクパク)」


 子供達は余りの驚きに言葉も出ないようだった。

 ちょっとやりすぎちゃったかもしれない。


 余った石をハムマン像に変えた俺がアンバーと一緒にドヤ顔をしていると、遠くから一人の人魚が泳いでこちらにやってきた。


「見ていましたよ二人とも! こんなところで一体何をしているんですか!」


 ギルド職員のナナミさんだった。

 どうやら彼女は平和なビーチを荒らした俺達に怒り心頭のご様子。


「あ、あれはダンジョンから出てきたサメを倒す為にやったのじゃ!」

「俺達は何も悪くない。悪いのは仕事を放り出して逃げたマーメイドの監視員だ」

「開き直るつもりですか? いいんですよ、ギルド本部の懲罰をお望みならばそうするといいでしょう」

「それは困るのう……」

「今からでも土下座したら許してくれる?」

「二人とも、正座しなさい」

「「はい……」」


 ナナミさんの説教は日が傾くまで続いた。

 こうして俺とアンバーは子供達にとても格好悪い姿を見せることになるのだった。

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