第41話 エレメンタル狩り

 モモちゃんとのお出かけから1ヵ月が経ち、ついに待ちに待ったエレメンタル狩りの日がやってきた。


「それじゃあママ、いってきまーす」

「いってらっしゃい。三人とも、楽しんできてねぇ」


 日の出前に魔道具工房バタフライへと顔を出した俺とアンバーは、アイリスを連れて探索者ギルドまでやってきた。

 ギルドの中は閑散としており、ロビーの一部だけが照明で照らされている。


 まずは受付に行ってアイリスの仮探索者登録を行わなければならない。


「Bランク探索者パーティー『こん棒愛好会』のアンバーさんですね。今回は三層の精霊樹海での狩りを目的とした探索で間違いありませんか」

「そうじゃ。今日の異界予約も取っておる」

「確認しますので、少々お待ちください」


 職員の人魚さんは浮遊する丸いクッションソファー型の椅子に乗ったまま離席し、それから少しして戻ってきた。


「お待たせしました。確認が取れましたので仮登録を行います。被保護者のギルドカードを提出してください」


 アイリスがギルドカードを受付に置くと、職員の人魚さんがそっと指ででる。

 返却されたギルドカードをアイリスは腕輪型のマジックバッグに仕舞った。

 腕輪型はあまり大きなものは入らないが、ちょっとした小物を仕舞うには十分だ。


「仮探索者登録は本日限りとなっておりますので、お忘れのないように」

「うむ、分かっておる」

「それでは、健闘をお祈りしております」


 俺達は職員の人魚さんにお礼を言ってその場を後にした。

 そしていつものようにダンジョン入口の広場に向かう。


「ゲート前の広場、今日は空いてるんだねー」

「早朝じゃからのう、後30分もすればここはめちゃくちゃな渋滞になるわい」


 ゲートを潜ってダンジョンに入ると、俺はバイクを取り出してまたがった。

 後ろにアイリスを乗せた俺が運転するバイクの隣をアンバーが並走する。


 早朝だから白岩しらいわ採石場もドライブスルーだ。

 ゲートを潜って二層の小部屋に移動した俺はアイリスに一つ指示をした。


「アイリス、プロテクションよろしく」

「分かったよー、プロテクション!」


 半透明な青白い障壁が部屋の中に広がる。

 アンバーが引き上げた鉄扉てっぴを潜って俺達が外に出ると、出待ちしていたグリーンエイプがバリアで押し出されていく。


「後のやつらには悪いが今回は無視じゃ、経験値が入ってしまうからのう」


 アイリスのプロテクションで無敵状態になったバイクが猿鬼えんき渓谷をひた走る。

 狭間はざま平原から岩塊がんかい台地上層を抜けて俺達はジャイアント・ステップまで辿り着いた。


「うわー! 聞いてはいたけどすっごいねー!」


 アイリスは崖際に設置された柵から身を乗り出して岩塊がんかい台地下層の眺めを堪能していた。


 俺達は見慣れているからもう何とも思わないが、実はジャイアント・ステップはこの街の三大名所の一つだった。

 この景色を見る為だけに「アクアマレベリング」へ依頼をする人もいるくらいなのである。


「アンバーちゃん、ハルトくん、一緒に写真撮ろうよー!」


 フィルム式カメラを取り出したアイリスが俺達に呼び掛けてくる。

 自撮りって、修学旅行中のJCじゃないんだからさぁ。

 俺とアンバーはアイリスに言われるがままにポーズを取った。


「はいっ、あくあ~まりんっ」

「それ流行ってるの?」

「知らないの? これアクアマリンっ子の常識だよー?」


 アクアマリンっ子の常識らしかった。


 休憩を終えた俺達はジャイアント・ステップを降りると再びバイクの旅へ。

 岩塊がんかい台地下層を抜けて狭間はざま平原へ、そして……。


「ここが精霊樹海か……」

「そうじゃ、ここがアクアマリン迷宮三層、精霊樹海じゃ!」


 俺達はついに精霊樹海の近くまで辿り着いた。

 精霊樹海は曲がりくねった木があちらこちらに生えている苔むした森だった。


 ここに出現する魔物は火属性のファイアエレメンタル、水属性のフロストエレメンタル、土属性のアースエレメンタルの三種だ。

 遠目に見える森の中には赤や青、黄色の光がゆらゆらと揺れていた。


「わしらがエレメンタルを釣ってくるからのう。ハルト、後は頼んだぞ」

「ああ、準備しておくよ」

「アイリス、ほれ乗るがよい」


 そう言ってしゃがみ込んだアンバーはアイリスをおんぶした。


「いくよー、プロテクション!」


 背中に乗ったアイリスがバリアを張ると、それを確認したアンバーはダッシュで森の中に消えていった。


「さてと、俺も仕事するか」


 伸びをした俺は、透明なガラスの流体を生成すると精霊樹海に向けて歩き出した。

 少し歩くと森の中から火や氷、土の球体が俺に向かって飛んでくる。


 俺はハムマン型のスライムみたいなガラスの流体でその攻撃をガードしつつ精霊樹海の直前まで移動すると、ガラスの流体を半円状のハムマン型トーチカに変えた。

 ダンジョンにまれにくくする為、複数のパーツに独立させるのがポイントだ。


 最後にアルメリアから借りた機銃型の魔杖まじょうを開けた小窓に設置して、椅子を置いたら完成である。

 俺は完成したトーチカをしげしげと眺めるが、ここで少し不満点が見つかった。


「うーん、ちょっと透明すぎるかな。アンバーがぶつからないか心配だ」


 浮遊する赤や青、黄色をした人型の光体のエレメンタルがこちらに攻撃しているのを放置して、俺はハムマントーチカのあちこちに色を塗り始めた。


 しばらくすると、遠くからバシュンバシュンと弾けるような音が聞こえてきた。

 どうやらアンバー達が帰ってきたらしい。


「ハルトー、どうじゃー!?」

「いつでも大丈夫だー!」


 めちゃくちゃな数のエレメンタルをトレインしてきた二人は、バリアを張ったまま俺の待つハムマントーチカに背中を預けた。

 そしてアイリスが銃に似たメカメカしい魔杖まじょうを取り出して構える。


「いっくよー! マナブラスト!」


 魔杖まじょうの銃口から発射された大きな青い弾丸がエレメンタルの群れに穴を空けていく。


「凄い凄ーい、撃ち放題だー!」


 まるでハッピートリガーだな。

 バシュンバシュンと連射された魔弾があっという間にすべての魔物を片付けた。


「ふー、楽しかったー!」

「アイリスよ、狩りはまだまだ始まったばかりじゃぞ」

「分かってるってー」


 また魔物を釣りに行った二人を見送った俺は、ポーチから袋を取り出すとエレメンタルコアの回収を始める。

 樹海に転がる卵大の宝玉を一つ一つ回収……途中から面倒になったので石の触手で拾い集めた。


 時間が余ったので、俺は生成した石の魔力還元を試みた。

 少しずつ石の流体が蒸発していくように消えていき、その魔力が俺の身体に吸い込まれていく。

 10分ほど掛けてすべての石を魔力に戻した俺は、額に浮いた大粒の汗をぬぐった。


「ふいー、やればできるもんだな」


 俺の土属性スキルの扱いも上達したものだと自画自賛する。

 とはいえ、ハムマン職人の高みはまだまだ遥か遠くにある。

 この程度で満足してはいられないな。


 それからも何度かエレメンタルのまとめ狩りを繰り返していると、途中でアイリスが声を上げた。


「魔力が切れたー!」


 彼女もだいぶレベルが上がったようで、ついに消費と回復の均衡きんこうが崩れたらしい。

 俺はアルメリアから借りた機銃型の魔杖まじょうに手を添えて魔力を込める。


「上がったらすぐに教えてくれ!」

「分かったー!」

「マナバースト!」


 銃口から発生した青いごん太レーザーがエレメンタルの群れを貫く。


「上がった!」

「よし!」


 俺が攻撃を止めると、またアイリスがマナブラストを撃ち始めた。


 何度かこれを繰り返すと今度は俺の魔力が切れたので、椅子の横に積んだカードリッジを一つ掴んで機銃に装填そうてんしてからマナバーストでの攻撃を再開した。


 このカードリッジの中には俺達が1ヵ月掛けて集めたマーブルゴーレムの魔石が詰まっている。

 限界まで経費を切り詰めることで、稼いで稼いで稼ぎまくるのだ。


 こうして俺達のエレメンタル狩りは、お昼になるまで続いたのだった。

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