第39話 モモちゃんとお出かけ(中編)

 ショッピングモール内のカドカワ書店までやってきた俺達は、書店入口にある一番目立つ大きな棚を占拠して平積みされていた大量の「わしとこん棒」シリーズに目を見張った。


「わしは夢でも見ておるのか……?」

「これは凄いな……」


 書店のあちこちの壁にはべたべたと販促用のポスターが貼られており、陳列棚の近くにはこん棒を構えたアンバーの等身大ポップまで置かれていた。


 「わしとこん棒」シリーズはアクアマリン市内の書店にしか配本していないにも関わらず結構売れているようで、部数が書いてあるポップには修正された跡があった。


「わぁ、これ全部お姉ちゃんの本なの?」


 モモちゃんが手に取った本の表紙にはこん棒を構えてポーズを取るアンバーのイラストが描かれていた。


 アンバーが持っていた初版の「わしとこん棒」はタヌヨシが経費をケチったせいで文字だけしかないシンプルな本だったからな。


 それでは売れるものも売れなくなるので、新装版「わしとこん棒」は新進気鋭のイラストレーター、メイマオ氏に特急料金を支払って美麗なイラストを描いて貰ったのである。


「もしかしてあの『わしとこん棒』の作者のアンバーさんですか!?」


 その驚くような声に俺達が振り向くと、そこには眼鏡を掛けたワーフォックスの書店員さんが立っていた。

 彼女は興奮した面持ちでアンバーの顔と等身大ポップを見比べている。


「そうじゃ、わしがBランク探索者のアンバーじゃ!」


 アンバーは自信満々に腕輪型装具から黄金色に輝く大きなこん棒を取り出した。

 メツニウム銅合金製の金砕棒かなさいぼう、いかずち丸だ。


「これが屋上で王子様にプロポーズされた時に受け取ったこん棒……凄いです!」


 「わしとこん棒6」は自伝風小説なので、大衆受けするようにいくらかの脚色が含まれている。


 俺は古代魔道具の暴走で遠くの大陸から飛ばされてきた異国の王子ということになっているし、倒したギガンティックタイタンから出てきたライトニングエレメンタルの攻撃を相棒を犠牲にしてガードしたアンバーが、俺と二人で協力して撃退するという展開になっていた。


 最大の見せ場は探索者ギルドの屋上で俺からプロポーズされた時に渡された腕輪型の装具から黄金色に輝く大きなこん棒が現れるシーンだ。

 そして二人は恋人になってそこからシームレスにベッドシーンへ繋がるわけだな。


 最近やたらと探索者ギルドの屋上に人が居ると思ったら、どうやらこれが原因だったらしい。

 ごめんね、完全に聖地扱いされちゃってるよ。


「ほれ、触ってもよいぞ」

「わっ、大きくて硬いイボイボ……」


 メツのイボイボを触って赤くなる書店員さんであった。

 ある程度触って満足したのか、書店員さんはアンバーに一つのお願いをした。


「できればその、先生にサインをお願いしたいのですが……」

「先生じゃと……!」


 書店員さんはさっと色紙とペンを取り出すとアンバーに押し付けた。

 アンバーはふんふんと鼻息を出しながら押し付けられた色紙にサインをする。

 どうやら彼女はとても興奮しているようで、白いほっぺたが赤くなっていた。


 そしてアンバーからサイン色紙を受け取った書店員さんは、色紙を高く掲げて大きな声で周囲にアピールした。


「みなさーん! 本日ここにアンバー先生がいらっしゃっています! これからサイン会を始めますよ!」

「えっ、わしはそんなつもりじゃ……」

「あーあ、やっちゃったなアンバー。安易にサインなんかするからだよ」


 書店員さんがぞろぞろと集まってきて、その場に即席のサイン会場が設営される。

 その間にも書店の外にはサインを待つファンの待機列がどんどん伸びていく。

 椅子に座らされたアンバーは、すぐに本にサインをする機械に変わってしまった。


「ハルト、助けて欲しいのじゃ~!」


 ちょっと可哀想だが、これも有名税というものだろう。

 夢が叶って良かったじゃないか。


「モモちゃん、アンバーは忙しいみたい。あっちで絵本でも見ていようか」

「そうだね、お兄ちゃん!」


 助けを呼ぶアンバーを放置した俺達は、書店内の絵本コーナーまで移動した。


「モモちゃんはどんな絵本が読みたい?」

「お兄ちゃん、モモはライザが読みたいな!」

「やっぱりライザか……」


 以前、とある絵本が原因で日本語とそっくりなティアラ語が公用語として使われるようになったと説明したと思う。


 その原因となった絵本こそ、現在俺の目の前にある「魔道具職人クラフターライザの冒険」シリーズなのである。


 月光歴1990年にティアラキングダムの宮廷画家ジョニーが発表したこの絵本は、作者名にちなんでジョニアートと呼ばれて世界中の人々に親しまれている。


 内容としてはヒューマンのドジっ子魔道具職人の女の子、ライザが世界中を旅しながら人助けをするという子供向けのシンプルなお話なのだが……。


 なぜかお約束のようにスク水を着たライザがこんがり肌を褐色に焼いた状態で、謎のアクシデントによりむくむくと巨大化するシーンが盛り込まれている。


 明らかに特定の人物に向けられた性癖の詰め込まれた異常な絵本なのだが、ジョニーの超絶技巧によって描かれたこの絵本には不思議と人をきつける魅力があった。


 赤ん坊に見せるだけで必ず泣き止むという謎の魔力があるこの呪われた絵本は、この世界の幼児教育において欠かせない存在へと変わっていった。


 そしてティアラ語で書かれたこの絵本を読んで育った子供が、ティアラ語の読み書きを自然に覚えるのは当然のことであった。


 こうしてティアラ語は一躍いちやく、世界の公用語としての立ち位置を確立したのである。


「きゃっ。貝を拾おうとしたライザが砂浜で転ぶと、砂の中から光があふれました。なんということでしょう、ライザの身体がむくむくと大きくなっていきます。どうやらライザは、砂の中に隠れていたジャイアントオーブを踏んでしまったようでした」

「わー、ライザがおっきくなっちゃった!」

「おっきくなっちゃったねぇー」


 俺は絵本コーナーの近くにあった長椅子に腰掛けて、ひざの上に乗せたモモちゃんに絵本を読み聞かせていた。

 長椅子の上には読み終えた沢山の「魔導具職人クラフターライザの冒険」シリーズが積まれている。


 俺もライザの冒険シリーズを真面目に読んだのは今日が初めてなんだが……。

 子供向けの絵本だと思ってあなどっていたが、これめちゃくちゃ面白いな。


 なんというか呪われた運命に抗おうという作者の執念のようなものを感じる。

 クソな原作をコミカライズでどうにかして面白くしようというか、そういう感じ。

 宮廷画家って大変なお仕事なんだなぁ。


「お主ら……よくも見捨ててくれたのう……!」

「あっ、お姉ちゃん!」


 そこには疲労でボロボロになった(漫画的誇張表現)アンバーが立っていた。


「サイン会終わったんだね。お疲れ様、アンバー」

「本が全部売り切れたからようやく解放されたのじゃ。途中でバックヤードから大量の在庫が届いた時にはどうしようかと思ったぞ……」


 壁に掛けられた時計を見ると、時刻は既に13時を回っていた。

 最低でも2時間くらいはぶっ続けでサインをしていた計算になるな。


「お腹も空いたことだし、お昼でも食べに行こうか」

「えー、ライザの続きは?」

「俺もちょっと気になっているし、この際だから全巻買っちゃおうか」

「ハルト、それはどうかと思うぞ。親父さんとの約束は三冊までじゃろう」

「そこはほら、抜け道というか……」


 俺は棚の「魔導具職人クラフターライザの冒険コンプリートセット」を指差した。

 それに気付いたモモちゃんは、にんまりと笑顔を浮かべた。


「お兄ちゃん、頭いいね!」

「お主は悪い大人じゃのう。親父さんにどう言い訳するつもりじゃ」

「ははは、なんとでも言うがいい……」


 悪い顔をした俺は「魔導具職人クラフターライザの冒険コンプリートセット」を棚から取ると(重くて持てなかったので代わりにアンバーに持って貰った)レジに行ってアクアペイで代金を支払った。


 ちなみに絵本は全38巻セットで2000メルくらいした。

 日本円で1巻5000円くらいなんだが、それに見合った豪華な仕様の絵本だった。


 会計が終わるとアンバーは絵本(というより箱)をマジックバッグに詰め込んだ。

 俺達は笑顔で手を振る書店員さんに見送られながらカドカワ書店を後にした。


「それでは腹ごしらえに行くとするかのう」

「とは言ってもここは飲食店が多くて迷っちゃうね。どこにしようか」

「うーん、うーん……」


 どうやらモモちゃんも悩んでいるようだった。

 そうして俺達がショッピングモール内を散策していると、いきなり目の前に三人の子供が立ち塞がった。


「おい、泣き虫モモじゃないか! 宿の手伝いはどうした!」


 一人目は生意気そうなオーガの少年だ。

 そのツンケンとした態度はガキ大将を絵に描いたようだった。


「こ~んなところで何をしているでやんすかねぇ~」


 二人目は糸目をしたワーフォックスの少年だった。

 オーガの少年の隣に立つ姿はまさしく虎の威を借る狐、金魚のフンの太鼓持ちだ。


「や、やめようよ二人とも……」


 そして二人の後ろに立つジャイアントの少年の顔には見覚えがあった。

 少し前にダンジョンの中で助けたジャイアントの子供だ。

 名前は確か……ギリアムくんだったか?

 大きな背中を小さく丸めている彼は見るからにいじめられっ子ポジションだった。


「むーっ! 泣き虫じゃないもん!」


 いや泣き虫だろ。

 まごうことなき泣き虫だよ。


「モモよ、こやつらは学校の友達か?」

「友達じゃない! ただのクラスメイト!」


 モモちゃんが強い言葉で否定すると、オーガの少年が一瞬眉を歪ませた。

 ははーん分かったぞ、こいつモモちゃんにれてんのか?


 絶対、好きな子に嫌がらせするタイプの悪ガキだな。

 可哀想に、きっと10年後になって後悔するんだろう。


「なんだそいつら、宿のおっさんはどうしたんだ」

「二人ともうちのお客さん、すっごい強い探索者なんだからね!」

「はぁ? ハーフリングにヒューマンだろ? 俺でも倒せるようなザコじゃん」


 ヒューマンの方は実際そうだけど、ハーフリングの方はマジで強いよ。

 俺はアンバーに印籠いんろうを突きつけるようにうながした。


「アンバーさん、見せておやりなさい……!」

「このギルドカードが目に入らぬかぁー!」


 アンバーがびしりとギルドカードを突きつけると、ずっこけ三人組が集まって彼女のステータスに目を通した。

 6歳児ともなればギルドカードの文字くらいは読めるのである。


「筋力S……だと……!」

「ひ、ひえぇ~」

「アンバーさん、やっぱり凄いんだ……」

「ほら言ったとおりでしょ!」


 三者三様の子供達に、モモちゃんは鼻高々で胸を張った。

 するとアンバーが怖い笑みを浮かべながら脅し文句を告げた。


「種族差別をする悪い子供にはお仕置きが必要じゃのう……」

「ひっ!」

「お主ら、今すぐモモに泣き虫と言ったことを謝るのじゃ! でなければお尻を百叩きにしてくれようぞ!」


 俺はアンバーの隣で悪い笑みを浮かべながらハイヒーリングの杖を取り出した。

 ここはこん棒と魔法の異世界、体罰の後のアフターケアもばっちりなのである。


「ご、ごめんよモモ、俺が悪かった。許してくれー!」

「百叩きは嫌でやんす~。許してくれめんす~」

「モモちゃん、ごめんなさい!」


 少年達はショッピングモールの床に土下座して謝った。

 ……ギリアムくんまでやる必要あった?


「どうじゃモモ、お主はこやつらを許す気はあるか?」

「もう泣き虫って言わない?」

「絶対言わない!」

「じゃあ許す!」

「モモちゃん、ありがとうでやんす~」

「うむうむ、仲直りできて良かったのう」


 こうしてモモちゃんはお友達三人組と仲直りしたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る