第38話 モモちゃんとお出かけ(前編)

 翌日、俺は朝日が昇るよりも前に目を覚ました。

 その原因は部屋の扉から鳴り響くドンドンドンという音であった。


「朝だよ! 起きて! 早くー!」


 モモちゃん、お出かけが待ち遠しすぎて早起きしてしまったらしい。

 何とも困った娘である。


 パンツ一丁の俺はダブルベッドから起き上がると、ガチャリと部屋の扉を開いた。


「おはようモモちゃん」

「もう朝ご飯できてるよ! 早く食べて遊びに行こう!」

「あのね、お兄ちゃん達にも準備というものがあるんだ。後1時間くらいは待ってくれないかな?」

「どうしてそんなに時間が掛かるの? ご飯が冷めちゃうよ?」

「お風呂に入って支度をしなくちゃいけないんだ」

「そんなの後にしたらいいじゃん!」

「モモちゃんも大人になったら分かるさ。どの道、開店時間まで待つ必要があるし、もっとゆっくりしてから行こう。な?」

「むー、分かった。後1時間だからね。約束だからね」

「うん、約束だ。じゃあねモモちゃん」


 俺はばたりと扉を閉めると、部屋の照明を付けて浴室に移動した。

 浴槽の上に手をかざして魔力を込めると温かい水がぶわりと空中に発生した。

 すぐに操作を手放すと、ばしゃりと音を立てて湯舟がお湯でいっぱいになった。


 俺は部屋に戻ってダブルベッドの上でぼんやりとしているアンバーの服を脱がせると、抱っこしてお風呂場に連れて行った。


「んあー」


 バスチェアに座らせたアンバーの髪を後ろからシャンプーでわしゃわしゃと洗う。

 生成したお湯を操作してばしゃりと泡を洗い流すと、今度は身体を隅々まで綺麗にする。


 身体を洗い終えたアンバーがお風呂でぶくぶくしている間に身を清めた俺は、アンバーの隣でしばしの休息を取った。


 十分じゅうぶんに温まったら洗面所までアンバーを連れて行って、大きなタオルで彼女の身体を拭く。

 自分の身体も拭いてパンツを履いた俺は下着を着せたアンバーをベッドに座らせると、両手から発生させた温風で彼女の髪を乾かした。


 自分の魔導スキルも随分上達したものだと自画自賛する。

 QOL(生活の質)が上がりまくりだ。


 髪が乾いたらお出かけ用の服を着せてアンバーちゃんの完成である。

 俺もお出かけ用の服に着替えると、アンバーを連れて一階まで降りた。

 俺達はカウンターに座って朝食を取っていた親父さんに朝の挨拶をする。


「おはようございます」

「おはようなのじゃ」

「二人ともおはようさん。朝飯を温め直してやるから、ちょっとだけ待っててな」


 お出かけ用の服を着ているモモちゃんは待ちくたびれたのか、テーブルに突っ伏して眠っていた。

 今日は早起きしすぎたからな、しばらく寝かせてやるべきだろう。


 朝食を終えた俺達がゆっくりしていると、親父さんから声を掛けられた。


「俺はこれから仕入れに向かう。戸締りは頼めるか?」

「はい、いつものようにしたらいいんですよね?」

「それで大丈夫だ。二人とも、モモのことを頼んだぞ」

「うむ、大船に乗ったつもりで任せるがよい」


 そうして親父さんは宿から出て行った。

 カチ、カチ、という時計の針が動く音だけが響く。

 俺達はのんびりと本を読みながら、貴重な時間を浪費していった。


「10時だな。そろそろモモちゃんを起こそうか」

「そうじゃのう。ほれモモよ、起きるがよい」

「うーん……ハッ!」


 覚醒したモモちゃんはバッと時計を見るとあんぐりと大口を開けた。

 4時間くらいは眠っていたからな、そりゃあびっくりするだろうさ。


「どうして起こしてくれなかったの!?」

「余りにもぐっすりと眠っていたもんでな。起こすのも忍びないと思ったんだ」

「うー……」


 俺の言葉にモモちゃんは涙目になった。


「時間的にも丁度いい頃合いじゃ。そろそろお出かけするとしようかのう」

「ほら行くよ、モモちゃん」

「うん……早く連れてってね。グンシモール」


 ちなみに今日の目的地はグンシモールアクアマリン迷宮前店である。

 どの世界でも子供というのはショッピングモールが大好きなのだ。


 俺達は宿を出て戸締りをすると、バスに乗りグンシモールアクアマリン迷宮前店までやってきた。

 モモちゃんを起こさずに寝かせていたのも、このショッピングモールの開店時間が10時からだというのが理由だった。


 ショッピングモールの中は平日にも関わらず多くの家族連れで賑わっていた。

 今日はダンジョンマスター記念日だったので、アクアマリン中の初等学校が休みになっていたのである。


「あっ! ミノリューだ!」


 モモちゃんが指差した先にはピン〇ーに似た着ぐるみが風船を持って立っていた。


 あれはスーパーマーケット「グンシ」のマスコットキャラクターのミノリューだ。

 どうやらこの「グンシ」はペンギン推しらしく、会社のロゴにもこのミノリューをシンプルにしたデザインがあしらわれていた。


 ミノリューの周囲には沢山の子供達が集まっているようだった。

 モモちゃんは俺と繋いでいた手を離すと、走ってその群衆の中に突っ込んでいく。


「ミノリュー、ふうせんちょーだーい!」

「あくしゅしてミノリュー!」

「ミノリュー、ンェってやつやってー!」


「……ンェ」


 ワッと子供達の笑い声が広がった。


「この謎の子供人気は一体何なんだ……?」


 マスコットキャラクターの中の人が大変そうなお仕事だった。


 しばらくすると満足したのか、モモちゃんがこちらに帰ってきた。

 片手にはピンク色をしたスライムゴム製の風船を持っている。


「えへへ、生キチボ聞いちゃった!」

「モモちゃん、良かったな」

「グンシって凄いんだね!」

「満足するには早いぞモモよ。グンシモールはまだまだこれからじゃ」


 ショッピングモールの中をアンバーと手を繋いで笑顔で歩くモモちゃん。

 そして俺はその横を手持ち無沙汰ぶさたに歩いていた。


 筋力Eの俺はオーガの筋力についていけなかったのである。

 俺がモモちゃんに引きずられて痛めた身体をこっそり回復スキルで治しながら歩いていると、モモちゃんが一つのテナントを指差した。


「すっごーい! いっぱい服が売ってる!」


 アクアマリンに来る前のモモちゃんは良いところの娘さんだったので、こういったところに買い物に行くのは初めての出来事だったようだ。


 目をキラキラさせてあちらこちらを眺めまわしている。


「ねえねえ、お姉ちゃん、服買って?」


 子供服コーナーまでやってきたモモちゃんはすぐにアンバーにおねだりをした。


「ええぞ、好きなものを選ぶがよい。言っておくが――」

「やった! じゃあこれとこれとこれと――」


 モモちゃんは目についた子供服を片っ端から掴んで買い物カゴに放り込んでいく。


「話は終わっとらん。買ってやるのは三つだけじゃ」

「え……」


 いくら高給取りとはいえ、預かった子供に身の丈に合わない贅沢をさせるほどアンバーは甘くなかった。

 どの程度のものをモモちゃんに買い与えるかについては、事前に親父さんと話し合って決めていたのである。


「ふぇ……」


 モモちゃんの笑顔がいつもの泣き顔に代わっていく。


「泣いたら買ってやらんぞ」


 アンバーは心を鬼にしてモモちゃんに我慢を強いた。

 これもしつけなのである。


 腕を組んでじっと見つめるアンバーに、モモちゃんはついに折れた。

 涙目のままカゴに積み上げた服を一つ一つ棚に戻していく。


 モモちゃんは棚に戻す時に、服を丁寧にたたんでいた。

 元は高級旅館の娘だけあって、その辺りはちゃんとしつけられているようだった。


「服というのは多ければよいというものではないのだ。大事に扱う為にもきちんと選ぶとよいじゃろう」


 こん棒というものは多ければよいというものではないのだ。

 大事に扱う為にもきちんと選ぶとよいだろう。

 ……と俺は心の中でアンバーに告げた。


 こうしてモモちゃんの服選びを楽しんだ俺達は、またショッピングモール内を散策し始めた。

 いくつかの店を冷かしつつ、俺達が向かったのはカドカワ書店だ。


 少し前にアンバーの本が発売されたって聞いたからな。

 本当に書店で売られているか、確かめる必要があったのだ。

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