第27話 愛する彼女に深い口づけを

 雨の降りしきる荒野の中を一体の巨人がズシン、ズシンと地響きを鳴らしながら歩いている。

 ドワーフのようなずんぐりとした体形をした赤褐色の巨人、その全身に刻まれた刻印の上を黄色い光が走っていた。

 それはまるでスーパーなロボットアニメに出てくるロボットみたいな洗練されたデザインをしたゴーレムだった。


「これが統一帝国の古代兵器か……タロス像みたいだな」

「かっちょええのう、今からぶっ壊すのが勿体なく感じるわい」

「ネフライトに行けばいくらでも見ることができるじゃない」

「それもそうじゃな。その為にも、絶対に生きて帰らなければならないのう」


 ダンジョンの外周を示す、赤く舗装された道路の1km手前に俺達は陣取っていた。

 トラックの荷台の上には大砲の後ろで射撃体勢を取ったフライスと、魔石の詰まったカードリッジを横に積んだアルメリア。

 俺とアンバーとエクレアはその荷台の下で横に並んで待機している。


 遠くからは市民に避難を告げるサイレンの音が鳴り響いていた。

 向こうもいよいよ準備を始めたらしい。


 俺達が失敗した時のサブプランも、探索者ギルドはきちんと用意していた。

 ギルド本部から出向している天使がギガンティックタイタンを湖まで誘導し、プリメラさんが周囲の水ごと凍らせて湖の底に封印する計画だ。


 当然、その過程で街には多くの被害が出るだろう。

 そうなれば復興と封印の維持の財源を捻出ねんしゅつする為に、いくつかの公共サービスを停止せざるを得なくなる。


 この街にフクシマのような負の遺産を残してはならない。

 だから俺達は必ずこの迎撃作戦を成功させないといけないのだ。


「レッドラインまでもうすぐそこね。そろそろ攻撃までのカウントダウンを始めるわ……3……2……えっ!?」


 レッドラインの手前で突然立ち止まったギガンティックタイタンは、腰を落とすと左腕を前に出し右腕を後ろに下げた。

 ……嫌な予感がする。


 俺はギガンティックタイタンのこのポーズを知っていた。

 なぜなら、進〇の巨人で鎧の巨人がしているのを見たことがあったからだ。


「バードマンの偵察の時は何も反応しなかったのに、おかしいわね」

「エクレア、このゴーレムってネフライトとの戦争で使われたものなんだよな?」

「そうね、それがどうかしたの?」

「今、俺達の後ろにいるのは誰だ?」

「……あっ」

「くるぞおおぉぉぉぉ!!!」


 フライスの叫び声とともにギガンティックタイタンがロケットスタートを切った。

 地響きを鳴らしながらこちらに向かって真っ直ぐ走ってくる。


「撃つぞ!」


 言うが早いか、フライスがアイシクルキャノンを発射した。

 高速でギガンティックタイタンの左足に向かって飛んでいった巨大な青い弾丸を、そいつはその太い右腕で弾いた。


「嘘だろ!?」


 ギガンティックタイタンの右腕にくっ付くように発生した巨大な氷塊。

 氷塊が邪魔をして少し走る速度が落ちたが、動きを止めるには全然足りない。


「くっ……次だ、次に行くぞ!」


 アルメリアが使い終わったカードリッジを新品のカードリッジと取り換えた。

 フライスが狙いを付けて、すぐに次弾が発射される。

 今度は狙い通り、ギガンティックタイタンの左足のひざ関節部に直撃した。


「やったか!?」


 おっといけない、やってないフラグを立ててしまったか。

 これで転倒するかと思ったが、ギガンティックタイタンは地面を滑って右足でバランスを取るように停止した。

 そして動かなくなった左足を引きずるようにして歩き出した。


「おいおい、どんだけ高性能なんだよこのゴーレム!」

「まだだ、まだ……」


 フライスが三発目を撃とうとした瞬間、ボンと音を立てて大砲から青い煙が噴き出した。


「あちゃー、やっぱり無茶だったみたいねぇ。クールタイムを設けなかったのがまずかったのかしら」

「ど、どうするんだエクレア……」

「そうね……あのゴーレムがエルフを狙う性質を持っているなら、それを利用して街から離れた場所まで誘導するのはどうかしら」

「それは止めといたほうがええじゃろう」


 そう言うとアンバーはギガンティックタイタンに向かってとことこと歩き出した。


「アンバー?」

「ここから先はわしの仕事じゃ。最初からその計画だったじゃろう?」

「でも……」

「わしはさいきょーじゃ。あんなのすぐにコテンパンにしてやるわい」

「分かったわ……頼んだわよ、アンバー」

「うむ、任せるがよい」


 そうしてアンバーはギガンティックタイタンに向かって突撃した。

 急接近する小さな敵の動きに過敏に反応したギガンティックタイタンはアンバーを左手で押し潰そうとしたが、彼女はすんでのところで飛び退いて回避する。

 雨に濡れた地面にギガンティックタイタンの左手がズンと沈み込んだ。


 アンバーは助走を付けると、橋のようになった左腕を勢いよく駆け上がった。

 ギガンティックタイタンは右手で蚊を潰すように左腕を叩いたが、彼女は既に通り過ぎた後だ。


「そぉいっ!」


 肩まで駆け上がったアンバーはしたこん棒でギガンティックタイタンの後頭部を思いっきり強打する。

 ガオンと大きな金属音を立てて、姿勢が崩れたギガンティックタイタンは地面に倒れ込んだ。

 その重みで下敷きになった右腕にくっ付いていた氷塊が砕け散る。


 ギガンティックタイタンが倒れ込んだのは俺達の目と鼻の先だ。

 10mも距離がない、手を伸ばして届かないギリギリの距離。

 後頭部のへこんだギガンティックタイタンの無機質な目が、俺達の後ろにいるアルメリアを直視する。


 空中でこん棒を再度取り出してその重量で慣性を殺したアンバーが、倒れたギガンティックタイタンの背中に着地した。 


「この殴り心地はスタックカッパー合金かのう。所詮しょせんは量産型、他愛ないわい」


 独り言を言ったアンバーが、とどめを刺すべく大きくこん棒を振り上げたその時。

 いきなりギガンティックタイタンの左腕の関節が可動域を無視してぐるりと回転すると、背中に乗るアンバーに向かって手のひらを振り下ろした。


「危ない!」


 ギャリン、と音がしてギガンティックタイタンの左腕がねじ切れて吹き飛んだ。


「えっ」


 筋力Sってこんなに強いの?

 金属製ゴーレムの腕がまるで粘土のようにねじ切れたぞ。

 ……まあ何にせよ、これで勝負はついたか。


 じわじわと再生する左腕を無視して、アンバーはとどめを刺すべく再度こん棒を振り上げた。


「とどめじゃー!」


 アンバーが思い切りギガンティックタイタンの背中を殴った直後、雷鳴が轟き俺の視界が真っ白に焼け付いた。


 腕でかばうようにして薄く開いた目に映るのは、真っ二つになったこん棒と、吹き飛んでいくアンバーの姿。

 そしてギガンティックタイタンの残骸の上に浮遊する、雷を身に纏った人型の光体だった。


「アンバー!」

「あれはライトニングエレメンタル……! どんなオーパーツを使っているかと思えば、まさかAランク魔獣を動力源にしているなんて……やってくれるわね、古代人!」


 ボスの形態変化はお約束だが、まさかリアルで同じことが起こるとは。

 魔法無効の敵を倒したら物理無効の敵が出てくるなんて、そんなのアリかよ……!


「俺はどうすればいい!?」

「アタシが隙を見てアイツの動きを止めるわ! そうしたら強力な一撃をぶち込んで!」


 エクレアはトライデントを取り出して、こちらに向かってゆっくりと近付いてくるライトニングエレメンタルに迎撃の構えを見せた。


 困ったな、俺のフレイムカノンはエレメンタルにはまず効かない。

 頼みの綱のアイシクルキャノンは既に壊れてしまった。

 強力な魔杖まじょうを持っていそうなアルメリアは、今はアンバーの治療に専念しているから離れられないだろう。


 ……いや、まだ手はある。

 俺はポーチから一つの魔道具を取り出した。

 マジックボム。

 最大まで魔力を注入すれば五層の魔物でさえ一撃でほふれる魔導爆弾だ。

 ぶっつけ本番だがやるしかないか。


「マジックボムを使う!」


 俺はマジックボムの安全ピンを引き抜くと、レバーを握って魔力を込める。

 手榴弾の上部に取り付けられた魔石がどんどん輝きを増していく。


 いつものように練習で使い切らずに、魔力を温存しておいて本当によかった。

 俺は料理に失敗して怪我ばかりするモモちゃんに深く感謝した。


 マジックボムに詰め込まれた大量の魔力に脅威を覚えたのだろうか、ライトニングエレメンタルが俺に向かってプラズマ弾を何発も放ってくる。

 すると俺の盾になっていたエクレアが、トライデントを振るってギャインギャインとプラズマ弾を弾き飛ばした。


 流石はAランク探索者だ。

 メタクソつえぇ。


 ようやくマジックボムに魔力が入らなくなった。

 いよいよ準備が整ったようだ。


「用意ができた! いつでもいけるぞ!」

「分かったわ!」


 エクレアはライトニングエレメンタルに急接近してスキルを放った。


「食らえ、シェイドスラスト!」


 エクレアのトライデントから放たれた青い槍光がライトニングエレメンタルの影を地面に縫い留めると、ライトニングエレメンタルの動きがカチンと固まった。

 スタン系のスキルだろうか。


 何にせよ今がチャンスだ。

 慣性を無視して急離脱するエクレアを尻目に、俺はマジックボムをライトニングエレメンタルの足元に投げ込んだ。


 その数秒後、カッとした蒼光とともにマジックボムの半径5メートルほどの範囲が消し飛んだ。

 ライトニングエレメンタルが完全に消滅すると、黄色い宝玉がクレーターの中に落ちていった。


 身体に魔力が満ちていく。

 レベルアップだ。


「良いもの持ってるじゃない」

「……これ、本当に売っても大丈夫なものなのか?」

「アンタのバカ魔力じゃなきゃただのオモチャよ。さ、アンバーが心配だわ。様子を見に行きましょう」

「そうだ、アンバー!」


 俺は慌てて振り返り、彼女のもとへ向かう。


 ざあざあと降り注ぐの雨の中、仰向けに倒れたアンバーを見下ろしているアルメリアとフライスの隣に立った俺が見たのは、絶望的な状況だった。


 彼女の腹部は完全に炭化し、大穴が空いていた。

 背骨すらない、がらんどうのお腹をすり抜けた雨が地面に吸い込まれていく。

 ひゅうひゅうという掠れるような吐息に合わせて、小さな胸がゆっくりと上下している。


「ごめんなさい。こうなってしまっては、もう手の施しようが……」

「そんな、嘘だろ、アンバー……」

「こんな状態になってもまだ生きているのは、彼女の高い生命力のおかげでしかないの……だから……」


 嘘だ嘘だ嘘だ。

 二人で一緒に旅をするんじゃなかったのか。

 俺達の明るい家族計画はどうなるんだ。


 俺はハイヒーリングの杖を取り出して構えた。

 ……駄目だ、こんなんじゃ足りない。

 俺は杖を収納すると、彼女の腹部に両手を添えた。


「アンタ、何を……」

「エクレア、お前言ったよな。スキルはイメージを具現化する手段だって。なら、できない理由はないはずだ」

「まさかリジェネレーションを再現するつもり!? そんなの無茶よ!」

「無茶かどうかは俺が決める! リジェネレーション!」


 俺はアンバーのがらんどうの腹部に魔力を注ぎ込む。

 レベルアップで回復したばかりの魔力がぐんぐん減っていくが、何も起こらない。


 まだだ、イメージしろ。

 俺は科学の申し子である地球人だ。


 万能細胞であるIPS細胞のことはそれとなく聞いたことがあるし、生命の設計図がDNAの中に含まれていることも知っている。

 足りない情報はDNAから引っ張り出して再現しろ。


 神に祈るような思いだった。

 目を閉じてただただ、元気になったアンバーの姿を想い描く。

 もっと強く、強く……。


 その時、頭の中でかちりとスイッチが入る音がした。

 滞留たいりゅうしていた魔力がアンバーの身体に吸い込まれていく。

 全ての魔力を使い果たした俺は、恐る恐る目を開いた。


「うそ……」

「これは、驚いた……」


 彼女のお腹は、つるりと綺麗に治っていた。

 呼吸に合わせて小さなおへそがゆっくりと上下している。


「よかった。よかった……」


 俺はアンバーを抱き上げると、ぎゅーっと強く抱きしめた。

 小さな彼女の命の灯火ともしびは、とてもとても暖かかった。


「ん、わしは……」


 その刺激で、気を失っていたアンバーは目を覚ましたようだ。

 俺にお姫様だっこされながらぼんやりと遠くを見つめている彼女に、アルメリアが声を掛ける。


「アンバーちゃん、あなた今死んでたわよ。治療してくれたハルトくんに感謝することねぇ」

「あ、ああ……」


 アンバーは絶望したような表情を浮かべる。

 そんなに死に掛けたのがショックだったのか。


「わしのくろがね丸がああああああ!!!」

「こんな時までこん棒の心配……?」


 どうやら先ほどの戦闘で相棒を失ったことを思い出しただけだったようだ。

 呆れるエクレアに、アンバーが身を乗り出して詰め寄せる。


「わしが……わしがアレを手に入れる為にどれだけ苦労をしたのか知っておるのか!?」

「そんなの知らないわよ……」


 俺は知ってるよ。

 この間「わしとこん棒5」を全部読んだからな。

 ガゴリウス氏の出した無理難題をこなしていくアンバーの姿を思い浮かべた俺は遠い目をした。


 あれだけやればそりゃあ名誉会員にもなれるわな。

 あれはまさしく狂気の域だった。

 竹取物語かよっつーね。


「わしはもうおしまいじゃ……」

「俺よりもこん棒の方が大事か? アンバー」


 その言葉でアンバーは、自分が今お姫様抱っこされていることにようやく気付いたようだ。

 俺の方を見た彼女の表情は、酷く混乱しているようだった。


「お、お主、それは……」

「アンバー、愛してるぜ」


 俺は彼女に深い口づけをした。

 周りが見ていようがお構いなしだ。

 俺がどれだけ心配したか、思い知らせてやる。


「きゃー、おあついわねぇ」

「おぉ、こいつやりおった!」

「……マジ?」


 エクレアさぁ……。

 彼女の前で恋人らしいところを何も見せてこなかったから知らないのも無理はないけど、そこまで引くことなくない?


「……ぷはっ。ハルト、心配掛けてすまんかったのう」

「これでおあいこだな、アンバー」

「そうじゃのう。むしろ大きな借りができた気分じゃ」

「それじゃあ今度いっぱい返して貰わないとな」

「うむ、考えておくわい……くしゅんっ!」


 アンバーは大きなくしゃみをした。

 すっかり忘れていたが、さっきの怪我でお腹が丸出しになったままだ。

 せっかく怪我が治ったのに、このままだと風邪を引いてしまう。


 俺はアンバーを降ろすと、レインコートを脱いで彼女に被せた。

 ついでにポーチからタオルを取り出して汚れたお腹と背中を拭いてあげる。

 いつもは子供扱いするなと怒るアンバーも、今日に限ってはされるがままだ。


「おおい、早く荷台に乗らんか! ギルドに帰るぞ!」


 トラックの運転席から、フライスが大声で俺達を呼んでいる。

 二人でイチャイチャしている間に他のみんなは帰り支度を始めていたようだった。

 アルメリアとエクレアも既に荷台の上に乗っている。


「帰ろうか、アンバー」

「そうじゃのう、お主。わしも流石に疲れたわい」


 そうして荷台に登った俺達に、エクレアが質問する。


「あんだけ騒いでたのに、こん棒は置いていってもいいの?」

「そ、そうじゃった! わしのくろがね丸ー!」


 俺達は真っ二つに折れたこん棒を回収すると、フライスが運転するトラックの荷台に乗ってその場を後にするのだった。

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