第26話 別れ

 宿から飛び出した俺達は、装具から取り出したバイクに乗り道路を走り出した。

 その隣を金魚鉢型のポッドに乗ったエクレアが並走する。

 ……エクレアの金魚鉢、こんなに速く飛べるんだな。

 

 雨天ということもあり道路を行く車の通りはまばらだったが、いくら急いでいるとはいえ信号を無視するわけにはいかない。

 事故を起こしてしまえばそれこそ大問題だ。


 赤信号で止まった俺は、エクレアにちょっとした質問をしてみた。

 今である必要はまったくないのだが、疑問を抱えたまま死にたくはなかったのだ。


「そのポッド、店に売ってるの見たことないんだが、どうやって手に入れたんだ?」

「金を積んでフライスに作らせたの。アンタの乗ってるバイクもアイツが作ったやつでしょ?」

「あのドワーフか……一体いくらしたんだ?」

「1億メルくらいかしらね」


 アメリカの戦闘機かよ。

 ダンジョンマスターの娘ってのはそんなに金持ちなのか?


「ブルジョワじゃのう」

「ダン族のセレブめ……」

「何よ、自分で稼いだ自分のお金よ。どう使おうが文句を言われる筋合いはないわ」 

「ギルド職員の給料ってのはそんなに高いのか?」

「お主、エクレアはこの街で唯一の現役Aランク探索者じゃぞ」

「何ぃ!?」

「どうしてそんなに驚くのかしら……」


 探索者がCランク以上に昇格する為には、ランクと見合った階層で十分な戦闘を行うことができることを証明する必要がある。

 つまり、Aランクの彼女は五層で十分な戦闘を行える能力があるということだ。

 なるほど、マーメイドならあの水中洞窟で狩りをすることも可能だということか。


「ギルド職員の仕事もあるだろうに、泊まり込みで狩りに行ってる暇なんてあるのか?」

「ほら、ダンジョンから水をみ上げているパイプがあるじゃない? あそこを使えば湖と五層を5分で往復できるのよ」


 言われてみれば、ダンジョンをぶち抜いて設置されているあの太いパイプは五層まで繋がっていたのだった。

 彼女はそうやって五層までショートカットしていたのか。

 道理でダンジョンの中で見ないわけだ。


「それ、ずるくない?」

「実力がない人間が行っても死ぬだけよ。ほら、青になったわよ」

「はいはい、行きますよー」


俺達は再び探索者ギルドに向かって走り出したのだった。



 それからしばらくして俺達は探索者ギルドの隣にある広い駐車場までやってきた。

 普段は業者が利用しているであろう、探索者ギルド裏口の搬入口付近には一台の4tトラックが止まっていた。


 その荷台の上には巨大な大砲のようなものが乗せられており、大砲の台座は金属製のロープで何重にもぐるぐると荷台に巻き付けられ固定されている。

 荷台の上では、二人のスク水を着たダークエルフが何やら作業をしていた。


「みんなお待たせ、助っ人を連れてきたわよ」

「あらぁアンバーちゃんにハルトくん、よくきたわねぇ」

「一体何なんだ? この巨大な魔道具は」

「これねー、アイシクルキャノン。このダンジョンで出土した統一帝国時代の戦略兵器だよーん」

「おいおい、ギガンティックタイタンには魔力耐性があるって話じゃなかったのか?」

「だから直接攻撃はしないで、関節部を氷塊で固めて動きを封じようと思っているの。今、術式を書き換えて着弾する直前に発動するように設定しているところよ」


 ミサイルの近接信管みたいなものか。

 この大砲にどれだけの威力があるのか気になるな。


「関節と言わずに、全身固めて動けなくすることとかできないのか?」

「無茶な改造だから何発まで撃てるのか分からんのだ、小僧」


 そう言いながら一人のドワーフがトラックの運転席から降りてきた。

 機械油に汚れたツナギを着たフライスだ。


 後になって分かったことだが、彼もまたプリメラさんの元パーティーメンバーだったようだ。

 つまり、彼がダンジョンから水をみ上げているあの太いパイプを作ったのだ。


 バイクもタダで貰っちゃったわけだし、フライスには足を向けて眠れないな。

 俺は彼にモモちゃんのおやきを押し付けたことを棚に上げた。


「みんな、術式の書き換え終わったよー」

「こっちも終わり。古い術式だったから苦戦したけど、間に合って良かったわぁ」


 荷台の上から二人のスク水ダークエルフが降りてきて、ようやく今回の作戦に参加する全員が揃った。

 いよいよギガンティックタイタン迎撃作戦の作戦会議が始まるのだ。


「準備ができたようね。じゃあ今からそれぞれの役割を決めるわよ」


 そう言うとエクレアは全員の顔を見回した。


「迎撃地点はアクアマリン市の北、レッドラインの直上よ」


 レッドラインはダンジョンの外周と同じ半径に敷かれた円状の赤い道路だ。

 ダンジョンマスターとサブマスターが活動可能な範囲を示す為のものである。

 彼らはダンジョンの外周と同じ半径の距離から離れることができない。

 実際に外に出ようとすると、見えない壁のようなものにぶつかってしまうそうだ。


 過去に魔導学院がゴブリンのサブマスターを箱に入れて実験したところ、見えない壁に押し潰されてミンチより酷いことになった後に、死体だけが範囲外に出ることができたらしい。

 当時のゴブリンには人権が無かったとはいえ、酷いことをするものだ。


「砲撃手はフライス。ギガンティックタイタンの手足を凍結させて動きを封じるのがアナタの役目よ」

「アイシクルキャノンにはFCSがないからな。器用さが一番高い儂が担当するべきだろう」

「動きを封じたらアンバーが手足を砕いて解体しつつ動力源を破壊して止めを刺す」

「それ以外にやりようはないからのう。作戦はシンプルな方が良いものじゃ」

「アタシとハルトはバックアップ要員。不測の事態が発生したら足止めをおこなって撤退の支援」

「俺のプロテクションと土属性スキルがあれば……何とかなるかな?」

「死にたくなかったら何とかしなさい」

「はい……」

「アルメリアは怪我人が出たら魔杖まじょうで治療をお願いできるかしら」

「任せて頂戴ちょうだい。こんなこともあろうかと、エクストラヒーリングの杖を引っ張り出してきたわぁ」


 そう言うとアルメリアは一本の豪奢ごうしゃな長杖を取り出した。

 よく見たら彼女の指にはいくつもの指輪がはまっていた。

 これ、全部装具なのか?


「じゃあそう言うことでいいわね。時間も押しているし、そろそろ出発しましょう」

「エクレアちゃん、わたしは?」


 そう言えばアイリスだけスルーしていたな。

 もしかして、彼女がまだ14歳の未成年だからだろうか。


「アイリス、あなたはここに残りなさい」


 そのアルメリアの言葉に、アイリスは困惑しつつも勢いよく反論した。


「どうしてハルトくんは良くてわたしは駄目なの!? わたしも一緒に行く!」

「あなたはまだレベル1でしょう。それに……万が一ということもあるわ。その時、店を継げるのはあなたしかいないのよ」

「でもママ……」

「愛しているわ、アイリス」


 二人はぎゅっと互いを抱き締めるとつーっと涙を流した。

 感動的な別れのシーンだ。

 二人が着ているのがスク水じゃなければな!


「わしは何というものを見ておるんじゃ……うぅ……」

「くっ……絶対に、絶対に死なせはせんぞ……!」


 俺の前でアンバーとフライスが貰い涙を流していた。

 これ、俺も何か言った方がいい感じ?

 ねえ、どうなのエクレアさん?


「……」


 冷めた目をしていたエクレアと目が合った。

 仲間を見つけた俺達は、無言で握手を交わした。

 なんだか少しだけ、彼女との距離が縮まった気がしたのだった。

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