第28話 ただいま

 ギガンティックタイタンとその核になっていたライトニングエレメンタルを倒した俺達は、事後処理を後方で待機していたギルド職員に任せて帰路についた。


 スク水ダークエルフ親子の感動の再会などを挟みつつも、俺達は探索者ギルドで一旦解散することになった。

 夜になったらみんなで「鬼の隠れ家亭」に集まって食事会をする予定だ。


 後遺症などがないか調べる為、探索者ギルドの二階にある総合病院でアンバーが精密検査を受けている間に、俺は病院のロビーにあった適当なテーブルでリジェネレーションについての論文を作成していた。


 こういった論文は探索者ギルドで精査された後に魔導学院に送られるそうだ。

 その成果によっては、魔導学院から報奨金や特許料なんかも出るらしい。

 ようやく手に入れたチートスキルとはいえ、人の命に関わることだしわざわざ秘匿する理由もない。


 俺は異世界うんぬんをにごしつつも、DNA理論についていくらか書き記した。

 習得したスキルがどこまで人体を治せるかについては、また後日確認する必要があるだろう。


 ある程度原稿が進んだところで筆を置いた俺は、ロビーの長椅子に腰掛けてアンバーが帰ってくるのを待つことにした。

 暇つぶしに俺は懐からギルドカードを取り出してステータスをチェックする。


 ハルト・ミズノ 18歳 ランクD 賢者ウォーロック Lv15

 魔力S 筋力E 生命力E 素早さE 器用さE

 

 先ほどの戦闘でレベルが1上がってレベル15に到達した。

 魔力成長率は5%ほどなので、これでおおよそ初期値の2倍くらいにはなっているだろう。

 職業も魔導士ウィザードから賢者ウォーロックに変わっている。


 賢者ウォーロックは攻撃魔法と回復魔法を使いこなす魔法のエキスパートだ。

 まあ職業欄は自分の認識で変わるものなので、ただのフレーバーテキストでしかないのだが。


 アンバーを助ける時に神頼みしちゃったから間違って聖職に就いていないか心配していたが、何も問題はなかったようだ。


 俺がギルドカードをいじっていると遠くからコツコツという足音が聞こえてきた。

 音の方向に顔を向けると、患者服を着たアンバーがこちらに歩いてきていた。

 どうやら、ようやく検査が終わったようだ。


「アンバー、どうだった?」

「ぴかぴかの健康体じゃ。虫歯で抜いた歯まで再生していて、お医者さんも驚いておったぞ」

「え、アンバー虫歯あったの?」

「ま、まあ昔ちょっとのう。今はちゃんとしておるから心配するでないぞ」


 辺境だとあんまり医療とか進んでなさそうだし、それも仕方のないことだったのかもしれない。


 そうだ、今度虫歯用の解毒スキルがないか調べてみるとしよう。

 彼女とのチューで虫歯菌が移っちゃったかもしれないからな。

 みんな忘れているようだが、俺は本当は0歳児なのだ。

 虫歯菌が常在菌として定着しないように対策しないといけない。


「まあいいか、早く宿に帰ってお風呂にでも入ろう」

「そうじゃのう、食事会に備えておめかししなければならないからのう」

「アンバーはそのままでも十分可愛いよ」

「あんまりおだてるでないわ」

「へへへ、ごめんごめん」


 そうして探索者ギルドを後にした俺達がギルドで借りた傘をさしてギルド近くのバス停でバスがくるのを待っていると、目の前に一台のタクシーが止まった。

 助手席の窓がキュルキュルと下がると、運転手が姿を現した。


「……よう、奇遇だな」

「カーターさん、どうして……」

「……乗りな、今日はタダにしておいてやる」


 カーター交通のカーター氏だった。

 彼はどうやら俺達のことを人伝に聞いて、待機していたようだった。


 俺達が後部座席に乗り込むと、タクシーはゆっくりと走り出した。

 雨の打ち付けるフロントガラスをワイパーが往復する音が響く。


「……あの時、探索者ギルドに避難していた市民の中には俺の孫夫婦も混ざっていたんだ。あいつらにもしものことがあれば、俺は死んだ妻に申し訳が立たない」

「カーターさん……」

「……お前達に命を救われた市民を代表して礼を言わせてくれ。ありがとう、本当に感謝している」

「身体を張った甲斐があったというものじゃ。のう、お主」

「そうだな……」


 ギガンティックタイタンを倒したのはアンバーだし、ライトニングエレメンタルに止めを刺したのは俺だ。

 それでも誰かが一人でも欠けていたら結果はまったく違ったものになっただろう。


 フライスが居なかったら暴走したギガンティックタイタンを止めることができなかった。

 エクレアが居なかったら俺はライトニングエレメンタルに殺されていただろう。

 アルメリアが居なかったらアンバーの応急処置ができず、治療が間に合わなかったかもしれない。

 それくらい、厳しい戦いだった。


 有り得たかもしれない未来を想像して不安に襲われた俺は、無意識にアンバーの手を握ってしまった。

 俺の緊張に気付いたのだろうか、アンバーはこちらを見てにこりと笑うとぎゅっと俺の手を握り返した。


 大丈夫、アンバーはちゃんと生きて隣にいるんだ。

 俺は目をつむると恋人繋ぎした彼女の手から伝わる命の鼓動をみしめた。


 車内には、サクレアのしっとりとした歌声だけが流れていた。



 しばらくして、タクシーは「鬼の隠れ家亭」の前に停車した。

 俺達はカーター氏に礼を言うと、タクシーから降りて宿の扉を押し開いた。

 そして扉を開く音に気付いてこちらに振り返ったモモちゃんに、俺達は――。


「ただいま!」

「ただいまなのじゃ!」


 ――笑顔でただいまの挨拶をしたのだった。

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