第23話 月光教の興廃

 背中に白い翼を持つ天使はかつて、バードマンの一種として扱われていた。

 エルフを超える魔力と器用さを持つ、純朴で優しい性質を持った有翼人。

 統一帝国時代、その有用性に目を付けた時の皇帝は彼らを医療従事者として活用することを考えた。


 飛行能力を有する彼らなら、誰よりも早く患者のもとへ駆け付けることができるだろう、という理由だった。

 その目論見は成功し、彼らは次第に医療を生業とするようになっていった。


 それから長い時を経て、統一帝国が崩壊する時がきた。

 圧政から解放された民がそれぞれ独自の勢力を乱立させると、中央大陸は瞬く間に戦禍に包まれていった。


 その渦中でも、心優しい彼らは変わらず医療に携わっていたが、戦乱の中で彼らに命を救われた者達は次第に彼らを天の使い、すなわち天使として信仰することで心の支えとするようになる。

 少数民族であった彼らの自然崇拝にならい、天に浮かぶ青白い月を崇拝対象とした月光教が誕生したのである。


 天使をようする月光教は時代の流れとともに、多くの宗教を飲み込み拡大していった。

 その最大の要因は、天使の中でも一部の者しか扱えない特殊スキルであるリジェネレーション、すなわち失われた肉体すら再生させる強力な回復スキルにあった。


 月光教の指導者達は、死者の蘇生すら可能とする神の与えたもうた奇跡とうたい信徒を集めることで、この中央大陸で大きな権力を手に入れることになる。


 戦乱の世にあっても一国の王すら指図することができるような強大な権力を得た月光教の指導者達は当然の如く堕落し、腐敗していった。

 そこにはもはや心優しい天使達の姿はなく、欲にまみれた堕天使ばかりが残されていた。


 そうして新たに月光教の指導者となった天使のマモンは、ダンジョンを世界を蝕む神敵として討伐するよう布告を出した。

 ダンジョンから得られる資源を手放すことは、必ず人類社会の衰退を招くだろう。

 その人々からの訴えに対して、彼は笑顔でこう言った。


 「君達の言い分はもっともだ。ならば対象を高ランクダンジョンのみに絞ろう。これはスタンピードの暴発を抑止し、人類の生存圏を広げる為の正義の行いだ」


 彼のペテンに騙された信徒達は、まんまとその口車に乗ってしまった。

 彼はダンジョンを討伐する勇気ある者達を聖人と呼び自身の私兵に変えていった。

 ダンジョンの死で起こるスタンピードは、信徒の動員による人海戦術によって鎮圧された。

 それによって多くの殉教者が出たが、お構いなしであった。

 なお、討伐したダンジョンから採取された宝珠は秘密裏に彼の宝物庫に収められていった。


 当然であるが、この彼の行いには教団内部でも多くの反発が起きた。

 ダンジョン討伐令の撤回を訴えた穏健派は、彼の抱える聖人という名の私兵によって弾圧され、異端として破門されていった。


 そうして化外けがいの地である西大陸に追放された彼らは、魔獣の栄える厳しい環境で互いに支え合い生きていく為の組織として、探索者ギルドを結成することとなる。

 その初代ギルドマスターとなったのが、後にダンジョンを支配する術を編み出すことになる天使の魔導士ウィザードアザゼルであった。


 それからというもの、月光教と探索者ギルドの対立構造は長く続いた。

 そんな中、探索者ギルドはギルドカードの開発と普及、そしてダンジョンマスターシステムによって得た豊富な資金力を活かした金融業によって、大きく勢力を拡大していくことになる。


 これを重く受け止めたマモンはギルドマスターであるアザゼルの暗殺を目論んだ。

 優れた魔導士ウィザードであったアザゼルはこれを難なく撃退したが、しかしこれは陽動であった。

 アザゼルは自身が支配するダンジョンの死によってそれを知ることになる。


 彼の目的は初めから、アザゼルの支配するダンジョンの討伐だったのだ。

 そうしてダンジョンの死によって起こったスタンピードによって、迷宮都市アザゼルは消滅することになる。

 瓦礫がれきと死体に溢れた街の上空で、アザゼルは復讐を誓った。


 10年後、月光教の総本山である聖都に現れたアザゼルは、そのたぐいまれなる魔導スキルによって月光教の指導者であるマモンとその配下達を次々と石像に変えていった。

 絶望的なまでのレベル差に、聖都を守護する聖人達は抵抗すらできなかった。


 瞬く間に聖都を陥落させた彼は全世界に対して月光教の禁教と棄教を強く訴えた。

 石像となった指導者達の私室から手に入れた、汚職と腐敗の証拠を公表した上でのことだ。


 探索者ギルドは聖職に就いた者に対して、全てのサービスの提供を停止した。

 ギルドカードの職業欄には、自身のもっとも強く認識している職業が表示されるようになっている。

 言葉ではいくら嘘を吐けても、自らは騙せない。

 指導者を失った信徒の探索者達は、生きる為に信仰を捨てていった。


 それから時が経ち月光教が下火となった頃、止めとなる事件が起こる。

 月光教の指導者達の石像を世界中の探索者ギルドの前に設置したアザゼルが「彼らは生きたまま永劫の苦しみを与えられ続けている」と言い残して表舞台から姿を消したのだ。


 探索者ギルドと敵対した者はなる。

 アザゼルの残したこの呪いによって、月光教とダンジョンの討伐はこの世界の禁忌とされるようになったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る