第22話 ジャイアント・ステップ

 ジャイアントは成人すると4メートルほどの身長になる世界最大の人種である。

 彼らは非常に頑丈かつ力持ちで、そして何よりも大食らいであった。

 古来より彼らは、その膂力りょりょくを頼りに建設業などに従事して身を立ててきた。


 しかしある時に起きた飢饉ききんによって、彼らは故郷を追われることになる。

 草の根すらかじらなければ生きていけないほどの大飢饉ききんだ。

 一人で二十人前の食糧を消費するジャイアントが国から切り捨てられるのは時間の問題だった。


 団結し、武器を取ったジャイアント達は国に対して反乱を起こした。

 だがいくら優れた肉体を持とうとも、スキルを使いこなし数で勝る多種族に適うハズがない。


 西の果てに追いやられたジャイアント達は、化外けがいの地である西大陸に追放された。

 そして国に逆らわなかった少数のジャイアントだけが、貴重な労働力として捨扶持すてぶちを与えられて生かされた。


 そうして迫害され、故郷を追われた彼らは復讐を誓った……りはしなかった。

 なぜなら、西大陸は何もしなくとも森から無限に食糧が湧いてくる魔獣の宝庫だったからだ。


 僅かな食糧を得る為に、尊大そんだいな小人どもにかしずかなくても良くなった彼らは、嬉々としてその厳しい環境に順応していった。

 こうしてジャイアント達は西大陸という新天地で、狩猟民族として一大勢力を築き上げることになる。


 さて、ガゴリウス氏の物語はここから始まる。

 首長の息子として生まれた彼は、非常に知識欲が旺盛だった。

 彼は常に持ち歩いていた大きなルーペを使って、中央大陸からきた小人の商人が持ってきた小さな小さな本を読み漁った。


 ジャイアントにとって、人間の書いた本は余りにも小さかったのだ。

 そうして歴史を学び、中央大陸でのジャイアントの扱いにうれいを覚えた彼は、ジャイアントの地位向上の為に立ち上がることを決意した。


 故郷を飛び出し海を越えて中央大陸に渡った彼は、実家から持ち出した家宝をティアラキングダムのオークションで売り払い莫大な資産を手に入れると、それを元手にしてジャイアントの労働力を派遣する人材派遣会社を起業した。

 そして彼がその根拠地として選んだのが、このアクアマリン市であった。


 彼は莫大な資産を投じてプリメラ・アクアマリンからこのダンジョンの宝珠を買い取ると、岩塊がんかい台地に大きな私設階段を建造した。

 これこそが現在俺達の目の前にある巨大階段、ジャイアント・ステップだ。



 俺達は岩壁を削るようにして作られた広く、長いレンガ造りの階段を降りていく。

 その見晴らしは非常に素晴らしいもので、緑色の狭間はざま平原に囲まれた岩塊がんかい台地の下層を一望できた。

 こうして見ると異界っていうのは本当に綺麗な円形をしているんだな。


 ゆっくりと長い階段を降りて下層まで着いた俺は、バイクを取り出してまたがった。


「外周は業者の縄張りじゃから、マップの中心部まで向かうんじゃぞ」


 いつものように俺の後ろに乗ったアンバーが、バイクの前にカーナビ代わりに付けていたギルドカードのマップを指差してルートを教えてくれた。


 アクアマレベリングの主要客層はアクアマリン市外からきた富裕層になる。

 だから安全が確保しやすくキャンプが可能な狭間はざま平原の近くで狩りを行うのが合理的なのだろう。

 ちなみにここでのパワーレベリングは4日間のツアー形式で行われているらしい。


 車に乗った顧客を連れてマーブルゴーレム狩りを行っているジャイアント達を遠目に見ながら、俺達は岩塊がんかい台地の下層を駆け抜けていく。

 そうして到着した岩塊がんかい台地の中心地には、10m近くもある大型のマーブルゴーレムがあちらこちらをゆっくりと歩き回っていた。


「久々にきたから結構溜まっておるのう。これは狩り応えがありそうじゃ」

「アンバーはいつもここで狩りをしているんだよね?」

「うむ。マーブルゴーレムの魔石の買値は全部一緒じゃからのう、ここはだーれも使わんのじゃ」


 2mのゴーレムと10mのゴーレムじゃ強さが桁違いだもんな。

 それでいて落とす魔石の価値が一緒じゃ、探索者達が敬遠するのも無理はない。


 俺達が話していると一体のゴーレムがこちらを視認したようだ。

 方向を変えてゆっくりとこちら向かって歩いてくる。


「見つかったな、どうする? アンバー」

「お主はここで待っているがよい。わしのかっちょええ戦いを見せてやるわい」


 アンバーはバイクから飛び降りてマーブルゴーレムに向かって走り出した。

 ビュンと勢いよくマーブルゴーレムに接近した彼女は、こん棒をして左足をガオンと吹き飛ばした。


 バランスを崩して前方にドーンと倒れ込んだマーブルゴーレム。

 アンバーはぴょーんと勢いよくジャンプすると、膝を抱えてくるくると前転した。

 頂点に達した彼女はこん棒を取り出すと、重力に引かれて落下していく。


「そりゃっ!」


 アンバーの強力な一撃がマーブルゴーレムの右肩を打ち砕いた。

 マーブルゴーレムは残った左腕で起き上がろうとするが、もう遅い。

 あっという間にマーブルゴーレムは四肢を打ち砕かれて無力化されてしまった。


 これが、彼女を最強たらしめる必殺コンボか。

 ハーフリングの速度から放たれる巨人の一撃。

 装具によって武器の重量を無視できるこの世界ならではの戦法だ。


「おーい、早くこっちにくるのじゃー!」


 ぼけーっと突っ立っている場合ではない。

 俺はバイクを動かすと彼女のそばまで近付いた。


「もう大丈夫なのか?」

「放っておけば再生するがのう、少しくらいは問題ないのじゃ」

「じゃあ、頼む」

「うむ」


 彼女が思い切りマーブルゴーレムの胸をこん棒で叩くと、胴体が二つに割れて魔石が露出した。

 ゴーレムは体内の魔石が外の空気に触れると倒した判定になるそうだ。


 あ、今のでレベルアップした。

 やっぱり昇格試験で経験値が溜まっていたみたいだな。

 アンバーは魔石をポーチに入れるとマーブルゴーレムの上から飛び降りた。


「アンバー、今のでレベル7に上がったよ」

「幸先いいのう。これは鍛えがいがあるわい」

「念の為聞いておくけど、いくつまでレベルを上げるつもり?」

「お主には四層に連れて行って貰う約束じゃろ? じゃからとりあえずレベル20くらいまでは上げておきたいのう」


 四層へ繋がるゲートのある異界には非実体系のエレメンタルが出現する。

 このエレメンタルは戦士殺しと言われていて、一切の物理攻撃が効かないのだ。

 その上、一定以下の魔力攻撃を無効化する性質さえある。

 スキルの扱えないアンバーが一人でこの異界を突破するのは非常に困難だった。


 こいつを倒す為には対象の魔物が持つランク(三層=Cランク)以上の火力が出る武器スキルや魔導スキルでエレメンタルの魔力体を削り切るしかない。

 俺の使うフレイムカノン改の魔杖まじょうはDランクだから、あそこの連中にはまー効かない。

 だから、あそこに挑む前には武器更新が必要になる。


 そしてエレメンタルは消滅すると、魔石の代わりにエレメンタルコアを落とす。

 これは魔杖まじょうなどに使われる属性ブースターのようなものだ。

 めちゃくちゃ高価なので、俺の使っている魔杖まじょうには使われていない。

 いつかは俺もエレメンタルコアを使った強力な杖を手に入れたいものだ。


「わしの予想じゃと、それで魔力がレベル100相当になるはずじゃ」

「そりゃあ楽しみだ。そしたらアイリスに新しい杖を作って貰わないとな」

「ええのう、せっかくじゃからパーティー名に合わせてこん棒型の杖にするのはどうじゃ?」

「ははは……」


 アンバー、俺とまったく同じことを考えてる。

 これは……決まりだな。


「さて、お喋りもいいけどそろそろ仕事をしようか」

「そうじゃの。いつものペースでじゃんじゃか狩るから、ちゃーんとついてくるんじゃぞ」


 そう言うとアンバーはいきなりビュンと走り出した。

 は、速い。

 彼女の背中があっという間に小さくなっていく。

 俺は慌ててバイクのアクセルを回してアンバーを追い掛ける。


「ま、待ってくれアンバー!」

「わしについてくるのじゃー!」


 千里の道も一歩から。

 俺は恋人に寄生して魔力チートへの道を歩み始めたのだった。

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