第21話 野獣の咆哮

 このアクアマリン市には無料で乗れる公共交通機関がある。

 なのにどうして一層で狩りをする探索者達が、徒歩でダンジョン内を移動しているのか疑問に思ったことはないだろうか。

 もちろん、それには確固たる理由が存在する。


 ダンジョン内に持ち込まれたアイテムは、大きなものほどダンジョンに飲まれやすい性質があるのだ。

 大型バスなんて持ち込んだ日には、1時間もしないうちにダンジョンに吸収されることだろう。


 だからあの白岩しらいわ採掘場にあった屋台も小さいものだったんだな。

 店によってはメニューを書いた看板だけ置いて、マジックバッグから商品を取り出して渡していたくらいだ。


 一応、素材に同じダンジョンで採取された宝珠を混ぜ込むことでいくらか耐性はできるようだが、このダンジョンだとそれも難しい。

 なぜなら、このダンジョンはここ416年間一度も踏破されていないからだ。

 きっと、ダンジョンコアルームには大量の宝珠が転がっているんだろうな。


 ダンジョンはダンジョン内で死んだ人間の魂を栄養源にして、ダンジョンの卵である宝珠を生成していると言われている。

 寿命を迎えて死んだ時に、貯め込んだ宝珠を次元の狭間はざまに産卵しているのだ。

 マジックバッグに宝珠を入れたらいつの間にか消滅しちゃうらしいし、俺もこの説にはかなりの説得力があると思う。


 魔導学院では人工的なダンジョンの孵化を長いこと研究しているようだが、これといった成果は見られてはいないそうだ。

 まあダンジョンは寿命が長すぎるからな。

 うなぎの養殖みたいに、そう上手くはいかないということだろう。



 翌日、Bランク探索者パーティー「こん棒愛好会」は二層の狭間はざま平原をバイクで駆け抜けていた。

 そう、「こん棒愛好会」である。

 俺的にはパーティー名は「ナポリ」とか「SO隊」とかが良かったんだが、アンバーの鶴の一声で「こん棒愛好会」に決まったのだった。


 まあ、パーティーのリーダーはアンバーだからな。

 恋人関係を長続きさせるには妥協が必要だ。


 せっかくだから今度、アイリスにこん棒型の魔杖まじょうでも作って貰うか。

 俺は未だにこん棒愛好倶楽部に入ることを諦めていなかった。


 狭間はざま平原を抜けた俺達は、二層にある岩塊がんかい台地までやってきた。

 ここは二層と三層が混ざり合った珍しい異界で、2~4mのゴーレムが出現する上層と5~10mのゴーレムが出現する下層がシームレスに繋がっている。


 ダンジョンは生き物なので、たまにこういった突然変異的な異界が発生すると「迷宮珍百景」という本に書いてあった。

 これ、結構面白いのでお勧め。


 それはさておき。

 俺達が一枚の広大な岩盤の上をバイクで走っていると、あちらこちらでゴーレム狩りをする探索者達の姿が見えてきた。

 そのほとんどが鈍器で武装して、マーブル色のゴーレムを殴りつけている。


 この岩塊がんかい台地上層は戦士職の楽園だった。

 飛び散る汗、弾ける筋肉……。

 と、そのうちの一人に見覚えのある男の姿が見えた。


「アンバー、少し寄り道していい?」

「別にええが、一体どうしたんじゃ」

「ちょっと知り合いを見つけてな……」


 俺はバイクをUターンさせると、マーブルゴーレムの残骸の前で歓談していたとある探索者パーティーの前で停車した。


「よう、ライン。元気か?」

「ハルトじゃないか。……それと、アンバーさん。あの時はうちのリジーが――」

「謝らんでええ。おかげさまでこやつとパーティーを組むことになったからのう。むしろ感謝しているくらいじゃ」

「そうか、それならいいんだが」

「ライン、その人たちは?」


 ラインの周囲には男ウケしそうな体付きをした三人の獣人が並んでいた。

 俺の質問に彼らは顔を見合わせると筋肉を見せつけるようなポージングを取った。


「俺達は!」

「Dランク探索者パーティー!」

「野獣の咆哮!」

「だっ!」


 何でラインまでやってるんだよ。

 順応するの早くないか?


 聞いたところによると彼らはとある会員制サウナで出会った友人で、以前からDランクに昇格したらうちに加入しないかと誘われていたらしい。

 なるほどね、おホモだちというわけだ。


「それで、リジーはどうなったんだ?」

「ああ、彼女は……引退した」


 そう言うと彼は表情をくもらせた。

 まさか、そんなつもりじゃ……。


「実は以前からキープしていた男がいたらしくてな、結婚すると言っていた」

「えぇ……」


 気に病んで損したわ。

 俺の心配を返しやがれ、あのメスガキ。


「まあ、あいつらしいと言えばあいつらしいか。教えてくれてありがとう、ライン」

「また今度酒でも飲みに行こう。一昨日の魔石も渡さないといかんからな」

「そいつは祝儀しゅうぎ代わりにリジーにくれてやってくれ。じゃあ、またなー」

「分かった。また会おう、ハルト」


 聞きたいことも聞けたので、俺は彼らに別れを告げて走り出した。

 笑顔で両手を振る4人のオトコ達に見送られながら……。

 今度の飲み会はアンバーを一緒に連れて行こう。

 俺はそう固くケツ意した。


「良かったのう、お主。心配しとったんじゃろ?」

「これで心残りも無くなった。心機一転、二人で一緒に頑張っていこうな」

「うむ。任せるがよい」


 そうして岩塊がんかい台地上層を抜けた俺達は、下層に続く階段のあるレンガ造りの広場までやってきた。

 そこでは何人ものジャイアント達がキャンプを行っていた。

 彼らの着ている服にはでかでかと「アクアマレベリング」というロゴが描かれている。


 俺達がバイクから降りると、そのうちの一人のジャイアントが話し掛けてきた。


「アンバー殿、ご無沙汰しております。そちらの方が例の?」

「うむ。わしの新しいパーティーメンバーのハルトじゃ。これからしばらくはここで過ごすでのう、よろしく頼むぞ」


 例のってどういうこと?

 ちょっと気になるが、とりあえず挨拶しておくか。


「初めまして、ハルト・ミズノです。えーと、あなたは」

「私はアクアマレベリングのグリムと申します。アンバー殿が居れば必要はないでしょうが、一応規則ですのでお渡ししておきます」


 A3サイズのでかい名刺を渡された。

 見ると、どうやら彼らは仕事で探索者や一般市民のパワーレベリングを引き受けているらしい。

 料金表を見るとかなーりお高いが、その分だけのリターンはあるようだ。

 俺がBADルートに入っていたら、彼らのお世話になっていたかもしれないな。


「こやつらはみな、こん棒愛好倶楽部の会員なんじゃ。ここではいくらでもこん棒を振るう機会があるからのう。天職というやつじゃの」

「へぇ、そうなんだ」

「アンバー殿はこん棒愛好倶楽部の名誉会員なのですよ」


 名誉会員て。

 まああのこん棒愛を考えたら、それくらいでもおかしくないか。

 今使っているこん棒もこん棒愛好倶楽部の会長をしているガゴリウス氏から授与されたものらしいからな。


 ちなみに、ガゴリウス氏は一代で世界に名だたる大企業「ジャイアント・ホールディングス」を立ち上げた天才実業家だ。

 地球で言うところのビ〇・ゲイツに相当する大物である。

 彼について話す前に、まずはジャイアントの歴史について語らなければならない。

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