第15話 猿鬼渓谷
山の上に出現した魔物は谷間に溜まり、群れを作る。
そして、一層の温い環境に慣れ切った愚鈍な探索者達に襲い掛かるのだ。
俺達は走ってA-3と書かれたプレートが壁に設置された道に突入した。
それから1分もしないうちに目前に2体の魔物が現れる。
緑色の毛色をした猿、グリーンエイプだ。
「ハルト!」
「マナバレット!」
俺が数発のマナバレットを打ち込んで怯ませた隙に、1匹をリジーがナイフで切り裂き、もう1匹をラインがメイスで叩き潰した。
俺達はさっと魔石を回収して走り出す。
「エリアソナー! うわ、うじゃうじゃいやがる……!」
索敵スキルを放ったリジーが眉を歪める。
「いいから数だけ教えろ!」
「とにかく沢山だ! くるぞ!」
渓谷の上からガサガサと音を立てながらグリーンエイプが降りてくる。
多い、多いぞ……!
「壁際に集まれ! ハルト、壁を張れ」
「分かった。ストーンウォール!」
三人が集まったところで俺が魔力を込めて半円状にストーンウォールを張ると、グリーンエイプ共が石の壁に集まってガリガリと爪を立ててくる。
「からの……ストーンニードル!」
操作権はまだ手放していない。
俺は石の壁を針山に変えてグリーンエイプ共を串刺しにした。
すぐに石の壁を降ろすと、リジーとラインが飛び出して残党狩りをする。
「よし、この辺りの魔物は全部狩り尽くしたか」
「まだまだ始まったばかりだ。魔石を回収したらすぐに先に進むぞ」
俺の足元には石の流体が
イメージ的にはケイネス先生の使う水銀の劣化版みたいな感じだ。
常に精神力は使うが、作り直して魔力を消耗するよりはマシだ。
大丈夫、沢山練習したんだ。
1時間くらいはなんとかなるだろう。
魔石を回収して少し進むと、1匹の魔物が俺達の眼前に立ち塞がった。
筋骨隆々の緑色のゴリラ……グリーンゴリーラだ。
二層では6つの異界にそれぞれ2種類の魔物が出現する。
当然、一層までとは同じようにはいかなくなるのだ。
ラインは魔物の真正面に立つと、盾を構えて向かい合う。
今までの魔物とはオーラが違う。
じりじりと近付くラインに痺れを切らしたグリーンゴリーラがダッと地面を蹴って突っ込むと、ラインにテレフォンパンチをお見舞いする。
「シールドパリィ!」
ラインのシールドパリィが完全に決まった。
グリーンゴリーラが体勢を崩すと、ラインがリジーに呼び掛ける。
「今だ! リジー!」
「アサシネイション!」
背後に回ったリジーが短剣スキルでグリーンゴリーラの首筋を掻っ切る。
どさりと前に倒れ込んで消滅していくグリーンゴリーラをリジーが蹴飛ばした。
「ケッ、雑魚め」
「リジー、索敵はどうした」
「あ、ごめんごめん。エリアソナー! ……やばい、もう後ろの方が埋まってきてる」
「この魔石は諦めるべきだな。先を急ごう」
「あーあ、勿体ねー」
この流れを何度繰り返しただろうか。
走りすぎて流石に疲れてきた。
「はぁ、はぁ、後どれくらいだ……」
「後ちょっとだ……エリアソナー! やべぇ、後ろの連中がそこまできてる!」
「まずいぞリジー、前方からゴリラ3体だ」
ここにきて最大のピンチが訪れた。
後門のグリーンエイプ、前門のグリーンゴリーラだ。
「やるしかないか……ハルト、プランCだ」
「分かった……キャッスルウォール!」
俺は足元にあった石の流体の操作を手放すと、魔力をつぎ込んで谷間を塞ぐ巨大な城壁を作り出した。
ネズミ返しも作ってあるからこれを乗り越えるのは容易ではないだろう。
「あと3だ!」
「一発撃ち込んだらその隙に脇を抜けるぞ!」
「りょうかーい」
残魔力はフレイムカノン3発分しかないから、これ以上の無理はできない。
「フレイムカノン!」
3匹のグリーンゴリーラのうち1匹が火柱に包まれると、右にいたもう1匹も火炎に巻き込まれた。
畜生、1匹が無傷で残ってる。
「俺が盾になる! アトラクト!」
ラインが盾を構えて突撃すると、グリーンゴリーラが反応して殴り掛かってくる。
ガンガンと殴りつけるたびに彼の持つ盾が歪んでいく。
「今のうちに……早く!」
「ああ!」
ここにきて俺の素早さEが足を引っ張っている。
ようやくグリーンゴリーラの脇を抜けた俺は、マナバレットでグリーンゴリーラのヘイトを取った。
「助かる、ハルト!」
「今のうちだ、行くぞ!」
俺はマナバレットを連射して動きを止めつつ距離を取ると、バッと反転して走り出した。
後ろからドカドカとこちらを追い掛ける音がする。
「ひえー、厳しい」
俺は走りながらポーチからマジックボムを取り出して安全ピンを引っこ抜いた。
レバーを握ってちょっぴりだけ魔力を込めてから足元に転がす。
数秒後、パンと音がして足音が止まった。
「持ってて良かったマジックボム!」
「出口が見えたぞ!」
リジーの声に前を向くと、渓谷の先に緑の草原が見えてきた。
俺は滑り込むように飛び込むと、ゴロゴロと草原を転がった。
「つ、着いた……」
「おい見ろ、ゴリラが止まったぞ」
リジーの声に釣られて渓谷の方を見ると、渓谷の出口から1匹のグリーンゴリーラがこちらを見つめていた。
魔物は自分の住む異界から出られない。
彼らが外に出るにはダンジョンが死ぬか、誰かが連れ出すしかないのだ。
俺は寝転がりながら長杖を取り出すと、フレイムカノンを渓谷の出口に突っ立っているグリーンゴリーラに撃ち込んだ。
ドーンという音とともにグリーンゴリーラが火柱に包まれる。
「ハルト、なぜ倒す必要がある。帰りの為にも魔力は節約した方がいいだろう」
「どうして出口付近に3体もグリーンゴリーラがいたと思う? それは前の連中がトレインしたからだ。そいつらは今頃きっと不合格になっているだろうさ」
ここは試験でよく使われるルートの一つだ。
だから次に試験を受ける人の為にも後始末をしておいた方がいいだろう。
それなら谷間を塞ぐあの巨大な壁はどうなんだって?
あれはもうダンジョンに吸収されて消えてるよ。
そうでもなければ、あんな方法は取れなかった。
「ま、金になるんならそんなことどうだっていいよ」
そう言ってリジーは魔石を拾いに行った。
さっきの一発で魔力もすべて無くなった。
後は虎の子のマジックポーションとマナバレットで何とかするしかないな。
俺が杖を仕舞うと、すぐにリジーが帰ってきた。
「はー、疲れた。早く帰ろうぜー」
「リジー、少し休んでからでいい……?」
「歩けないようなら僕がおんぶしてやってもいいが」
「それは遠慮させてもらう」
こいつがノンケでもホイホイ喰ってしまうホモ野郎であることを俺は忘れていなかった。
ボディータッチは厳禁だ。
水を飲みながら10分ほど休憩した俺達は、
ここは一層へのゲートからほど近く、多くの上級探索者達が深層への移動に利用している為に安全度が高い。
数匹のグリーンエイプには襲われたが、難なく撃退して帰路につくのだった。
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