第16話 小さな巨人

 ダンジョンのサブマスターにはダンジョン内を観察できる能力がある。

 昔は人力で探索者の管理を行っていたようだが、現在は専用の大型魔道具によってGPSのような方法で管理しているそうだ。

 なので、ダンジョン内でうんこをしても見られる心配をする必要はない。


 通常は昇格試験中の探索者や未登録の人間などがサブマスターの監視対象となる。

 当然であるが、彼らの死亡リスクは非常に高い。

 その多くが、サブマスターの目の前で命を落とすことになる。


 探索者ギルドの職員は常に多くの人間の死と向き合っている。

 だから俺達探索者はギルド職員に対して強い敬意を持っている。

 彼女達こそが探索者の生を繋ぐ、最後の命綱であることを知っているからだ。


「私共探索者ギルドは『金色きんの調べ』の皆様を正式なDランク探索者として認定致します」


 俺達がギルドカードを懐から取り出して受付のテーブルに置くと、職員の人魚さんがギルドカードを一枚一枚、指ででた。

 情報の更新が終わったので、ギルドカードを手に取ってステータスを見る。


 ハルト・ミズノ 18歳 ランクD 魔導士ウィザード Lv6

 魔力S 筋力E 生命力E 素早さE 器用さE


 あれだけ狩ったのに1レベルも上がらなかった。

 試験の途中でレベルアップしていたら魔力が回復して楽になったんだが、そうも上手くはいかないか。


 何にせよ、これで俺もDランク探索者だ。

 目標にまた一歩近付いたな。

 俺達がステータスを見ていると、職員の人魚さんが一冊の冊子を渡してきた。


「こちらの冊子にDランク探索者の受けられるサービスが載っていますので、時間のある時に確認してください」


 Dランク探索者に昇格した者は、多くの行政サービスで優遇措置を受けられる。

 具体的には保証人なしで銀行口座の開設や賃貸の契約、ローン契約などが行える。


 身内のいない施設上がりの探索者にとって、これほどありがたいものはない。

 もちろん、それは異邦人の俺にも言えることだが。


「昇格試験、お疲れ様でした。皆様のこれからの活躍に期待しています」


 俺達は職員の人魚さんに礼を言って受付から離れた。


「あー疲れた。酒飲みに行こうぜー」

「もう夕方だから魔石の換金はまた今度でいいか。行くぞハルト」

「あいよー」


 試験で死ぬほど疲れた俺としては、今すぐ宿に帰って寝たいんだけどな。

 本当、飲みニケーションは面倒臭いなぁ。


 俺達がロビーを歩いていると、目の前に一人の少女が現れた。

 腰まで伸ばしたふわふわの金髪に琥珀色の瞳。

 そう、アンバーだ。


「おお、ハルト。奇遇きぐうじゃのう。そやつらがお主のパーティーメンバーか?」

「アンバー……」


 非常にまずいことになった。

 俺はこいつらにアンバーのことを一切伝えていなかった。

 なぜなら、会わせたらロクなことにならないだろうことは目に見えていたからだ。


「こいつ知ってる。出来損ないのハーフリング、小さな巨人リトルジャイアントのアンバーだ。まーだ探索者やってたなんてねぇ。さっさと結婚して引退したらいいのに。あ、魔力ないから無理なんだっけ? かわいそー」


 リジーの口から次々と飛び出す毒に、俺は苦虫をみ潰したような顔をした。

 最悪だ。

 アンバー、すまねぇ……。


「アンバー、ごめんな。俺のパーティーメンバーが……」

「どーせ底辺探索者のひがみじゃろ? それくらい分かっておるわい」


 アンバーの返しに今度はリジーが苦虫をみ潰したような顔をした。

 ざまぁ見やがれ。

 これがBランク探索者の余裕というものだ。


「まあその様子を見ると昇格試験には問題なく合格して、これから祝勝会といったところじゃろう。ならばお邪魔虫はここらでおさらばじゃ。またのう、お主」

「あ、うん」


 気のない返事に彼女は一つ頷くと、背中を向けて歩いていった。

 俺はただ、去っていくアンバーの後ろ姿を見送ることしかできなかった。


「チッ、これだから金持ちはムカつくんだ。いつもあたしを見下しやがる……」

「リジー。いつも言っているが、面と向かって他人の悪口を言うのはやめなさい」

「フン、知ったことか。酒場であることないこと言い触らしてやる」


 こいつ、反省してねぇな。

 俺がラインに目配せすると彼はリジーの首根っこを掴んで猫のように持ち上げた。


「あっ、何するんだよ!」


 俺は宙ぶらりんになったリジーに目線を合わせて、落ち着いた声でゆっくりと語り掛ける。


「リジー、アンバーは俺にとってとても大切な人なんだ。だから、彼女の悪口を言うような真似をされると困るんだよ」

「へー、あんたはあんなのが好みってわけ。あんな出来損ないなんかよりあたしの方が百倍いいのに。乗り換えた方がいいんじゃない?」


 言ったな? 俺の前で、アンバーの悪口を。

 俺はフレイムカノンの杖を取り出すとリジーの頬にぐりぐりと押し付けた。


「次に俺の前で彼女の悪口を言ってみろ。――消し炭にしてやるからな」


 俺は黙って彼女を睨み続ける。

 最初はヘラヘラしていたリジーにも、次第に俺の本気が伝わったらしい。

 彼女は青ざめたような表情を浮かべてこちらに疑いの目を向ける。


「……おい、正気か? 探索者に殺しはご法度だぞ?」

「ダン族の俺とチンケな不良探索者、ギルドがどっちを取るか見物みものだな。もっとも、その時お前は死んでいるだろうがな」

「分かった、分かった。あたしが悪かったよ。ごめん、謝る。だから許して……」

「……今回だけだからな」


 俺が杖を仕舞うと、ラインは手を離してリジーを解放した。

 床にべちゃっと落ちたリジーは、体に付いたゴミを払い落とすような仕草をして立ち上がった。


「そういうわけだから、俺はこのパーティーを抜けることにする。悪いな、ライン」

「あれだけ世話になったというのに。すまんな、ハルト」

「いいさ、お前らには十分稼がせて貰ったからな」


 俺とラインのやり取りを黙って見ているリジー。

 何だよ、パーティーの解散なんていつものことだろう。

 そんな顔するんじゃない。

 まるで俺が悪者みたいじゃないか。


 俺はこのメスガキが嫌いだ。

 正直、こいつがこれからどうなろうと知ったことじゃない。

 ……だけど、それでも一度は仲間になったんだ。

 俺は最後に一つだけ、彼女に忠告することにした。


「リジー、俺達は今日からDランク探索者だ。駆け出しじゃない、一人前の探索者。だからこれまで笑って許されていたことが許されなくなることもあるんだ。それを忘れないで欲しい」


 俺の言葉にリジーはバツの悪そうな顔をした。

 こういう時、正論が一番心に刺さるからな。

 効くかどうかは知らないが、良い薬にはなっただろう。


「じゃあな、ライン、リジー」

「ああ、達者でな。ハルト」

「……じゃあな」


 俺は彼らに別れの言葉を告げると、ギルドの外に向かって歩き出した。

 行かなきゃならない場所があるんだ。


 俺は、アンバーのことを良く知っている。

 だからきっと彼女は今、あそこにいる。

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