第17話 告白

 夕日に照らされた階段を、コンコンと足音を立てながらのぼっていく。

 そうして探索者ギルドの屋上に辿り着いた俺は、展望テラスを隅々まで見渡した。


「……やっぱりここにいたか」


 屋上の中心にある鐘のない鐘楼しょうろうの下に、一人の少女が膝を抱えてうずくまるようにして座っていた。

 俺が近付くと、その足音に気付いた少女は顔を上げた。


「どうしたんだよ、そんなに泣いちゃってさ。お目目が真っ赤じゃないか」

「お主、どうして……」

「理由が必要か?」

「だって、パーティーの仲間はどうしたんじゃ」

「パーティーは抜けてきたよ」

「わしのせいか、すまんのう……」

「元々、いつかは抜けようと思っていたんだ。それが今日になっただけのことさ」


 そう言って彼女の横に腰を下ろした俺は、ただ静かに遠くの空を眺めた。

 空は綺麗な夕焼けに赤く染まっていた。


 しばらく経つと、アンバーはぽつりぽつりと零すように話し出した。

 それは彼女がこれまでずっと内に秘めていた、過去の話だった。


「わしはのう、ここではない西の大陸で生まれたんじゃ。雪深い高地にあるハーフリングの里。厳しい環境で暮らしていたひ弱なハーフリング達は何よりも魔力の高さをとうとんだ。じゃからわしが産まれた時、それはそれは落胆したじゃろうな。物心ついた時には、既にわしの両親はおらんかった……」


「わしの育ての親であった長老は、探索者の両親は旅に出たと言っておったが、そんなの大嘘じゃ。里のみなは出来損ないのわしを捨てて逃げ出したと言うておる。……そうじゃ、わしは出来損ないのハーフリング。リトルジャイアントのアンバーじゃ」


 俺はそうは思わない。

 良いじゃないか、リトルジャイアント。

 力持ちのアンバーにピッタリのあだ名だ。


「わしは里ではいじめられたりはしなかった。里のみなはわしの力を恐れたのじゃろう。わしがその気になればひ弱なハーフリングなどイチコロじゃからな。じゃが……腫れ物を触るように接してくる彼らの態度が、わしには何よりも辛かったのじゃ」


「わしは成人も待たずに里を飛び出して探索者になった。レベルを上げて魔力を増やしたらきっと彼らにも認められると思ったのじゃ。じゃが、そうはならなかった」


 アンバーは俺にギルドカードを見せてきた。


 アンバー 20歳 ランクB 狂戦士ベルセルク Lv109 

 魔力E 筋力S 生命力A 素早さA 器用さD


 つ、強い……。

 一体、これの何が不満なんだ。

 俺なんてデコピン一発で吹っ飛んじゃうぞ。


「どれだけ頑張ってもわしの魔力が増えることはなかった。ゴブリンでさえレベル70を越えればDくらいにはなるというのに、わしの魔力はレベル100を越えてもEのままじゃ。もう、わしは疲れたのじゃ……」


 長い身の上話が終わると、アンバーはまた膝に顔をうずめてしまった。

 普段の彼女からは想像もできないほどの弱々しい姿だ。


 こんなこと、今まで誰にも言えなかったのだろう。

 ずっと辛かっただろうに、それを隠して気丈に振る舞っていたのだ。


 こうなったら俺も一歩踏み出さなければならない。

 そうでなければここにきた意味がない。

 そうだろ? ハルト・ミズノ。


 日がすっかり落ちて青白い月に照らされる中、俺は彼女に自分の秘密を明かすことにした。


「アンバー、今度は俺の身の上話も聞いて欲しいな」


 俺がそう言うと彼女は膝から顔を上げてこちらを見た。

 何だよ、やっぱり興味あるんじゃないか。


「わしも、お主の故郷には興味がある。余り詮索せんさくするようなものではないと思っておったから聞かずにはいたが……本当にいいのか?」

「もちろんさ。最初に会った時、俺はカワサキからきたって言ったよね。あれは半分嘘で半分本当のことなんだ。本当は地球というこことは違う別の星の、カワサキという地方からやってきたんだ」


 俺はそう言って遠くの星空を指差した。

 実際に空を飛んできたわけではないが、それは別に良いだろう。


「星……あの空に浮かんでいる星のことかのう。それは驚きじゃ。じゃが一体どうやってこの街にやってきたというのじゃ?」

「俺もどうやってきたのかまでは分からない。だけどこの世界にきてすぐにダンジョンの中で死んだことだけは確かだ」

「死んだ? お主は今も生きてわしの隣に座っておるじゃろう。まさか、本当は幽霊とでも言いたいのか?」

「違うよ。俺はここでは帰還者リターナーと呼ばれている存在なんだ。ダンジョンに生み出された人の形をした出現品ドロップアイテム。プリメラさんがごまかしてくれたけど、俺の本当の年齢は0歳。生まれたばかりの赤ん坊さ」

帰還者リターナー……噂には聞いたことがある。まさか本当におったとはのう……」

「それでな、実は帰還者リターナーには特別なギフトがあるんだ。それが、成長率を含めたステータスの極振り。俺はレベルが上がっても魔力以外何も成長しない特異体質だ。後は、分かるだろ?」


 俺の告白を聞いたアンバーはすぐにその重要性と危険性に気付いたようだ。

 とはいえ彼女は賢いから俺の言葉を全て鵜吞みにするようなことはしないだろう。

 エクレア辺りから裏を取るくらいはするだろうな。


 それはいいとして、ここから先が本題だ。

 俺は困惑する彼女の手を取って語り掛けた。


「アンバーが自分の生まれにコンプレックスを持っているのはよーく分かった。それが絶対に解消できないということも。……それでも、抱えた劣等感を克服する為の手伝いだけはできる」

「克服する為の、手伝い……」

「魔力をまったく持たないアンバーと、魔力だけは人一倍持っているハルト・ミズノ。俺達二人の子供ならぴったりだ。そうは思わないか?」

「お主、自分が割とキモいことを言っている自覚はあるか?」

「今大事なところなんだから冷静なツッコミ入れないで欲しい」

「す、すまぬ」

「とにかく、俺はアンバーのことが大好きだ。だから俺の恋人になってくれないか」


 俺の突然の告白に、彼女は面食らってしまったようだ。

 ぽかんと口を開けて呆けている。

 これは早まったか……?

 いや、まだだ。今こそ男を見せる時だ!


 俺がアンバーにそうっと身を寄せると、彼女はびくりと身を震わせた。

 無言で見つめていると、彼女は少しの躊躇ためらいの後にその琥珀色の瞳を閉じた。

 二人の影はゆっくり重なり、そして離れた。


「……わしはハーフリングじゃ。乳のでかい女が好きなお主を満足させることもままならないじゃろう。それでもいいのか?」

「好きな女の為ならロリコンにだってなってやるさ。それが愛に生きるってことだろう?」

「まったく、しょうがないやつじゃ。しょうがないから、付き合ってやろう。わしは重い女じゃから、相応の覚悟をしておくんじゃな」

「うそ、こんなに軽いのに?」

「や、やめんか! れでぃーを子供扱いするでない!」


 鐘のない鐘楼しょうろうの下でじゃれ合う二人を、青白い月だけが見つめていた。


 こうして俺達は恋人になった。

 その後のことを語るのは、野暮やぼというものだろう。

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