第8話 お買い物デート(後編)

 ランチを終えた俺達は適当に出店を冷かしながら商店街の奥までやってきた。

 魔道具工房バタフライ。今日はここで探索用の杖を購入するのである。

 アンバーが蝶のデザインのあしらわれた扉を開くと、扉に付けられたベルがカランカランと音を鳴らしてこの店の主人に入店を伝えた。


「いらっしゃーい、今ちょーっと手が離せないから、少し待っててねぇー」


 作業台に向かって何やら細工をしていたのは銀色の髪をした褐色肌の女性だった。

 桃色の瞳を持つ彼女は紺色の布地をした服を身に着けており、その大きな胸の形がくっきりと見えた。

 そして編み込まれた銀髪の両端からは細長い耳が飛び出している。

 もしかして、ダークエルフだろうか。


「ダークエルフのアルメリアじゃ。こやつはわしの知る中でも一番の魔道具職人での、まあちょっと性格に難はあるが……」


 こっそりアンバーが教えてくれた。

 やっぱりダークエルフだったらしい。

 この世界のダークエルフがどのような扱いを受けているかは知らないが、巨乳は正義だからな。

 ほんのちょっぴり性格に難があったとしても、ぜひお近づきになりたいものだ。


 店内には何に使うのか分からないようなアイテムがごちゃごちゃ並べられていた。

 付いている値札を見る限り結構高価なものもあるようだが、防犯は大丈夫なのだろうか。

 あれこれ見て回っていると、仕事を片付けた店主が声を掛けてきた。


「お待たせー。あら、アンバーちゃんが男連れなんて珍しいわねぇ」

「まったく、どいつもこいつも絵に描いたように同じ反応をしよるわい。わしのことを一体何だと思っておるんじゃ」

「ふふっ、こんなにおめかししちゃって、おませさんなんだから」


 からかわれたアンバーのほっぺたが赤くなった。

 俺もなんだかちょっぴり恥ずかしくなってきたな……。

 アンバーは恥じらいをごまかそうと、俺に挨拶するよううながしてきた。


「ほれ、ハルト。自己紹介するんじゃ」

「新人探索者のハルト・ミズノです。今日はこちらに探索用の杖を買いにきました」

「わたくしは魔道具工房バタフライの店主のアルメリアよ。よろしくねぇ、ハルトくん。まずはギルドカードのステータスを見せてくれるかしら?」


 俺はギルドカードをいじってステータスを表示すると、アルメリアに手渡した。

 彼女は俺のステータスを確認すると、ふんふんと頷いた。


「なるほどねぇ。アンバーちゃんがうちに連れてきた理由が良く分かったわ。これは並みの店じゃ手に負えないわねぇ」

「そ、そんなに酷いステータスですか?」

「そうじゃなくて、魔力が高すぎるって意味よ。ハルトくん、魔杖まじょうが何の為にあるか知っているかしら?」

「いえ、全然……」

魔杖まじょうは元々、低いステータスしか持たない者が高ステータスの者に対抗する為に作られたものなのよ」


 彼女は机の上に転がっていた杖を手に取って、杖に付けられている魔石を指ででた。


「だから魔杖まじょうには必ず魔石を付けるアタッチメントが存在しているし、器用さを補正する為に簡易的なFCS(射撃統制システム)が組み込まれているの。この発明は文字通り、世界に革命を起こしたわ」


 地球で銃が開発されて刀槍が駆逐されたように、か……。

 人類の歴史を考えたらそのの過程でどれだけの血が流れたのかは容易に想像ができるだろう。


 とはいえ、地球と違ってこの世界にはスキルが存在する。

 強力な魔杖まじょうを使うなら必要になる魔石代も馬鹿にならないだろうしな。

 魔杖まじょうも決して万能ではないということだ。


「ただの道具として使うのなら企業の量産品でも十分だけど、魔法職の使う武器としては落第点。命を預ける武器なんだから、個々のステータスに合わせた専用のものを用意するに越したことはないわ。わたくし達魔道具職人クラフターはその為にいるのよ」

「……と、いうわけじゃ。今日はここでお主専用の装備を見繕みつくろうぞ」


 専用装備、良い響きだ。

 赤く塗ったら通常の三倍の速さになったりしないだろうか。


「早速だけど、地下の射撃場に案内するわ」


 そう言うとアルメリアは俺にギルドカードを返して椅子から立ち上がる。

 すると彼女の身にまとった服装、その全体像が初めて目に入った。

 レオタードのような紺色の布地が身体にぴっちりと張り付いている。

 ハイレグから覗いたすらりとした褐色の生足に、思わずゴクリとつばを飲んだ。


「……ってこれスク水じゃん!?」

「ああこれ? わたくし、海育ちだから泳ぐのが大好きなの。だからいつでも湖で泳げるように水着を着て生活しているのよ」

「今どき水着で生活している人間なんてマーメイドくらいのものじゃぞ」

「ええー? そうかしら? 結構男受け良いんだけどなぁ。ハルトくんもそう思うでしょ?」

「そ、それは……」

「ハルト、こやつはこう見えて何十人も子供がいる筋金入りのビッチじゃぞ。悪いこと言わんから止めといたほうがええ」

「わたくしはこの店の跡継ぎを作っているだけよ。でもなぜかみんな成人すると家から出て行っちゃうの。不思議よねぇ」


 アルメリアがイヤリングに手を添えて何やら念じると、奥にある階段の上から一人のダークエルフの少女が降りてきた。

 銀髪褐色、そして……スク水だ。


「ママ、呼んだー?」

「アイリス、店番お願い。ママはこの人達と地下に行ってるからねぇ」

「はーい」


 彼女の子供が成人してすぐに家を出る理由が分かった。

 母親からスク水で生活することを強要されたら、そりゃ嫌にもなるだろう。

 ある意味自立させることに成功しているとも言えるが。


 俺の服のすそを引っ張ったアンバーが無言で首を横に振る。

 もはやお手上げらしい。


 俺達が手すりと常夜灯の付いた地下へ続く長い階段を降りていくと、広い地下室に到着した。

 アルメリアが壁のスイッチを押して照明を付けると、室内の様子が見えてきた。

 

 射撃場の名の通り壁や床には距離を測る為の線が引かれており、部屋の奥に魔物の形をした複数の的が設置されている。

 天井には空調用の太いパイプが幾重いくえにも重なり、ゴウンゴウンと音を上げていた。

 入口付近の壁際を見るとテスト用だろうか、番号の書かれたタグを付けられた大量の杖が並べられている。


「何というか、プールの跡地を改装したように見えるんですが……」

「そうよ。わたくしがここにきた当時、この辺りは水場一つない荒野だったから。我慢できなくて知り合いのドワーフに頼んで作って貰ったのよ」

「そんなことある?」


 俺が頭に疑問符を浮かべていると、アンバーがいくらか補足してくれた。


「こやつはプリメラ・アクアマリンの元パーティーメンバーじゃ。アクアマリン迷宮の踏破とこの都市の開発にも深く関わっておる。もっとも、今はただの魔道具職人に過ぎないがの」

「あの子がダンジョンマスターになってから50年くらいかしら、それくらいで湖が完成してお役御免になったから射撃場として使えるように改装したのよ。あの頃は再開発の真っ只中で余っている土地があんまりなかったのよねぇ」


 プリメラさんがこのダンジョンのダンジョンマスターになったのは416年前のことになる。

 つまり、彼女は最低でも400歳を超えているということだ。

 それなら子供の10人や20人居てもおかしくはないか。


「話が脱線しておるぞ。アイリスが上で待っているのじゃ、はよう仕事せんか」

「はいはい。それで、予算はどれくらいかしら?」

「8000メルくらいです」

「駆け出しにしては十分ねぇ。じゃあまずこれ、使ってみなさい」


 そう言うとアルメリアは一本の杖を渡してきた。

 俺は受け取った杖を構えて的を狙って撃ってみたが、発射されたのは拳大の青い弾丸だった。

 特に代わり映えのない普通の魔弾だ。


「これ、普通のマナバレットの杖みたいですけど……」

「手元にスイッチがあるでしょ。それを押してからもう一回撃ってみなさい」


 言われてみると、確かにスイッチのようなものが付いている。

 押し込んでから撃ってみると、物凄い勢いで青い弾丸が連射された。

 これは凄い、秒間十発は行ってるぞ。


「マナバレットカスタム。魔石のアタッチメントをオミットした代わりに連射機能を追加したマルチ兵装ね。色んな状況に対応できて便利だけど、魔力切れには要注意」


 試射が終わると、アルメリアは俺に次の杖を渡してきた。

 今度は身の丈ほどの長さのある長杖だ。

 杖に魔力を込めると大きな魔力消費とともに、杖の先に炎の塊が出現した。


 これはチャージが必要なタイプだな。

 魔力の流入が止まったので発射すると、ホーミングした火炎弾が的に直撃して火柱を上げた。

 金属製の的が熱でドロドロに溶けている。

 うわ、えげつない火力だ。


「フレイムカノン改。魔力消費と引き換えに威力と命中精度を大幅に引き上げた高火力兵装よ。魔力が人一倍多いハルトくんなら上手く使いこなせるでしょう」


 次にアルメリアが取り出した杖には見覚えがあった。

 最初に会った時にアンバーが使っていたやつだ。


「ハイヒーリング。術式は汎用のものだけど、アタッチメントを魔石のサイズを問わずに使用できるように変更してあるわ。これでいざという時も安心ね」


 雑魚処理用、大物用、回復用の三本の魔杖まじょうが揃ったのはいいんだが……。

 俺はテーブルに並べられた三本の杖の前で頭を悩ませていた。

 これ、どうやって持ち運ぼうか。

 マジックバッグは高そうだから絶対に無理だよな。


「それと、これはオマケ。好きなものを三つ選んでね」


 彼女が棚から取り出した化粧箱を開けると、中には沢山の指輪が入っていた。


「これは一体?」

「もしかして装具のこと知らないのかしら? アンバーちゃん、見せてあげて」

「ほれ、これのことじゃ」


 アンバーが右腕に付けた腕輪に指を指すと、虚空から大きなこん棒を取り出して見せてきた。

 なるほど、そうやって収納してたのか。


「装具は武器やアイテムを収納する為のアクセサリーよ。一つしか登録できない代わりに必要に応じて直感的に取り出すことができるの。1分1秒を争う時にごそごそ鞄を漁ってる暇なんてないからね、探索者で上を目指すなら絶対に使いなさい」

「普通に買うと最低でも1万メルはするからのう。お主、なかなかラッキーじゃの」

「そんな高価なもの、頂いちゃってもいいんですか?」

「これはうちの子達が練習用に作ったものだし、サイズ調整機能も付いてないわ。だから売り物にはならないから安心して頂戴ちょうだい

「ありがとうございます」

「アンバーちゃんの紹介だもの。これくらい安いものよ」


 俺はアンバーと相談しながら色の違う三つの指輪を選んだ。

 青がマナバレット用、赤がフレイムカノン用、緑がハイヒーリング用だ。

 それぞれ右手の人差し指、中指、薬指に装着することにした。


 試しに登録した杖を出し入れしてみるが、これがなかなかに面白い。

 杖が青く光って出たり消えたり、まるでゲームみたいだ。


 武器選びが終わったので、俺達は一階まで戻ることになった。

 カウンターの前でアルメリアがささっと領収書に書き込むと、それを見たアイリスは手元の端末に手慣れた様子で入力した。


「お会計、7500メルだよー」


 俺はアクアペイで決済をして領収書を受け取った。

 内訳を見てみると、マナバレットカスタムが2000メル、フレイムカノン改が500メル、ハイヒーリングが5000メルだった。


「これ、フレイムカノン改安すぎないですか?」

「実はそれ、ずっと売れ残っていたのよねぇ。その杖が使えるくらい魔力の高い魔導士ウィザードは探索者ランクやレベルも相応に高くなっているから、普通はもっといい杖使うのよ」

「なるほど……」

「その杖でも二層くらいまでは十分に通用するから、頑張りなさい」

「はい、頑張ります」

「アルメルアよ、世話になったのう」


 何にせよ、これで全ての用事が片付いたわけだ。

 礼を言って店から出た俺は、アンバーにこれからどうするか尋ねることにした。


「予定していた買い物は全部終わったけど、これからどうしようか。宿に帰る?」

「そうじゃのう。日が落ちるにはまだ早いから、ちょっと寄り道してから帰らぬか? 見せたいところがあるんじゃ」

「どんなところ?」

「それは見てのお楽しみじゃな」


 俺達が商店街を出てしばらく歩くと、探索者ギルドの前までやってきた。

 するとアンバーはギルドの側面にあった非常用階段の、入口にかけられたチェーンを乗り越えて階段を上がっていった。


「勝手に入っても大丈夫なのか?」

「観光客が入り込まないようにしているだけじゃから別にええんじゃ。ほれ、行くぞ」

「ま、待ってくれ」


 コンコンと足音を立てながら彼女の背を追っていくこと、しばらく。

 探索者ギルドの屋上まで辿り着いた。

 屋上は広い展望テラスになっており、中心には鐘のない鐘楼しょうろうが立っていた。


 俺達は転落防止用の柵に肘をかけて、景色を眺める。

 高所ということもあり、太陽の光に照らされる湖の様子が良く見えた。

 眼下では多くの探索者達が広場にあるダンジョンのゲートを出入りしている。


「ここはわしの秘密のスポットでの。嫌なことがあるといつもここにきて気分を変えるんじゃ」

「嫌なことって……」

「探索者は因果な職業じゃ。みなはその光の部分ばかりみて憧れるが、その影には常に多くの死が転がっておる。お主が想像するよりもずっと、多くの死がのう」


 そう呟く彼女はどこか暗く、淀んだ目をしていた。

 そんな彼女の姿を見て、俺は浮ついていた気分が全部吹き飛んでしまった。


 そうだ、この世界はゲームじゃないんだ。

 傷を負えば痛いし、死んでしまえば蘇生する手段は一つしかない。

 しかもそれはこの世界の住人でさえ稀な、奇跡的な確率だ。

 帰還者リターナーの俺がこの世界で第三の人生を送れる可能性は、限りなくゼロに近い。


「わしはこの7年の間に沢山の探索者達の死を看取ってきた。だから本当はお主にも探索者になどなっては欲しくないのじゃ。でも、それはできん相談じゃろう」


 彼女の言うように、探索者なんて危険な仕事は諦めて別の仕事を探した方がいいのだろう。

 地球の知識を利用して何かしらの事業を行えば、成功する公算もそれなりにある。


 だけど、俺はその選択肢を選ばなかった。

 せっかくファンタジー世界にやってきたんだ。

 探索者として一旗揚げようと思うのは当然じゃないか。


「アンバーがソロで探索者をしているのもそれが理由?」

「……知っておったのか」

「いいや? でも薄々そうなんじゃないかと感じてはいたよ。だって、他の探索者達はみんなパーティーを組んでいたからさ」

「わしも昔はパーティーを組んでいたこともあったがのう。今更新しくパーティーメンバーを探したところでここのダンジョンは絶対に踏破できんし、ぶっちゃけ面倒なんじゃ」


 アクアマリン迷宮の最深部である五層は水中洞窟だ。

 ダンジョンの討伐を目指した古代の英傑達を跳ね除けてきた難攻不落の大迷宮。

 かつてこのダンジョンを踏破することができたのは唯一人。

 水中戦のスペシャリスト、マーメイドのプリメラ・アクアマリンだけだ。


「面倒って、別の迷宮都市に行こうとは考えなかったの?」

「わしにも色々と事情があるんじゃ。逆に聞くが、お主は探索者になって何かやりたいことはあるのかのう? ダンジョンマスターになりたいとか、そういうのじゃ」

「そうだなぁ……。強くなったら色んな国を旅してみたいな。他のダンジョンにも潜ってみたいし、ダンジョンの踏破もしてみたい。ダンジョンマスターは、余り興味がないけど」

「おうおう、夢があっていいのう。それでこそ探索者じゃ」

「できればその隣にアンバーも居てくれたら嬉しいんだけどな」

「成り立てのぺーぺーが言いよるわ。わしと一緒に組みたいならせめてBランクくらいにはなって欲しいものじゃ」

「言ったな、絶対に忘れるんじゃないぞ」

「もちろんじゃ、楽しみにしておるぞ」


 落ち込んでいたアンバーも、そんな俺の軽口に元気を取り戻したようだった。


 ようし、大きな目標ができたな。

 まずは探索者としてBランクを目指す。

 そして彼女と一緒に世界中を旅するのだ。

 その為にも明日から、探索者業を頑張らなければならない。

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