第9話 パーティー結成

 デートの翌日、俺は早朝から探索者ギルドのパーティー募集掲示板の前に立っていた。

 探索者ランク別に分けられた掲示板には沢山の張り紙が貼られている。

 用紙にはパーティー名に名前と年齢、職業が記載されており、求めているパーティーメンバーの条件がしるされていた。


 ランクの低いパーティーは高ステータスや魔法職を求める者が多く、上の方は専門的な能力を要求されることが多いようだ。

 俺が掲示板を眺めながら考察をしていると、後ろから一つの声が掛けられた。


「君がハルトくんかい?」


 振り返った俺は右手に持っていた長杖を掲げてアピールした。


「ああ、そうだ。君達が『黄金きんの調べ』だね」


 実は昨日、デートの帰りにアンバーと一緒に良さげなパーティーがないか探して面談の申請をしておいたのだ。

 俺の前に立つ二人の男女は、早速とばかりに自己紹介を始めた。


「僕は猪獣人オークのライン。職業は戦士ファイターだ」

「あたしはハーフリングのリジー。職業は斥候スカウト

「俺はハルト・ミズノ。ヒューマンの魔導士ウィザードだ」


 俺が自己紹介をすると、リジーは怪訝けげんな顔をした。

 えっ、何か変なこと言ったか?


「とりあえずステータス見せてくれる? はいこれあたしのギルドカード」


 何にせよステータスを見てみなければ始まらないか。

 俺は二人とギルドカードを交換するとステータスをチェックした。


 リジー 18歳 ランクE 斥候スカウト Lv16

 魔力C 筋力E 生命力E 素早さB 器用さB


 小麦色の髪を短く切り揃えた釣り目の彼女は、ほどほどの魔力に高い素早さと器用さが特徴的だ。

 これがハーフリングの平均的なステータスなのだろう。

 火力としては期待できないが、斥候としての能力はピカイチだ。


 ライン 18歳 ランクE 戦士ファイター Lv21

 魔力D 筋力C 生命力B 素早さD 器用さD


 オークの彼は安定したステータスと高いタフネスが特徴的だ。

 ヒューマンの平均値がオールDらしいので、これだけでもその素養の高さは見えてくる。


「チッ、やっぱりダン族のボンボンかよ。足引っ張るんじゃねーぞ」

「ダン族って何だよ」

「知らないのか……ダン族はダンジョン貴族、つまりダンジョンマスターの子息を指す蔑称べっしょうだ。リジーは口が悪くてね、気を悪くしたらすまない」

「ああそういう。別にそんなこと気にするほど繊細せんさいじゃないよ、俺」


 使い古した探索者装備に強そうな魔杖まじょう

 見た目だけなら歴戦の探索者だ。

 それがふたを開けてみれば講習を終えたばかりのド素人だったのだから、彼女が落胆するのも仕方のないことだろう。

 俺は大器晩成タイプだから、今後の活躍に期待して欲しい……。


「それはそうと、二人はどうにも親しそうに見えるんだが、パーティーを組んで長いのか?」

「僕らはギルドの養成施設の同期でね。いわゆる余り者同士ってやつさ」

「あんたのせいで前のパーティー追い出されたの忘れてないからね」

「それを言うならその前のパーティーを潰したのは君だろう」


 俺をそっちのけで口喧嘩を始める二人。

 彼らも色々と問題のある探索者らしい。

 まあいいさ、すねに傷のある者同士仲良くしようじゃないか。


「俺は遠くの国からきたからこの街のことはよく知らないんだ。できればその養成施設とやらについて詳しく話を聞かせて貰えないかな」

「立ち話もなんだ、狩り場に移動しながらでも構わないか?」

「ああ、もちろんだとも」


 ダンジョンの入口に向かいながら彼らから聞き出した話はこういうものだった。


 探索者ギルドには探索中に命を落とした探索者達の遺児を預かって養成する施設がある。

 家族や親戚に頼れず、天涯孤独の身になった者達の為の孤児院だ。


 これは元々、探索者ギルドが無償で行っていた慈善じぜん事業だったのだが、ゴブ捨て――ゴブリンのように産み捨てる、転じて赤ちゃんポストの意――が横行した結果、メスを入れざるを得なくなったのだという。


 それがギルド奨学金。15歳で成人して施設を卒業した者に課せられる借金だ。

 金額はしめて10万メル、日本円にして1000万円もの大金だ。

 これは利息もなく、滞納しても特に何か罰則が与えられるようなものではない。


 しかし施設上がりの探索者達にとって完済証明証は一つのステータスとして利用されていた。

 完済証明証を持つ者は、借金を返せるほどの稼ぎができる優秀な探索者だと見なされるのだ。


「本当は僕達も装具を使いたいんだけどね、節約しないといけないんだ」

「苦労してるんだな」

「だから、君の働きには期待しているよ。凄腕の魔導士ウィザードさん」

「ああ、任せてくれ」


 装具で手ぶらな俺とは違って、彼らは一般的な駆け出し探索者の装備をしていた。

 リジーは鞘付きのナイフと一本の魔杖まじょうを腰に下げ、ラインは大きな背嚢はいのうを背負い、左手に大楯を持ち腰にはメイスをぶら下げている。


 探索者を始めて3年が経った今も、彼らは未だ探索者見習いとしての地位に甘んじていた。


 ダンジョンの入口の待機列に並びながら二人から色々と話を聞いていると、前の探索者達が居なくなり眼前に大きなゲートが広がった。

 ようやく、俺達の順番が回ってきたか。


 俺達はすぐにダンジョンのゲートに飛び込んだ。

 新たな冒険の始まりだ。



 ハムマンはこの世界で最もポピュラーな魔獣の一種だ。

 環境適応性が高く、様々な種類のハムマンが世界中に生息している。

 性格は温厚そのもので、小食で雑食、繁殖力もそう高くない……そして何よりも可愛い。


 ハムマンが地球における犬猫のポジションに相当する愛玩あいがん魔獣に位置するのも納得といえよう。

 こいつらは世界最古の古文書にさえ登場するのだからその人気のほどがうかがえる。


 とはいえ、それはあくまでダンジョンの外での話だ。

 ダンジョンの生み出した疑似生物である魔物は決して飼い慣らすことはできない。


「おーい! 釣ってきたぞー!」

「リジー! こっちだ!」


 俺達三人は魔物狩りの為に一層の縞々しましま砂地までやってきていた。


 砂地の上をドカドカと走る牛サイズのハムスターに追われながらこちらに向かって走るリジーが大きな声で呼び掛けてくると、それに応えるようにしてラインが前に飛び出した。

 リジーとすれ違った瞬間、ラインがスキルの名を叫ぶと彼の構えた盾が青く光る。


「アトラクト!」


 今までリジーを追いかけていたジャイアントハムマンの注意がラインに向かう。

 魔物の敵意を引き付けるヘイトスキルが発動したのだ。

 ジャイアントハムマンの頭突きを盾で防いだラインが叫ぶ。


「今だ! ハルト!」

「おう!」


 側面に回り込んだ俺は魔杖まじょうを構えて意識を集中させる。

 スーッと身体から魔力が抜けていくと、杖の先に炎の塊が出現した。

 俺はラインとジャイアントハムマンの距離が離れた瞬間を狙って攻撃した。


「フレイムカノン!」


 放たれた火炎弾が放物線を描いてジャイアントハムマンに直撃すると、ドーンという音とともに大きな火柱が発生した。

 悲鳴を上げて苦しむジャイアントハムマンの姿に心が痛む。

 これも金の為だ。許してくれ……。


 しばらく待つと、一部がガラス化した砂地の上にころりと魔石が転がった。

 魔石を拾い背嚢はいのうに仕舞ったラインが、俺に余力があるかどうか尋ねてくる。


「これで5匹目か。ハルト、魔力はまだ大丈夫か?」

「ああ、まだ10発はいけそうだ」

「そうか。初日だから安全マージンを取っておきたい。後5匹で終わりにしよう」

「了解」


 本当はまだ30発くらいは撃てそうなんだが、正直に答えて帰還者リターナーであることを疑われても困る。

 いざという時の切り札にもなるだろうし温存しておくに越したことはないだろう。


「グラウンドソナー! ……お、反応アリ。ラインー、ちょっとこっちきてくれない?」

「おう、今行く」


 離れたところで地面に探知スキルを放っていたリジーがラインを呼びつけると、彼は背嚢はいのうからスコップを取り出して、彼女が指定する地面を掘り始めた。


 ちなみに俺はその横でボーっと突っ立っている。

 魔導士ウィザードに肉体労働は厳しいからな、筋力Eを舐めないで欲しい。


 ダンジョンにおける斥候スカウトの仕事は主に三つ。

 周囲の索敵、魔物の釣り役、そして……宝探しだ。


 ラインが作り出したいくつもの砂山。

 俺がそれを杖で崩して回るとそのうちの一つからキラリと光るものが姿を現した。

 すかさずリジーが拾い上げると、手に入れた出現品ドロップアイテムをつぶさに観察する。


「お、指輪か。……チッ、装具じゃない。ハズレだ」

「一層でそんなもの、出る方が珍しいだろう」

「それでもワンチャンレアな金属の可能性があるから、鑑定には出す……出したい。いいよね?」

「今日はハルトのおかげで稼げているからな、いいだろう」

「やった! そうと決まればもっと稼がないと。次のハムマン釣ってくる!」


 リジーはピョンと飛び上がって喜びを表すと、次の獲物を探しに走っていった。

 最初はあれだけヘソを曲げていたというのに、調子がいいやつだ。

 俺とラインは顔を見合わせると、肩をすくませた。



 その日の晩、俺達は大衆居酒屋でビールを片手に祝杯を上げていた。


『かんぱーい!』


 口の周りに泡を付けながらビールをぐびぐび飲む少女の絵面はちょっと犯罪的だ。

 この世界の成人年齢はいくつかの例外を除いて15歳だから特にこれといって問題はないのだが。

 ぷはーと息をついたリジーは酒のつまみを頬張りながらこちらに話し掛けてくる。


「こんなに稼いだのは今日が初めてだ。ダン族のボンボンだと思ってたのに中々やるじゃねーか」

「見直したか?」

「おうよ。もうちょっと顔が良ければ、付き合ってやるのもやぶさかじゃないんだけどねぇ」

「余計なお世話だ」


 ジャイアントハムマンの魔石は1個1000メルで売れた。

 今日は10匹狩ったのでしめて1万メルである。

 三人で山分けしても日給3300メル。

 Eランクパーティーでこれだけ稼げるなら十分だろう。


 まあ、普通はこうも上手くはいかない。

 大抵は5人パーティーで囲んでタコ殴りにするから1匹狩るのにも時間が掛かるし、魔杖まじょうの魔石代や武器防具の修繕費も必要だ。

 一撃必殺の魔杖まじょうを持つ魔力お化けの俺がいるからできることだ。


「ハルトくんは人格も特に問題がないようだし、明日から正式加入ってことで構わないか?」


 人格に問題があるのはお前らの方だ。

 俺は口をつぐんで飛び出しそうになったその言葉を飲み込んだ。

 ……この半日、こいつらに付き合っていて分かったことがある。


 リジー。こいつは男を破滅させることに愉悦を覚えるタイプのクソ女だ。

 いくつものパーティーを崩壊させてきた筋金入りのサークルクラッシャー。


 ライン。こいつはノンケでもホイホイ喰っちまうホモ野郎だ。

 幸いタイプはケモ系のようだが……決して油断はできない。


 はっきり言ってお断りしたい。

 だけど、仕事だけはできるんだよなこいつら。

 それに下手に選り好みして色んなパーティーを出入りしたら、それだけで問題のある人物だと見なされるかもしれない。

 そうなりゃこいつらの仲間入りだ。

 ……仕方ない、しばらく付き合ってやるか。


「そうしてくれると助かるよ。探索に行く時はどうやって連絡を取ればいい?」

「連絡先を交換しよう。何かあればここのアパートの管理人に伝えてくれ」


 ラインは懐から紙を取り出すと、住所と簡単な地図を描いて差し出した。

 どうやら二人はギルド直営のアパートに入居しているようだ。

 俺は鞄から宿の名刺を取り出すとラインに手渡した。

 すると横から名刺を覗き見たリジーが嫌味を言ってくる。


「宿暮らしか、良いご身分だねぇ」

「こら、リジー」

「お前らだってすぐにそれくらい稼げるようになるさ」

「へいへい、頼みましたよ魔導士ウィザードさん」


 俺達はそういった軽口を交わしつつも、少しずつ交流を深めていくのだった。

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