第7話 お買い物デート(前編)

 翌日、朝食を済ませた俺達はバスに乗り、とあるショッピングモールの前までやってきた。

 あの「みるだむ」である程度の地位を確立していたグンシモールアクアマリン迷宮前店である。


 どうやらこの世界にも巨大資本の波が押し寄せてきているらしい。

 今日は学生らしくイ〇ンデートと洒落しゃれ込むか。

 と意気込んだはいいものの、アンバーさんはこれを華麗にスルー。


「えっ、ここで買い物するんじゃないのか」

「今日は休日じゃぞ。あんな人混みに突っ込んでもロクなことにならん。こっちじゃ、こっち」


 そうして彼女に導かれるがままに辿り着いたのは小さな商店街だった。

 さびれているというほどではないが、余り人通りは多くない。


 人魚通りと書かれたアーチをくぐり、少し進むと蜘蛛のシルエットが目印の洋裁店に到着した。

 中に入ると、カウンターの上に張られた大きな蜘蛛の巣から一人のアラクネが挨拶してきた。


「洋裁店アルストツカへようこそ。あら、アンバーちゃんが男連れなんて珍しいわね」


 ゴシック調の服を着たアラクネの熟女だ。

 白い髪を頭の上でお団子ヘアーにまとめている。


「まあのう。こやつはハルト、うちの新人探索者じゃ」

「この店の主人のマーヤよ。よろしくね、ハルトくん」

「ご紹介に預かりました、ハルト・ミズノです。今日はよろしくお願いします」

「早速だけど、採寸をしようかしら」


 マーヤが手元の鐘をカランカランと鳴らすと、三階まで続く吹き抜けの上からするするとアラクネの少女達が降りてきた。

 するとすぐに、俺の身体にメジャーを当てて採寸を始める。


「ハルトくんはどんな服が好みかしら?」

「服選びには余り自信が無いのでお任せで。ええっと、とりあえず普段着と替えの下着、それとお出かけ用の服があると嬉しいです」


 今日はデートだからな。

 お下がりの中古服では格好が付かないだろう。

 お財布には結構余裕があるから……オーダーメイドでも問題ないよな?


「正直な子は好きよ。大丈夫、私達もプロだから。絶対に後悔はさせないわ」


 彼女はサラサラとメモをすると、採寸を終えたアラクネの少女の一人に手渡した。

 新しい服が出来上がるまで少し時間が掛かるというので(それでも昼までには終わるというのだから驚きだ)待ち時間の間、アンバーの服選びに付き合うことにした。


 マーヤがひとつ合図をすると、上からシュルシュルと白い天幕が降りてきた。

 店内の照明が落とされて、天幕の向こう側にアンバーとアラクネ達のシルエットが映る。

 即席のファッションショーが始まったのだ。


 マーヤから採点用の札を渡される。まるで気分は審査員だ。

 天幕が上がると、そこには可愛い服に着替えたアンバーの姿が。

 うーん、これは……8点かな。

 俺は甘口だった。


 9点、7点、8点、……3点。

 最後に10点が飛び出すと、大きなファンファーレが鳴った。

 やったぁ。俺は途中から見物していた野次馬の客とハイタッチした。


 そうこうしているうちに、俺の服が出来上がったようだ。

 一張羅いっちょうらに着替えた俺の格好をアンバーがしげしげと眺める。


「うむ。なかなか悪くないのう。流石はマーヤじゃ」


 ちょっと派手過ぎやしないかと心配していたが、彼女が気に入ってくれたなら良しとするか。

 俺達はマーヤに礼を言ってアクアペイで決済をすると、店を出ることにした。


 なお、着ていた探索者服は隣の店舗でクリーニングを済ませた後、他の服と一緒に宿まで届けてくれるらしい。

 量販店ではできない細やかな気配り。

 かゆいところまで手が届く良い店だ。

 今後も贔屓ひいきにさせて貰うとしよう。



 洋裁店アルストツカを出た俺達は向かいにある喫茶店で昼食を取ることにした。

 店の名前は喫茶リブトン。

 コック服を着た豚獣人ピグレットマンの看板が印象的だ。

 休日のランチタイムということもあり、店内は多くの客で賑わっていた。


「なんだかおしゃれな感じの店だなぁ」

「ここはヨーグルトミルクティーが名物での、わしも良くくるんじゃ」


 俺達は向かい合わせのカップル席に着くと、置かれていたメニュー表を開いて覗き込んだ。

 結構色々な料理が提供されているようだ。

 うーむ、何にするか悩むな。


 最終的にアンバーはミニオムライス、俺は特製麻婆カレーを注文することにした。

 ドリンクはアンバーお勧めのヨーグルトミルクティーだ。


 注文が終わると、ワーウルフの店員さんがピッチャーからコップにヨーグルトミルクティーを注いでくれた。

 透明なグラスには氷がたっぷりと入っていて冷たい。


 飲んでみると紅茶特有の香りと甘酸っぱいヨーグルトの風味が混じり合った不思議な味がした。

 乳酸菌飲料紅茶風味って感じだ。

 料理が出来上がるまでまだ時間があるので、俺はアンバーからダンジョンの話を聞くことにした。


「アンバー、明日から新しいパーティーメンバーを探してダンジョンに潜る予定なんだけど、何か注意した方がいいことってあるかな?」

「そうじゃのう。お主は火力が出せる後衛職じゃから、前衛となる盾役と索敵ができる斥候役がおるとええじゃろう。装備さえしっかりしているならそれで二層までは問題なく潜れると思うぞ」

「それで、その装備というのはどんなものが必要なんだ?」

「雑魚処理用と大物用の二種類の魔杖まじょう、それと回復用の杖があれば当座は持つじゃろ。ランチが終わったら、わしの行きつけの魔道具工房に案内してやろう」

「それは助かる。いつもすまないねぇ、アンバーさんや」

「なんの、お安い御用じゃ」


 デートにかまけてすっかり忘れていたが、今の俺は素手装備だ。

 講習でエクレアから借りた杖は終わってすぐに返しちゃったからな。

 装備更新は必要だろう。


「ところでお主、一層で出る魔物はどんなのがいるか知っておるか?」

「一応、名前と見た目くらいなら分かるけど」


 俺は鞄から「みるだむ」を取り出して一層に出てくる魔物の紹介ページを開いた。

 そこには色んな姿をした魔物達のイラストが描かれている。


「予習は十分なようじゃな。ここで一つクエスチョンじゃ。この中で一番危険な魔物はどいつだと思う? 直感でいいから答えてみよ」

「うーん……プレーリーラットは弱かったし、グレイキャッツかな? いや、このピアースビートルというやつも捨てがたい……」

「ブッブー、どれもハズレ。正解は縞々しましま砂地に出るジャイアントハムマンじゃ」


 ジャイアントハムマン!!!


「ジャンガリアンハムスターみたいな可愛い見た目なのに、そんなに危ないのかこいつ」

「その可愛い見た目に騙されて痛い目を見るんじゃ。ハムマンはペットとして飼われることが多いからのう。飼い慣らされた魔獣とダンジョンの守護者たる魔物では凶暴性がダンチなのじゃ」

「なるほどなぁ」

「まあ、それさえ注意すれば狩りやすい部類に入る魔物じゃからの。お主が最初に狩る獲物も十中八九、こやつになるじゃろう」


 それからもいくつか注意が必要な魔物について彼女からレクチャーを受けていると、店員さんがサービスワゴンをガラガラ押しながらやってきた。

 そのワゴンの上には沢山の料理が載っている。


「ミニオムライスと特製麻婆カレーをご注文のお客様ー」

「あ、はーい!」

「お待たせしました、こちらになります」


 俺達が慌ててテーブルの上を片付けると、すぐに注文した料理が並べられた。

 待ちぼうけして腹がペコちゃんだ。早速、いただくことにした。


 大きなスプーンで熱々の麻婆カレーをすくってひと口食べると、スパイシーなカレーの風味と麻婆豆腐特有のピリッとした辛さが口の中に広がった。

 日本で食べたものとは少し風味が異なるが、なかなか悪くないじゃないか。


 辛さで口が痺れてきたら、ヨーグルトミルクティーを飲んで口直しだ。

 こいつは辛い料理との相性が最高にいいな。

 まるでインドカレー屋のチャイみたいだ。


「なかなかの食べっぷりじゃのう、お主」


 おっといけない、食事に夢中で彼女のことをすっかり忘れていた。


「ごめん、余りにも美味しいものだから」

「気にしなくともええぞ。若者はこれくらい食欲旺盛な方がおっきくなれるからのう」


 いちいち年寄り臭いことを言うな、この子は。

 そんなんだからバーちゃんなんて呼ばれるんだ。

 まあ俺は紳士だから、思っても口には出さないけどな。


「あ、アンバー、ほっぺにケチャップ付いてるよ」

「な、なんじゃと」

「ちょっと待って」


 慌ててぬぐおうとするアンバーを制止した俺は、持っていたハンカチで彼女の口の周りに付いたケチャップをぬぐった。

 さっき、服のおまけで貰ったスパイダーシルクの白いハンカチだ。


 ほっぺたを赤くして照れる彼女も可愛い。

 今日は幸せなランチタイムになりそうだ。

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