第6話 初心者講習

 俺達二人はダンジョンの一層、三八さんはち丘陵きゅうりょうにやってきた。

 たけの低い草が生えた丘のあちこちには、この異界の住人が開けたであろう小さな穴ぼこが開いている。


 名前の由来は丘の数が38個だったから。

 そうパンフレットには書かれていたが、ネーミングが余りにも適当過ぎやしないだろうか。

 まあ海外のカッコいい地名も日本語に訳すと「静岡」だったりするし、実際はこんなものなのかもしれない。


 金魚鉢の彼女はエクレア・アクアマリンと名乗った。

 聞いたところによると、あのプリメラさんの娘らしい。

 年齢は39歳。これを若いと見るかおばさんと見るかは人によるだろう。

 長命種の年齢を見た目で測るのは難しいからな。

 俺は見た目で判断するぜ。


「それじゃあ、まずはスキルについて教えるわ」

「エクレアさん、よろしくお願いします」

「まず、スキルは魔力を扱う技能全般のことを指すわ。これは魔力を用いて自身のイメージを具現化する手段だけど、才能さえあれば大体のことは実現できる。もちろん、それには相応の魔力が必要だけどね」


 彼女が右の人差し指を立ててくるくる回すと指の周囲に水の軌跡が流れていった。

 エクレアの指の動きに合わせてその水の形状が自由自在に変化する。

 四角、星型、よくわからない生物。

 一通り操って満足したのか、彼女が操作を止めると形が崩れた水はバシャりと地面に落ちていった。


「次、武器を使ったスキルはこんな感じよ」


 彼女が胸元のネックレスに触れると、どこからともなく一本の槍が姿を現した。

 先端が三叉さんさに別れている。トライデントだ。

 エクレアは槍をぐっと構えると、思い切り前に突き出した。

 矛先から青い光が放たれ、地面がドカンと弾け飛んだ。


「ざっとこんなもんね」

「おお、凄い」


 俺はパチパチパチ、と拍手した。


「それで、どうやったらそのスキルを使えるようになるんだ?」

「アンタはまだ魔力の扱い方を知らないみたいだから、まずは魔道具で慣らすべきね」


 エクレアは金魚鉢の中から一本の杖を取り出した。

 アンバーが持っていたものとは違い、短くシンプルな形状をしている。


「魔石に指を添えたら、弾が飛び出すようにイメージするの。やってみなさい」


 杖を渡されたので、適当な巣穴を狙って撃ってみる。

 ヒュン、という音とともに杖先からこぶし大の青い弾丸が飛んでいった。

 野球ボールくらいの速さだが、当たれば結構な威力がありそうだ。

 調子に乗って何発も撃ってみたが、10発も撃たないうちに弾が出なくなってしまった。


「魔力切れのようね。次は空の魔石を捨てたらくぼみに指を添えて同じようにやってみること」


 試してみると体の中から何かが抜ける感覚がして、また弾丸が飛び出した。

 魔石が乾電池だとしたら、人間は充電池ということなのだろう。

 俺は歩くモバイルバッテリーだ。


「今ので魔力の流れは分かったでしょ? 最後は杖なしで同じように弾が出るようにイメージして。子供でもできることだから大丈夫よ」


 俺は彼女に言われるがままに念じる。

 弾よー出ろ出ろ。ヒュン!


「なんか出たぁ!」

「はい、終わり。後は色々試して自分に合うやり方を考えなさい」


 うーん、何度か試したが杖を使うのと違って上手く照準が合わないな。

 めちゃくちゃバラける。


「これどうなってるの?」

「器用さの補正ね」

「俺の器用さEじゃん!」

「フレンドリーファイアしたくなかったら射出系は使わないことをお勧めするわ」


 やっぱりスキルはダメだな。

 強い魔道具を探すことを検討しよう。


「さて、最後にレベルアップについて説明するわ。人間は近くで死んだ魔物や魔獣から放出された魔力を体内にある魔力の器にたくわえることができるの。器が満たされたら、レベルが上がって身体能力が上昇する。これがレベルアップの原理ね」


「では実際に体験してみましょう。ということでこれから魔物を釣り出すから自分で倒しなさい」

「い、いきなり実践は厳しくないですか」

「その為にマナバレットの杖渡してるんでしょうが。さあ行くわよー」


 彼女が指を振ると小さな水の球体が出現した。

 その球はヒュンとホーミングして巣穴の中に入っていく。

 すると巣穴からずんぐりとした身体をしたネズミが飛び出してくる。

 プレーリーラットだ!


 そいつはこちらを見つけると襲い掛かろうと駆け寄ってきたが、なんだかのろのろしている。

 これなら外すことはないだろう。

 杖の照準を合わせて撃つと、一発で倒すことができた。

 すぐに死骸が蒸発して魔石がコロンと転がった。


「結構楽だな。この魔石、いくらぐらいになるんだ?」

「1個20メルくらいね」


 日本円で2000円くらいか。

 稼ぎとしてはそこそこだが、必要な魔石代を考えるとどうなんだろう。


「実際、ここは狩り場としてどうなんです? 結構穴場だったりしませんか」

「正直過疎かそってるわね。ここはゲートから距離が遠いし、1匹狩るのにもいちいち巣穴から釣り出さなきゃいけない。落とす魔石の価値も低いからまともにやったら採算取れないわね」

「じゃあ、どうしてこんなところに……」

「アタシ達はサブマス権限で魔物の位置が分かるから。ここは新人探索者に簡単な戦闘経験を積ませるのにもってこいってわけ」


 そう言うと彼女は肩をすくませた。

 なるほど、物は使いようか。よく考えられている。


「アンバーに聞いたんだけど、アンタママから貰ったお金全部酒場で使い果たしたんだって?」

「うっ、バレてたか」


 宿屋まで押し掛けた時点で分かっていたことだが、やはりアンバーとエクレアは知り合いだったらしい。

 あの子も大概たいがい顔が広いな。


「まったく、バカなことするわよね。ただでさえノーコンなんだから、杖がなければ誰もパーティー組んでくれないわよ」

「そんなぁ、エクレアさんどうにかならないんですか」

「はぁ……。ギルドの規定ではレベルアップするまでやることになってるから。今日の稼ぎはちゃんと装備代に使うこと、いいわね」

「はい、承知しました!」


 そうとなれば善は急げだ。

 エクレアの合図とともにプレーリーラットが巣穴から飛び出す。

 俺は杖を構えて気合を入れた。

 やったるぞぉ!


 1時間が経過。

 プレーリーラットを狩って狩って狩りまくる。

 俺の周辺には大量の魔石が散らばっていた。


「はぁ、はぁ、まだレベルアップしないのか……?」


 ギルドカードを見てもLv1のままだ。

 全然レベル上がらねぇ……!


「一体どうなってやがる……!」

「実はね、魔力量っていうのはレベルの上がりやすさにも関わっているの。蛇口からコップに注ぐのと、バスタブに注ぐのでは掛かる時間も全然違うでしょ? 魔力の器にも同じことが言えるわ」

「それ、レベルアップが遅い魔導士ウィザードタイプが不利じゃないか?」

「レベルアップで上昇する身体能力なんて微々びびたるものだし。スキルは使えば使うほど熟練度が上がって最適化されていくからね。魔力が少ない方ができること少ないわよ」


 上手いこと行かないもんだな。

 それにしても、アンバーがレベル100超えてるって言ってた理由が分かったのは大きいな。


 プリメラさんから聞いた話だと、アンバーの魔力は相当低いらしい。

 彼女はその分だけ、レベルが上がりやすいということだ。

 これでわずかに残されていたロリババア説が完全に消滅した。


「さ、休憩は終わり。続き始めるわよ」

「うーい」


 更に2時間が経過。

 不意に体の中で魔力が満ちる感覚がした。

 俺は慌てて懐からギルドカードを取り出す。


 ハルト・ミズノ 18歳 ランクE 魔導士ウィザード Lv2

 魔力S 筋力E 生命力E 素早さE 器用さE


 やった! ついにレベルアップだ。

 職業も無職ノービスから魔導士ウィザードに変わっている。


 後ろでカウンターをカチカチやっていたエクレアが、手元のカウンターを見て俺の努力の成果を教えてくれた。


「えーっと、プレーリーラット514体だから……普通の魔導士ウィザードの1/10くらいかしら。新記録よ。良かったわね」

「全然良くねぇ!」


 経験値テーブルが終わりすぎている。

 黎明期れいめいきのMMOじゃないんだぞ。

 俺の成長率が極振り仕様じゃなかったら転職も考えるレベルである。



 さて、講習を終えた俺達がダンジョンの外に出ると、すっかり日は落ちて辺りは真っ暗になっていた。

 俺は街灯に照らされた道を一人歩いて探索者ギルドに向かう。


 エクレアはダンジョンから出た途端、ピューっと飛んで帰っていってしまった。

 俺のせいで無駄に残業する羽目になったのだから、仕方のないことではあるが。


 俺は探索者ギルドのロビーに着くと、魔石買い取りの窓口に続く列に並んだ。

 魔石が詰まった布袋(グレイキャッツのものも含む)を受付の人に渡すと、職員の人魚さんが背後に置かれている大きな機械にジャラジャラと袋の中身を注ぎ込んだ。


 しばらくすると計量が終わったのか、機械からジーッと白い紙が吐き出される。

 受付の人から魔石の個数と買値が書かれたレシートを渡された。


「現金とアクアペイ、どちらに致しますか?」

「アクアペイ?」


 聞くと、アクアマリン市内でのみ使える魔導マネーとのこと。

 技術的な問題で迷宮都市外での使用はできないらしいが、市内の多くの店で利用できるそうだ。


 ギルドカードの機能を利用しているのでセキュリティは万全で再発行も容易だ。

 大金を持ったまま下手にうろついてカツアゲされても困るので、全てアクアペイに入金して貰うことにした。


 やるべき仕事が全て終わった俺は、ギルドの外に出ると大きく伸びをした。

 くぅー、疲れたぜ。

 これは酒でも飲まなきゃやってられんな。

 俺は青白い月に照らされる夜道を行き、宿屋への家路を急ぐことにした。



 その日の晩、俺は宿の酒場でワーウルフのおっさんの自慢話を聞いていた。

 初日にアンバーに絡んでいた男だ。友達になったんだ。


「――でな、そこで俺が言ってやったわけ。『てめーは俺を怒らせた』ってな」

「へーそうなんすか」

「なんかさっきと反応違くない?」

「おっさんの自慢話とか興味ねーわ」

「酷ぇな、オイ」


 俺が酒を片手に、渡りドードーの唐揚げをつつきながら相槌あいづちを打っていると、上階に続く階段の手すりからアンバーがぴょこっと顔を出してきた。


 その顔は上気して全身からホカホカと湯気を上げている。

 どうやらお風呂に入っていたらしい。

 彼女はパジャマ姿にスリッパをいて、こちらにとことこ歩いてきた。


「お主ら、一体何の話をしとるんじゃ」

「聞いてくれよ、さっきこの人からアンバーの子供の頃の話を聞いてたんだけどさー」

「ん? わしがこの街にきたのは成人して17歳になってからなんじゃが……」

「じゃ、じゃあ5歳になるまでおねしょしてたとか、親の財布からお金盗ったのがバレてれ上がるまでお尻を叩かれたとかいう話は……」

「それは全部そやつの実体験じゃ」

だましたな! この横領ホラ吹きジジイ!」


 純情な俺の心をもてあそびやがって……!

 ピューピュー口笛吹いてんじゃねえ!


「おっと、もうこんな時間か。早く帰らないと嫁にどやされちまう。おーい、おやっさんお勘定ー」


 そう言い残すと彼はあっという間に店から去っていった。

 うーむ、なんとも逃げ足の早い男だ。


「まあええじゃろ。それで、講習の方はどうじゃった?」

「ああ、それがな――」


 俺はアンバーに今日の出来事を一通り説明した。

 寝坊してエクレアに怒られたこと、器用さが低くて上手くスキルが扱えなかったこと、なかなかレベルが上がらず苦労したこと。

 思えば色々とあったものだ。


「それはご苦労なことじゃったな。ところでお主、それだけ狩ったのならそれなりに懐もうるおっておろう。良ければ明日、一緒に買い物でも行かぬか?」

「いいのか? 仕事とかあるだろうに」

「明日は休日じゃから問題ない。それに、わしは新しい服が欲しいんじゃ。一人だとつまらんからのう、付き合ってくれると助かる」


 服か。一度シャワーを浴びたとはいえ、いつまでも着たきり雀でいるわけにもいかないか。

 アンバーもその辺りの事情をんだ上で誘ってくれているのだろうし。

 ここはありがたく、彼女の誘いに乗らせて貰うことにした。

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