第16話 ディールオ卿

 気が付くと隣にゲイゼルが佇んでいた。


 まだ、我々は森の中にいた。

 目の前の彼女たちに、自分は何もできなかった。無力さが悲しくて、ゲイゼルに抱きつくと、思った通り、硬い鎧のはずがほんのりと温かった。







 ◇◆◇◆◇



「アミラ、そろそろ離れてはくれまいか?」


 意識が現実?――に戻った。やはりあれは白昼夢などではない。私はあの場所に居て全てを見ていた。けれど、あの光景が何なのか、何を意味するのかがわからない。神々の見せる幻視ヴィジョンというものなのだろうか? ただ、未来とは思えない。だって――


 塵となって消えたカジモドが居た場所には、大きな魔石が転がっていたからだ。


「うん、ごめん……」

「いや……どうした? 突然黙って」


「ううん、何でもないのです……」


 ゲイゼルには、あの光景が見えてなかったとしか思えない反応。あんな光景を見て、ここまで平然としていられるはずがない。少なくとも私の知る限り、ゲイゼルならば無関心でいられるはずが無い。では、あれはいったい誰なのだろうか……。


 ――いえ、あれがゲイゼル以外の誰であろうはずもありません。


 思い浮かんだことを自ら否定する。あんな格好をした人物が、ゲイゼル以外に居るとは思えなかったからだ。



 ◇◇◇◇◇



「こちらの方、まだ息があります」


 途中からあの天地をひっくり返す魔法の範囲から外れたようで、後ろの衛士にはまだ息があった。もう一人の方は残念ながら……。


「――骨は折れてないように見えますが、頭をぶつけたのでしょうか。首を痛めているといけませんからそっと運んでください」


 私は彼の防具のベルトをナイフで切って外し、あとをゲイゼルに頼んだ。


「結局、あの魔族は何がしたかったんだ? 白い魔族を殺した恨みをオレへぶつけるなら分かるが」

「わかりません、魔族の考えてることなど……」


「それもそうだな。――下った先に領主が居るとは思えないがどうする?」

「一応、確認だけしてみましょうか」



 ◇◇◇◇◇



 しばらく下っていくと、そこは地下牢だった。

 地下牢に詰めていた兵士が二人居た。

 我々は敵意が無いことと、先程までの事情を話したが、当然のように信用などしてもらえない。仕方無くカジモドの魔石を見せると、一人が報告に走って行った。







 ◇◇◇◇◇



「さて、それで? この吾輩わがはい、エルミトス・スッラーラが魔族だと?」


 眉の無い、鉛白でも塗ったかのような青白い顔をした蛇のような印象の男は、ルーク卿や人の振りをしたカジモドに比べれば随分と人間離れした容姿の…………ありていに言えば、とても魔族っぽく見えた。


「ええ……その魔族が言うには……」

「システィル・アァミラ…………」


 ディールオ卿は溜息を吐きながらそう呼びかけた。


「何でしょう……?」

「君は魔族の言うことなどを本気で信じるのかね? この私や、ここにいる臣下の者よりも……」


「はぁ……」


 正直、全員が魔族だと言われてもおかしくない状況に思えた。ただ――


「いずれにせよ、吾輩の兵士を一人、助けてくれたことには感謝している。セクストゥスは五人の兄、全員を戦で亡くしている。あれの母親に、最後の息子が亡くなったと報告せずに済んだことには吾輩、心より感謝する」


「それは……もう一人の方も助けられず、申し訳ありません」

「システィル・アミラ、それはうぬぼれというものだ。魔族との戦いでは皆、命を賭して臨む。高望みはせず、手から零れず残った命を大切にしよう」


 ディールオ卿は意外なほどに人間らしい優しさを見せた。これが魔族ならば余程、口の達者な魔族ということになる。ここまで人を騙せるなら、下手に反論をするとこちらが悪人としておとしめられかねない。私は修道会への報告にとどめ、ここでの追及はしないことにした。


「――ディールオのについては吾輩も目にかけておこう。火葬の件については、村の平時の死亡として扱い、不問とする」


 結局、ルーク卿の事についてはディールオ卿が責任を取るつもりは無いようだ。知らなかった――で済ますつもりのようだ。


「――カジモドについては――いや、以前にも何度か砦の者の行方が分からなくなったりしたことはあるのだ。随分と探させたが、結局行方はわからず、他領へ逃げたのだという話になっておった」


「やはりですか……。あの魔族は自身を卑下しながらも、貶めてくる相手に残酷な嗜虐心を向けるのを楽しみにしていたようですから、何度かそういうこともあったのでしょう」


 私の目の前に、ディールオ卿の従者が袋を手にやってくる。


「吾輩からの褒美を取らせよう」

「いえ、私は修道会の使命で……」


「路銀も必要であろう。騎士を雇うにも金は入用となろう」


 ゲイゼルをちらりと見やってそう告げたディールオ卿。


「……では、寄付ということでありがたく……」


 手にすると見かけよりも重かった。


「ときにシスティル・アミラ。西の領境の町、ハルキナは知っておろう?」

「いえ、あまり詳しくは……」


「そこを拠点としておる傭兵団が在ってな、今はハルキナの収入源ともなっておる」

「はぁ……」


 あまり嬉しくないような話になってきていた。


「その傭兵団の団長が、吾輩に助けを求めてきたのだ。その傭兵団には吾輩も大きな借りがある」

「なるほど……」


「だからのぅ、システィル・アァミラ……君が相談に乗ってやってくれないかと思うのだよ」

「私など子供風情では無かったのですか!?」


 片眉を上げるような仕草を……いや、眉は無いが……そのような仕草を見せ、ニヤリと笑うディールオ卿。


「謙遜、謙遜! システィル・アァミラ、君は既に恐ろしい魔族を二体も! しかも一体は魔王の右腕とも言えるような魔族を葬っておるではないか!」


 それはゲイゼルが――と口に出しかけて止めた。ゲイゼルの事をあまり知られたくは無かったし、ディールオ卿にとってはゲイゼルは私に仕えているようなものだ。私が無責任なことを言えば修道会が舐められかねない。


「承知しました。路銀もいただきましたし、その御相談にも乗ってさしあげましょう。ただ、村の事は閣下、良くしてくださいますよう頼みましたよ」

「システィルの希望に叶うよう、人を配しておこう」


 こうして、私は修道院へ帰ることができないまま次の目的地へ向かう事となったのだ。






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