第15話 聖騎士

 森の中にいた。


 今の今までゲイゼルに抱きかかえられ、奇怪な魔族と狭い通路で戦っていたのが、突然周囲が開け、暖かな日差しと豊かな森の匂いまで漂ってきた。


「――左様にございます。この森の奥に棲む魔族デオフォルが周辺の村々を襲い、手が付けられないのでございます。そこを何卒、聖騎士様にお救い頂きたく、国王陛下に嘆願書をお送りしました次第でございます」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには鎧の一団を先導するあの背中の曲がった魔族――カジモドが居た。長衣ローブを纏って杖をつくカジモドは、よく喋る口で鎧の一団に話しかけていた。


 私は駆け寄る。


「その男は魔族です! 気を付けて!」


 けれどその声に反応する者は誰も居なかった。まるで私など目に入っていないかのように一団は森の中を歩いていく。


 先頭には赤い髪の見惚れるほど美しい女が居た。まだどこかあどけなさの残る、勇ましいと言うよりは若々しく可憐な女戦士だった。その左右には同じように高価な鎧を纏った女戦士。面頬ヴァイザーを上げて周囲を警戒していた。後ろにも同じく鎧の女戦士が二人と胸当てブレストプレイトを身に着けた比較的軽装の鎧の女が一人。後ろの二人の女戦士は装いから主神あるじがみの聖堂騎士のようだ。軽装の女は杖を携えていて魔術師に見える。


 私は仕方なく、カジモドの真後ろをついていく。



 ◇◇◇◇◇



「おお、あれは! あれは魔族が手下にしている角兎ホーンドヘアでございます!」


 茂みからやや大きくはあるも、捩じれた二本の角の生えた茶と白の混ざった兎が一羽、飛び出してきた。


「なんだ、可愛らしいじゃないか」

「いいえ、いいえ、あの見た目に騙されてはなりません。あの角兎ホーンドヘアは目にもとまらぬ速さで人を引き裂き、はらわたを貪るのです。おまけに魔法まで使う恐ろしい怪物で、地元の戦士たちも手を焼いております」


 女戦士の一人に、カジモドが長々と返していた。


「いけません! この魔族はこうやって皆さんを油断させているのです!」


 しかし、私の言葉が届いたようには見えない。

 カジモドに近づくと、背中側の服の中から詠唱キャストかすかに聞こえた。その詠唱は大声ではなく、囁くように唱える代わりに長い。小さく小さく紡ぐように唱えられる呪文。


 私は思わずカジモドに掴みかかった。


『人間共め、皆殺しにしてやるわ!』


「えっ!?」


 私はカジモドから手を放して周囲を見渡すが、他に魔族は居ない。だけどどこからともなく声が聞こえてきた。再びカジモドに掴みかかると――


『……がしかし、あの女だけは殺すなとはどういう訳か。殺さず追い詰めよとはどういう訳か。聖騎士など、若いうちに殺してしまえばよいのに』


 やはりだ。やはり声が聞こえてくる。

 これはカジモドの頭の中の声?


『まあよいわ。聖騎士なら早々死ぬまい。落ちろ、逆さまにリヴァース・グラヴィティ……』


 頭の中の声と、背中からの声が重なったと思った瞬間、魔力の奔流が女戦士の一団を飲み込んだ!


「わっ!」

「キャッ!」

「これは!?」


 ふわりと宙に浮く彼女たち。ただ、我々と違ったのはここが天井も何もない屋外と言うことだった。見る間に50尺からを空へ彼女たち!


羽毛フェザーフォールの魔術を!」

羽毛フェザーフォール!」

「聖騎士様、ご自身をお守りください!」

「どっ、どうすれば!?」


 上空に放り上げられた鎧の一団は混乱していた。何人かは羽毛フェザーフォール詠唱キャストを終えたようで落下速度を抑えられたが、聖騎士と呼ばれた赤い髪の女と女戦士たち三人がそのまま落ちてくる!


 見ていられなかった。

 私は飛び出してその赤い髪の女――聖騎士の落下の衝撃を少しでも和らげようと、無謀にも走り込んだのだ。ただ――


 ドン!――という衝撃音と共に、主神様の紋様が赤い髪の女を取り囲み、まるで何事も無かったかのように着地した。私自身にも何の衝撃も無かった。


「アネッサが! 早く、治療を!」


 聖騎士が目の前の女戦士を見て叫んだ。

 女戦士は両足がおかしな方向に曲がり、片方は明らかに骨が飛び出ていた。


「聖騎士様、ご無事ですか!?」

「ひぃっ!」


 魔術師の声に聖騎士は振り向いた。もう一人の女戦士は仰向けに倒れ、目を見開いたまま微動だにしなかった。


「聖騎士様、私の回復魔法では足りませぬ。輝きの手レイオンハンズを!」

輝きの手レイオンハンズは私にはまだ…………」

「レグレイはおそらく大丈夫。気絶してるだけ」


 二人の聖堂騎士がアネッサと呼ばれた女戦士を治癒する。しかし古王国の時代ならいざ知らず、今は魔術も聖堂騎士の魔法も伝説に謳われるほど力を持っていなかった。そして魔術師はというともう一人の女戦士の様子を見ていたが――


「ダメ! カジモドから目を離さないで!」――必死に叫ぶが彼女らには届かない。


 ズバッ!――ひとりの聖堂騎士の腕が弾け飛んだ!


「えっ…………いやぁぁあああ!」――聖騎士の声が辺りに響く。


 カジモドだ! 一瞬、カジモドの舌が伸びたのを見たが、誰も気付いていない。


「ひいぃ! 角兎ホーンドヘアが襲ってきた!」


 わざとらしく叫んだカジモドは、角兎ホーンドヘアと反対の、彼女らの後方へと逃げる。


「聖騎士様、あちらを先にやります。援護を!」


 そう言った魔術師が呪文詠唱スペルキャストを始める。

 赤髪の聖騎士は震えながらも立ち上がり、剣と盾を構える。


「カジモドを見て! カジモドを!」


 私の願いもむなしく、誰もカジモドを見はしなかった。

 カジモドは再び、彼女たちの死角から舌を伸ばし――


 ゴボッ――魔術師の詠唱が途絶えた。背中からカジモドの舌に貫かれたのだ。



「見えない! 攻撃がぜんぜん見えないっ!」


 倒れた魔術師に気付いた聖騎士は混乱していた。目の前の角兎ホーンドヘアはまるで動いていないのだ。ただそれでも、聖騎士は自身を奮い立たせ、角兎ホーンドヘアに向かっていった。彼女も聖騎士の祝福を受けた者だけあって、それだけ重い使命を負っているのだろう……。


 私はカジモドの元へと向かい、殴りつける。しかし拳はこの光景に何も影響を及ぼせなかった。さらにカジモドは舌でもう一人の聖堂騎士の脚を刎ねた。


『愉快、愉快。皆殺しよりもこの方が追い詰められそうだ』


 カジモドは、必死になって角兎ホーンドヘアを倒した赤髪の聖騎士を、心の中でわらっていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る