第14話 反撃

「止まった!?」

「ナ、何だそれは!?」


 声を上げたのは魔族だった。

 確かに私たちは天地を逆にされて天井に向かって落ちようとしていたが、ゲイゼルの足は床についたままだった。天井を見上げると、そこには背中から伸びた腕が天井を――いや、支えていたのだ。


「アミラ、しっかりしがみついてろよ」

「ですが!」


「嫁入り前の娘に悪いが他に手が無い!」


 私が腕と脚を絡ませてゲイゼルにしがみつくと、ゲイゼルは伸ばした背中の腕と脚を突っ張りながら歩みを進めた。天井が高すぎるところは壁に腕を着いていた。

 魔術の効果の範囲はそこまで大きくない。魔族の周囲は天地が反転していない。だからそこまで行けば――


 ビョッ!――と奇怪な音がした。ゲイゼルは狭い通路を壁いっぱいに寄ってを躱した。


 最初は細い槍か何かを伸ばしたように見えた。だが違った。それは魔族の口から伸びた舌だったのだ。


「俺様の舌はよォ、鋼の鎧も貫くぜェ!」


 わざとこちらを外したのか、或いは最初から狙っていたのか、魔族の口から伸びた舌は後ろに倒れている衛士の鎧を槍のように貫いていた。再び口へと戻って行く舌。


「――ルキがられたと聞いたがァ、こんなを使ってやがったとはなァ! だがこのカジモド様には通じねェナ!」


 けれどカジモドと自ら名乗った魔族が喋っている間に、ゲイゼルは四肢を駆使して接近し、天地が反転していない場へと踏み込んだ。そして背中の腕を魔族へと伸ばし――


「遅せぇナ!――落ちろ、逆さまにリヴァース・グラヴィティ!」


 ――やはり速い! 詠唱が速過ぎる!


 魔族は再び詠唱を終えた魔術で自身の周囲の天地を逆転させた!

 ふわりと浮くこちらに対して、魔族は慣れたように半回転して天井へと降り――


「そう来るだろうと思ったよ」


 ゲイゼルの背中の腕は魔族を狙ったのではなかった、その鋭い爪の先は石の床へと突き刺さっていた。おそらくは魔剣と同等の力があるのだろう。自由を奪われるどころか、むしろ勢いをつけて背を向けたままのカジモドへと飛ぶ!



 ガンッ!――音が響いたのは私の顔のすぐ横だった。


 その音と共にゲイゼルの胸に突きたつカジモドのあの舌!


「油断しましたねェ? しましたよねェ、私が背を向けて勝ち誇ったとォォォッ!」


 カジモドの盛り上がった背中の服が裂けて、その下からは顔が……顔が覗いていた。顔がもうひとつ背中側についていたのだ。つまり、どちらかの顔が喋りつつ、もう一方が呪文を唱えていたということなのか!?


 しかし!


「フンッ!」――と胸を貫かれたまま、掛け声とともに踏み込んだ天地逆さのゲイゼル!


 ドガッ!――その右の拳がカジモドの背中の顔を捕らえた!


「ふぎゃぁああ!」


 勢いのまま天井を転がっていくカジモドは魔法の範囲から外れてさらに床へと落ちる!


「心配はしてませんでしたが、あまり冷や冷やさせないでください……」

「アミラがしっかりつかまっておいてくれたおかげで右手が空いたのだ」


 体勢の維持に四肢を使い、私を抱えるのに左手、空いていたのが右手と言う訳だ。

 ゲイゼルは魔法の範囲から抜け、カジモドの前に立つ。


「ひィッ、俺様の舌が! 舌がアァァ!」


「魔剣にも対抗できうるよう作ったのだ。鋼を貫ける程度では貫けんよ」


 魔族の舌は先端が欠けて血が噴き出していた。

 対して彼の胴鎧には小さな凹みができている程度。


「こォのカジモド様を舐めくさりやがってェェェ、貴様ァッ! 許さんんんんッ!」


 ゲイゼルはそのまま止めを差しに行くのかと思えばその場から動かない。


「(目と耳を塞いでいろ)」――ゲイゼルが小さく呟いた。


 ゲイゼルは背中の腕を後ろに回し、再び前にやったときにはあの盾を両側に構えていた。そして私の目の前で二つを合わせ、身を屈めた。私は彼に従って目を閉じ、耳を塞ぐ。


 ドン!――耳を塞いでいても耳に響き、体に感じた衝撃音と、まぶたを閉じていても辺りを真っ白に輝かせたとわかる光!


 恐る恐る目を開けると、パリバリと周囲に紫色の球雷が散っていた。焼けたような鉄臭い匂いが鼻を突く。


 正面、ゆっくりと開かれる盾…………。

 その前には黒焦げになったカジモドが膝を着いていた。


「これ……何があったの!?」

稲妻ライトニングボルトの詠唱が微かに聞こえた。あの魔術は頑丈で大きな壁に当たると稀に跳ね返ることがある。それの応用を盾に組み込んである」


 ゲイゼルは明らかに戦い慣れていた。魔術は落第だったとは言うけれど、詠唱キャスト中の呪文を読み解くのは容易ではない。その上、いったいどれだけの魔術をこの鎧に付与してあると言うのか。魔剣のような爪、魔剣でも通らない鎧、稲妻を跳ね返す盾……。


「キサマ……いったい……ナニモノ……」

「あなたこそ何者なのです! なぜ魔族がここに……」


「俺様はカジモド様だ! カジモド様と呼べ!」

「魔族の名前など憶える価値無し! ここのエルミトスも魔族だというのですか!」


「俺様を飼っている主が魔族では無いと思うのか……?」


 そう言い残すと魔族は高笑いと共に、塵へと帰っていった。

 その塵は黒い炎が燃えるように――






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