第13話 不完全

「だめだだめだ! 約束もなしにエルミトス様への謁見は罷りならん! 出直してこい!」


 ディールオの町の中央の丘に建つ、砦への門を守る三人の衛士のひとりが乱暴にそう告げた。修道会の証であるメダイユを見せ、身分を明らかにしたにも拘らず――だ。


「緊急の要件なのです! 魔族デオフォルです、ディールオの村に魔族が現れたのです!」


「ディールオ? ああ、あの村の事ならルーク卿に言えばよかろう」


「そのルーク卿が魔族だったのですよ!」


「小娘、滅多なことを言うなよ? いくら修道会とて根も葉もない噂を流布して見ろ、ただでは済まんぞ」


 話にならなかった。約束を取り付けて一日二日待たなければならないかもしれない。

 だがそこへ――


「システィルの事は卿から伺っておりますよ。どうぞ、中へ」


 そう言って現れたのは服装こそまともなものの、まるで胸に首がついているかと思う程に異様なほど背中が曲がった男だった。


「ありがとうございます。助かりました」


「本当なのか? クソッ、念のため俺が付いていく。セクストゥス、お前も来い」

「ハッ!」


 悪態を吐いたその衛士ともう一人に前後を挟まれ、背の曲がった男を先頭に砦の中へと入る。砦の中は思ったよりも広く、それなりに広さはあるが、何度も緩く曲がる廊下を歩いていく。ただ、長く続く廊下を歩いていると、道中で背の曲がった男が鼻歌など歌い始めた。


「うるさい! その下手糞な鼻歌を止めろ」


 さっきの衛士が短槍を手にした拳でいきなりガツリと背の曲がった男を殴りつけた。


「ちょっと! 何をするのですか! 我々は歌くらい構いません」

「お前じゃなく、俺が苛つくんだよ。この不完全カジモドが!」


 そう言ってまた男を殴りつける衛士。

 あまりの所業に私は男の前に割って入る。


「あまりではありませんか! 同じ主を持つ臣下同士でどうしていがみ合うのです!」

「こいつと同じ臣下だと? 笑わせるな。こいつはエルミトス様に飼われてるだけだ」


「何ですって!」

「……いいんですよ、優しいお嬢さん。ありがとう」


 にこりと笑う男だったが、その顔は病魔に侵された痕跡か、酷くあちこちがこぶで膨れ上がっていた。その容姿が周りの者を誤解させるのかもしれない。憐れではあったが、微笑んでくれている彼に憐れみの顔は向けられない。唇を噛んで微笑み返しておいた。


 その後も男は鼻歌をやめず、苛々した衛士に何度か小突かれていた。



 ◇◇◇◇◇



「あの、さすがに遠すぎやしませんか?」


 廊下の歩いた先を、今度は上りの通路へ入ったのだが、途中から下り始めて通路自体もどんどん狭くなってきていた。狭い通路に男の鼻歌が響く。


「いや、こっちで合っている」


 ニヤついてそう言った衛士は先程から男を小突いていなかった。むしろ、進んで男の後をついていっていた。


「何かおかしいぞアミラ、気を付け――」

落ちろ、逆さまにリヴァース・グラヴィティ!」


 ゲイゼルの言葉に割り入った呪文の詠唱の完結と共に――頭に血が上るような感触と共に、ふわりと身体が宙に浮いた。


「!?」


 ほんの一瞬のことだ。天地が裏返った。私は硬い石の天井に向かって落ちたのだ。

 ただ――


「ゲイゼル!?」

「気を抜くな、アミラ!」


 私の身体は手前でゲイゼルによって抱きかかえられていた。おかげで頭から天井にぶつかることはなかったが、ゲイゼルが頭から落ちて体勢を立て直せていない。私の下敷きになったまま寝そべっていた。


 を使ったのは、あの背の曲がった男だ。鼻歌に混じっていつの間にか詠唱を完成させていた。そしてその男はと言うと――


「ザマァねえなァ!?」


 ドカッ――と蹴りを。いや、かかとで踏みつけていた。さっきの衛士を!


 衛士はと言うと、天井へ落下した際に打ち所が悪かったのか首が曲がっており、意識はあるが身体が動かせない様子。そこを床から天井へ飛びあがる――いや、飛び降りるように半回転して踵で腹を踏みつけてきたのだ!


「――いつもいつもバカにしやがってよォ! あァ? だがよォ、俺様は耐えて耐えて耐えまくったんだ!」


 こちらに背を向けたままでそう叫ぶ背の曲がった男。その声は狂気に満ちていた。


「……やめてくれ……やめて……やめ……」


 弱弱しく衛士が言うも、踏みつける脚は止まらない。


「こういうの、ザマァねえなって言うんだよなァ? !」


 目の前で繰り広げられる狂気に言葉を失っていた。だが、この背中の曲がった男の――いや、この異常さを見ればわかる――この魔族デオフォルの言葉で我に返った。


「その足を退けなさい!」


 私の言葉にこちらを向く魔族。


「女ァ! お前ェ、聖人にでもなったつもりかァ? 俺様の顔を見て気色悪ィって思ったろ、可哀そうな俺様へ優しくする自分に酔ってただろォ!?」


 なるほど、魔族は時に心を揺さぶると修道会の古くから続く口伝にもあったが、こういうことか。


「魔族に問答など無用です! ゲイゼル!」

「ああ」


 ゲイゼルも理解した上で身構え、体勢を立て直そうとゲイゼルが私を抱え上げ、天井に時だった。


解呪ディスペル!」

「なにっ!?」


 魔族が自らの魔法を解除したのだ。ゲイゼルはとっさに丸くなって私を庇う。狭い壁にどこかをぶつけ、さらに再び床への衝撃が!


「また首の骨を折らなかったか! 油断したと思ったのによォ! 悪運の強い野郎だ!」


 くるりと先ほどと同じように床へ降りる魔族は我々から距離を取る。衛士は二人とも頭やあちこちをぶつけて虫の息だった。ゲイゼルはと言うと私を庇うのに手いっぱいだったようで、やはり体勢を崩したまま。


「ゲイゼル、私を抱えたままでは自由に動けません、離してください」

「いや、このままでいい。だからを……」


 どうするつもりかは分からなかったがこの場は彼に任せるしかない。


打ち倒せ、お前の敵をフェル・フィアンダフィナ!」

「無駄だァ!――落ちろ、逆さまにリヴァース・グラヴィティ!」


 ――もう呪文詠唱スペルキャストを終えたの!?


 その魔族はいつの間にか完成させていた魔術を再び発動させた。頭に血が上る感触と共にふわりと浮いた。






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