第12話 ディールオにて

 ディールオと呼ばれたその領都。ディールオから僅か1日と少しの距離にあったが、さてこれは、どちらが栄光の町ディールオなのだろうか。


「どう思われます? どちらが本物なのか」


 ゲイゼルはしばしの沈黙ののち――


「おそらくはあの村の者が言うようにあちらが本来のディールオだったのだろう。だが、余所者からすればこちらがディールオだと言われれば、ああそうか――と疑う余地はないだろうな。特に――」


 ゲイゼルが指差す広場の中央には青銅の像があった。


「あれは?」

「勇者の像だ」


 私は小走りに駆け寄り、その立派な花崗岩の台座の上にそそり立つ像を仰ぎ見た。


「これが勇者様ですか……なるほど、精悍で人々が憧れるのもわかります」

「どうだろうか。これは随分と誇張が入っているように思う。こんなに背は高くないし顔も良くはない」


「それなのによく勇者だとわかりましたね」

「魔剣だよ」


「はい?」

「魔剣ヴェンギル。あのガードに翼の生えた派手で見ぐるしい意匠を見れば誰にでもわかる」


「なるほど……というかゲイゼル、あなたやはり勇者を知っているではありませんか!」


 文句を言うも、やはり笑ってごまかすゲイゼル。しつこく問いただすも、それ以上は答えてくれなかった。


 王国が建てたという勇者の像。それはどちらのディールオに建てられたものだったのだろうか。そう、思いついてようやく、そういえばあの村にもこれと同じような混凝土カエメンティチウムの台座があったなと思い出す。

 


 ◇◇◇◇◇



 領都の広場で勇者の像を眺めていると、どこかからいい香りが漂ってきた。店の軒先で肉を焼いている香りが漂って来ていたのだ。私はゲイゼルに待つように言うと、軽い食事を買ってきた。


「どうぞ」


 右手には炉端焼きの平たいパンに表面をあぶった塩漬けの豚肉を挟んだもの、左手には丸いパンを薄く切ってカリカリに焼き、同じく塩漬けの背脂を薄く切って乗せ、軽く炙ったものを持っていた。


「いや、ずいぶんと重そうなものばかりだな……」

「何を言いますか。南部では昔からこういった脂の多い所も冬に塩漬けにして保存し、大切に食べるのですよ。食べてみればわかります。濃厚な旨味が凝縮されてますから」


 ゲイゼルには食事そのものを楽しんで欲しかったのだ。


「わからなくはないが……オレももう年だ。こんなものを食べたら胃もたれを起こしてしまう」

「あれだけ動いているんですから少しは食べてください」


 私はゲイゼルの面頬ヴァイザーの前へ左手のパンを押し付ける。


 はぁ――とゲイゼルは面頬ヴァイザーを少しだけ上げ、狭い隙間から背脂の載ったカリカリのパンを押し込む。私も安心して右手のパンを食べ始めることができた。


 ボリボリ――と、妙に甲冑へと響く音を立てながらパンをかじるゲイゼル。すると――


 カランカラン――硬いパンが甲冑の中を転がり落ちていくような音がした……。


「ゲイゼル……せめて食事のときくらいは兜を外しませんか?」

「ごもっとも…………だが、これは外そうと思っても外れないのだよ」


 私は急いで右手のパンを食べきると――


「どこに入り込んだのですか? この辺ですか?」


 胴鎧の下をまさぐった。


「やめろ、くすぐったい」

「バカなことを言ってないで見せてみなさい。せめて取ってあげます」


 そう言って手を突っ込める場所を探る。


「嫁入り前の娘が覗いていい場所じゃない」

「おや…………?」


 ゲイゼルの鎧の腹を探っていたが、胴から腰に掛けて本当に隙間が無い。腋の下だってそうだ。普通なら隙間がある。鎧下ダブレットが覗く場所だってあるのが当たり前だし、革を使って縛ってある部分さえない。全てが鋼だった。ありえない。そして、そんなことよりももっと可笑しなことがあった。


「――ゲイゼル、ここ、どうしたのです! 確かこの腹の所、ルキに大穴を開けられていませんでしたか!?」


 そう、ルキのあの激しい光の槍の一撃で、確かにゲイゼルの鎧には穴が開き、ドロッとした血が溢れていたはず。その痕跡がまるで無かった。


「いや、それは……」

「こちらも! この脛の所、ここにも穴が開いていたはずです!」


「……実を言うとな、俺は鎧鍛冶でもあり、付与魔術エンチャントメントを学んだ魔術師でもあるのだ」

「魔術師!? では、魔術師の祝福を得られたのですね!」


「いいや、魔術師はむしろ落第だった。かろうじて付与魔術エンチャントメントだけ興味を持ててそれなりに扱えるようになっただけだ」

「そうでしたか……ですが、それと鎧に何の関係が?」


 そうだな――と顎に手をやり首を捻るゲイゼル。


「アミラならよいか。……オレは魔法の鎧。魔鎧まがいを打つことに成功したのだ。だからこうして穴が開いても寝ている間に修復される。」

「魔鎧……ですか」


「ああ、魔鎧。魔剣や魔法の武器は古王国でたくさん作られた。だが、魔法の鎧は作られなかった。逆に魔法の盾は僅かながら作られた。何故だか分かるか?」


「作っても傷みやすいから?――いえ、それなら盾の方が痛むのは早い。にも拘らず作られた……ということは、費用面でしょうか?」


「そうだ。費用がまるで違う。仮に魔法の鎧を一領作るとなると、同じ費用で作れる魔剣は……そうだな、五百は下らないだろう。おまけに鎧は調整が必要だ。調整の都度、魔法を掛けなおすわけにもいかないし、修理だってそうだ。だから安い鎖鎧だとか、兜だけとか、篭手だけならまだ存在した」


「なるほど。つまり、ゲイゼルはそれだけの費用をかけてその魔鎧を作ったのですね。――ただわかりません、それだけのものを自分のために作ったのですか? 強くなれるよう?」


「いや……まさか。自分のためなんかじゃなかったんだ……」

「じゃあ誰の?」


「それは…………」


 ゲイゼルは言葉を詰まらせた。誰か、大切な人を守りたいがために鎧を打ったのだろうか? その鎧を何かあって自分のために調整しなおした? 何にしろ、彼は何から何まで非常識だ。ただ、その鉄塊の裏側には何かやりきれない想いが隠れているような気がし、私の興味を惹いて離さなかった。






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