第11話 勇者教

「勇者は殺された! 殺されたのだ!」


 領都の門を抜けるとすぐに、旅人たちへ訴えかけるように叫ぶ一団があった。彼らはケルメスで胸の当たりを染めた外套クロークまとっていた。それはまるで出血のように見えるため、とても目立っていたが、見ていて気持ちの良いものではなかった。


「何だあれは?」

「勇者教です。関わってはなりません」


「勇者教? 何の神を祀っているのだ? まさか勇者でもあるまい」

「いえ、その勇者様ですよ」


「馬鹿馬鹿しい! 人が神になるなどありえな――」

「しっ!」


 関わるなと言ったにも拘らず、ゲイゼルが声を大きくしたことに悪態を吐きたいほどだった。案の定、勇者教の一団の耳に入ったようで彼らはこちらへ顔を向けた。


「――ゲイゼル、行きましょう」


 そう言って促し腕まで引くも、歩みの鈍いゲイゼル。


「待て、そこの大鎧。今、聞き捨てならぬ事を言ったように聞こえたが?」


 そう言って後ろから声を掛けられる。

 私は小さく溜息を吐き――


「まさか。何かの聞き違いでしょう」


「いいや、人が神になるなど馬鹿馬鹿しいと聞こえたぞ」


 ――全部聞こえているではないですか! これはもうこじれる前に身分を明かし、お互い関わり合わないようにした方がよさそうです。


 そう思って胸のメダイユを引き出そうとした時だ――


「ああ、確かにそう言った」


 ゲイゼルがわざわざそんなことを言ったのだ。

 途端に殺気立つ勇者教の一団。


「ちょっと!」――と私が割り込もうとするも、ゲイゼルが腕を私の目の前に出して遮る。


「いや、オレが愚かなのは自分がいちばんよく分かっている。だからこそ聞かせて欲しいのだ。勇者が殺されたと言うのはどういうことなのか。殺したことになっているのかを」


 そう言って腰を低くするゲイゼル。ゲイゼル自身は極端に長身なわけではない。ただ、嵩張る鎧が威圧感をかもし出している。そんな彼が腰を低くすれば相手も怒りの矛先を失うようだ。勇者教自体がいくらか狂信的とは言え、町で訴えかける宣教の役は人の心に入り込めるような穏やかな者でなければ民も信じはしない。


「そういうことならば真実を授けてやろう」

「ああ、かたじけない」


 勇者教の男は、彼らの主張をゲイゼルと周囲の者、足を止めた旅人たちに語って聞かせた。


「知る者は知っておろう、勇者様が祝福を神に返したと言う話を! 謙虚であられる勇者様ならではの逸話だ! だがそれは事実だろうか? 魔王が葬られたのちも魔族の脅威は過ぎ去っていない。そのような状況で勇者様が本当に祝福をお返しになるだろうか?」


 男は問いかけ、さらに続けた。


「――慈悲深い勇者様が我らを見捨てるはずが無いのだ。勇者様が今も北の王国を治めていたならば、南部の我々を見捨てるはずが無いのだ! 我々は、真実を知らねばならん。勇者様は隠居されたのではない、追放されたのだ!」


 そうだ!――と周囲から声が上がる。勇者教を支持する者は南部には多い。彼の言葉に同意する者も、旅人を除けば大勢居た。

 聴衆の様子を伺いながら男は続ける。


「――勇者様は、功績を妬んだ今の国王によって追放され、その旅の途中で殺害されたのだ。勇者様の無念を世に知らしめ、国王に償いをさせることこそ、魔王を葬ってくださった勇者様への報いとなるのだ」


 ただ、その主張にはいくつかの無理があった。まず現在の国王は勇者の実子なのだ。しかも勇者は一度、国王に即位している。それが1638年。その僅か2年後に王位を長男に譲り、さらにその4年後に祝福を神へお返した。自ら権力を譲っているのに、その上さらに実の子が父親の功績を羨むだろうか?


「殺されたと言うのは誰にだ?」――ゲイゼルが問う。

「国王に決まっておろう」


「いや……国王がわざわざ殺したのか? 自分の手で」

「まさか。国王ともなれば、臣下に腕の立つものがいくらでも居る」


 ただそれも、父王より権力を譲り受けて間もない時期に、どれほどの臣下が味方したであろうか。


「それを聞きたいのだ。そうでなければ証拠も無いのか?」

「証拠はある。南の果ての流刑地カエサリアに到達した形跡が無いのだ」


 通説では勇者と聖騎士はカエサリアで余生を過ごしたこととなっているが、彼ら勇者教にとっては流刑地となるようだ。実際にはカエサリアはハシバミの森の中にある古い町で、森が豊かなので生活には困らない。住民は少ないがそれだけの話だ。


 加えて勇者が祝福をお返ししたのが30年前の話となるため、ここ数年で活動が目立ってきた勇者教がどれだけ詳しい情報を持っているかというと疑わしい。そもそも、勇者が余生を過ごした場所自体が秘匿されていたため、本当にカエサリアだったかもわからないのだ。


「なるほど……」

「実際に誰が殺したかについては我々でも意見が分かれるところだ。勇者追放ののち、姿をくらませた王仕えの魔術師や、そもそも正体のわからぬ人殺しが大勢いる。それを調べるのも我々の使命だ」


「正体のわからぬ人殺しなどというものが居るのか? それが勇者を殺したと?」

「ああ、夜陰にじょうじ、王にとって不都合な領主や傭兵団の主を肉塊に変えて回る頭のおかしい女や、守りの薄い村々を襲う者、中には赤子のひとりまで心臓を切り開く外道までがこの南部には蔓延はびこっているのだ」


「確かに恐ろしい話だ。この辺りに住む人たちを気の毒に思うよ」

「勇者様を求める我らの気持ちも分かろう? 其方、真実を我々と共に探らないか?」


「あいにく、オレはこのお嬢さんに仕えているのだ」


 ――仕えているですって?


「そうか。名は何という?」

「ゲイゼルだ」


「ゲイゼル……そうか。知らん名だが、王国に居たことはあるか?」

「いや、無いな。――また真相がわかったら教えてくれ」


 ではな――と立ち去るゲイゼル。


 私も足早にその場を去り、離れたところでゲイゼルに並ぶ。


「どういうつもりです?」

「何がだ」


「わざと絡んだのでしょう?」

「ああ、だが意外と話のできる連中だったな」


「勇者様について何かご存じなのですか?」

「俺がか?」


「ええ、昔のことならご存じでしょう?」

「そうだな……俺から言えることは…………このろくでもない世の中になったのは昔を生きた俺たちの責任だと言うことだ。そしてろくでもない人間と言うのはいつの時代にも居るものだ」


「まるでゲイゼル……貴方にも責任があるように言うのですね」

「そうだな…………ああ、ただ一つ。今の国王はそんなに悪い奴じゃない。あまり悪く言わないでやってくれ」


「ご存じなのですか?」


 ふふ――と笑うゲイゼル。


 笑ってないで教えてください!――答えてくれないゲイゼルの尻を軽く蹴り上げるも、どこもかもを鋼で覆ったこの男には、こちらの脚が痛いだけだった。






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